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彼女の事情

 風を足に纏わせて走るエレネは下手な馬よりもずっと早く、木々の間を走り抜けながら晃はやっとの思いで追いつくとエレネの肩に手をかけた。

「待てよエレネ! ――ってうわっ!」

「キャッ!」

 走っていたエレネの体が突然落下し、肩を掴んだ晃もつられて落ちる。

「あいたたた……」

 仰向けに倒れた晃は、打ち付けた頭を押さえながら立ち上がった。

 どうやら二メートル程の小さな崖になっていたらしい。

 幸い、地面が柔らかく、頭をうった位で大した怪我はしていなかった。

「大丈夫か」

 と、仰向けに寝たままのエレネに声をかける。

「うん」

 エレネはそのまま空を掴むように手を伸ばした。

「……ねぇ」

「うん?」

「空……綺麗だね」

「んー?」

 服についた泥を払っていた晃は、その言葉で空を見上げた。

 いつの間にか空は暗くなり、小さな星々が一面に輝いている。

「ああ……そうだな」

 そう応じた晃は『君の方が綺麗だよ』というどこかの本で読んだ台詞を思い出し、思わず「ブッ」と噴出した。

「……どうしたの?」

 頭だけをこちらに向け、エレネが怪訝な顔をする。

「いや、ちょっと思い出しちゃって」

「なにを?」

「いいから、お前まずは立てよ」

 エレネに歩み寄ると晃は手を差し出した。

「……私が女だから?」

 悪戯っぽく尋ねてくるエレネに、

「友人が倒れてたら、手を差し出すのは当然だろ?」

 と同じく悪戯っぽい笑顔で返す。

「……うん」

 エレネは晃の手を掴むと立ち上がった。

 服についた泥を手で払い、崖を背もたれのようにして座る。

 晃もその横に腰かけた。

「それで、何を思い出してたの?」

「いや、俺が昔読んだ本にさ、女が風景が綺麗と言ったら『君の方が綺麗だよ』って返す台詞があって……それを思い出したんだ」

「何それ」

 プッと口元を押さえ笑うエレネ。

「笑えるだろ?」

 そう言って晃も口角を上げる。

「そんなクサい台詞言えるかっての」

「本当、私だったらひっぱたいちゃうかも」

「ひでーな、そんな事されたらトラウマになっちまうよ?」

「あははは」

 エレネは声を上げて笑うと、目に浮かんだ涙を指で拭った。

「あー……面白い」

「そりゃ良かった」

 晃がそう言うと、ふと悲しげな表情になり、膝を腕で抱える。

「……ごめんね、こんな時に迷惑かけて」

「いいって」

「ありがと」

 トン、とエレネは体を傾け晃に寄りかかった。

「本当はね、分かってるんだ。皆に迷惑かけてるって。いつまでも男の子みたいに剣振りまわしていられる訳じゃないんだもの」

 結婚もしなきゃいけないし……と憂鬱そうに呟く。

「結婚……か」

「そ。だから、戦士……ごっこもそろそろ終わりにしなきゃね」

「エレネ……」

「小さいときにね、お父様が本を買ってくれたの。すっごい強い男の子が各地を冒険して回るお話」

 その本を読んで、エレネは自分もいつか各地を旅する最強の戦士になろうと決めたのだと語った。

 母が止めるのも聞かず父と剣の稽古に励み、女の子とままごとをして遊ぶより男の子と棒を剣代わりにして決闘ごっこばかりしていた子供時代。

「そのうち、男の子が私を女だからって仲間に入れてくれなくなって……私、くやしくていつも喧嘩してた。お母様は将来を心配して泣くし、お父様のせいだっていっていつも喧嘩して」

 私、本当迷惑な奴だよね、とエレネは力なく笑った。

「私は女なんだから……最強になんてなれっこないのに。いつか家庭にはいらなきゃいけないし。叶わない夢ばっかり追って……皆に迷惑かけて……」

 俯き、うっ、うっ、と嗚咽を漏らす。

 どう声をかけて良いのかわからない晃は、そっとエレネの肩に手をまわした。

 なにを言えばいいのかわからない。

 最強になるのが夢だというのなら追いかければいいじゃないか……そう言いたいが彼女は公爵家の一人娘だ。

 立場もあるし、そういう訳にはいかないのだろう。

 ふと、晃は自分の事を思い出した。

 マンガ家になりたいと言っては両親と喧嘩を繰り返した中学時代。

 しかし、高校にあがり、時が経つにつれ、男だし、いつかは家族を養って食べて行かなければならないと言う現実の壁がその夢を阻んだ。

 そうして結局自分は親の言うとおり手に職をつけられる大学を目指し勉強をはじめたのだ。

 現実をみて大人になったともいえるが、努力もせず自分の夢から逃げ出しただけではないか? なにもかもを捨てて夢を目指す覚悟がなかっただけでは?

 様々な思いが胸の内に渦巻く。

「俺は……」

 晃はおもむろに口を開いた。

「夢を見るのは悪い事だとは思わないよ。立場はあるだろうけど、エレネの人生はやっぱりエレネの物だ。周りに遠慮して……ましてや女だからって諦めるのは違うと思う。ルノアール公だって、そう思うから剣の稽古につきあってくれるんじゃない?」

 半ば、自分に言い聞かせるように晃は言葉を紡いだ。

「自分で納得できる所まで行ってみなよ。結婚だって……そんなエレネを好きになる人がきっといるだろうし」

「……う゛ん……」

 エレネは手の甲で涙を拭うと、晃の肩に顔を押し付けた。

「あ゛りがどう……」

「……ああ」

 夜空を見上げ、もし帰れたらもう一度漫画を描いてみよう、と晃は密かに決意した。

「ただ、ああいう時は男とか女とか関係なく仲間を頼ってくれよな。やっぱり、お前にもしもの事があったら嫌だし」

 晃は笑うと、その代わり、俺がピンチの時も助けに来てくれよなと付け足した。

 コクリとエレネが頷く。

「ヴォルフの事も……許してやってくれよ。お前の事が心配でたまらなかったんだ」

 今度は少し間が空いた後、エレネは「そうだね……あいつにも謝らなきゃ」と呟いた。

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