把握
『先生』の家は町のはずれから、さらに五分程歩いた場所にあった。
町から離れているため、静かで暗い。
足場が悪いため、気をつけてあるかないと躓いてしまう。
しかし、先生はまるで足元が見えているかのように早足でずんずん歩き、何故か晃はそのペースについてゆく事ができた。
半ば走るような速度で歩いているのに、息一つ乱れず、途中からは疲れて遅れ出したリエッタの荷物をもってやる余裕さえあった。
「さあ、そこに座って」
先生はそう言うとドカッと木製の椅子に腰をおろした。
「はぁ……どうも」
そういいつつ向かいの椅子に腰を下ろした晃は、家の中を見回し、まるで中世ヨーロッパみたいだなと感想を頭の中で述べた。
思い返してみれば、町の人々の服装も見なれた現代のものではなく歴史の教科書やファンタジーマンガ等でみる中世のソレに近い。
「さて、まずは質問なのだが」
リエッタが運んできた紅茶を晃にもすすめつつ、先生は口を開いた。
「晃くん。君は一体何者なのかな?」
「あー、何者か? ……と言いますと?」
突然の質問に、質問で帰してしまう晃だった。
むしろ、俺からすればあんたらが何者? って感じなんですけど。
と、思った事を述べる。
「彼等は普通の人間だよ。君や私と違ってね」
先生は面白そうに目を細め、クックックと咽の奥で笑った。
「いや……俺も普通の人間ですけど」
と、抗議する晃。
いつの間にか、リエッタは先生と晃の間の椅子に座っていた。
どうやら、ここへ向かう途中荷物を持ってあげた事で警戒心が薄れたらしい。
先生が近くにいるから大丈夫と言うのもあるだろうが。
「違うね」
と、先生は晃の抗議を一言で斬って捨てた。
「君の中……というか所持している剣から強力な『力』を感じるんだよ。風の民ですらない君がそれを持てば立ちどころに心をやられるなりしてしまう筈なんだけどねぇ」
「剣に力?」
そう言われ、己の持つ剣をまじまじと見る晃。
力と言えば、先程の男たちを宙に舞わせた怪力が思い浮かんだ。
「そう言われても……わかりませんね。気づいたら剣は握ってたんで」
晃の返答に、先生はフム……とつぶやいて紅茶を一口すすった。
「まぁ、とにかくそれはとても強大な神具だ。むやみに人に渡してはならないよ。それを手に持った人をおそらくは死に至らしめてしまうからね。そんな強力な神具は風の民や土の民だって持っているのを見た事がない」
「神具?」
聞きなれない言葉に小首をかしげる晃。
「精霊の宿った物の事だ。普通は、風の民やらがもっているんだが……君のような普通の人間がそれを、しかも何事もなく所持しているのは非常に珍しい」
「はぁ……」
その後、晃は先生に聞かれるがままに己の事を話した。
自分が違う世界から来たのだと言う事、こちらへ来る前に誰かの声を聞いた事等。
「ほう……」
紅茶を飲むのも忘れて、先生は晃の話に聞き入っていた。
話が終わると、冷えてしまった紅茶を一気に飲み干し、
「ほう……」
と一息つき、
「なるほど……実に面白い」
そう言って眼鏡をくいっと指で押し上げた。
「そうか、ならば君がその剣を持っていられる事も説明がつく」
「……どういう事です?」
晃の問いに、先生は目をきらめかせながら嬉々として語り始めた。
「いいかね? 精霊とは精神世界の住人だ。君は眠りに就く前に声を聞いたと言っていたが、それは眠りに就く前の精神状態が一番精神世界に近い状態にあるからと言ってもいい。まぁ、もっとも風の民なんかは普通に精霊と会話をする事もできる訳なんだが。つまりだ、君はどういうわけかその剣に宿った精霊に選ばれてしまったんだな。それでこちらに来てしまったというわけだ。理由は特にないだろう『なんとなく』だ。しかし、それが一番大切な事なのだよ。人と人同士だって友達になるのは――」
「あ、なるほど! わかりました」
長くなりそうな気配がし始めたので晃は慌てて話をぶった切った。
とりあえず今の話で自分の置かれた状況はなんとなく把握する事ができた。
俄かには信じがたい話だが、それでも今となっては信じる他はない。
「あ、そういえば」
ふと、先程からでてきたフレーズに疑問を感じ、晃は素直に質問した。
「さっきからちょいちょい出てくる風の民ってなんですか?」
「君は風の民を知らんのか?」
と、驚く先生。しかし、すぐ『まぁ異世界からきたのなら致し方ないか』と納得すると、「風の民とは別名エルフとも言う。長い耳が特徴でその名の通り、風の精と心を通わす事が出来る。傲慢で鼻持ちならない連中だ」と説明した。
「土の民はツヴェルク、水の民はネレイドだ。土の民は偏屈で変わり者。独りを好む物が多く、風の民と仲が悪い。……覚えて置きたまえ」
「はぁ……」
エルフなんてもんが本当にいるんだなーと再び頬をつねりたい誘惑にかられる晃だった。
そんな晃の態度に、眉根を寄せた先生がさらに続ける。
「特に、エルフには注意したまえ。君達人間を実質支配しているのだし、彼らといざこざを起こせば君はここで生きていく事ができなくなるかもしれない」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
支配、という穏やかでない言葉に反応し、晃は思わず立ち上がっていた。
「支配してるってどういう事?」
「言葉の通りだ。ここでは風の民は貴族として君達人間……つまり平民の上に立っている」
「マジ……かよ」
晃は顔をおさえたまま力なく椅子に座ると、『やべー、俺とんでもない所にきちゃったんでないの?!』と今更ながら思い始めていた。
「まぁ、とにかくだ……どうするか決まるまで暫くの間家に泊っていくといい」
放心状態の晃に、先生はそう声をかけるとリエッタにお茶のお代わりを要求した。
「どうする……どうするよ……俺」
心の中で自問を繰り返す晃。しかし、何度問うても答えは返ってこない。