不協和音①
翌日。宿を出た一行はルイーダへ向け街道を進んでいた。
途中、何回か晃達とは逆方向へ向かう一団とすれ違い、彼等は皆怪訝な顔で一行を見た。
「あんたら、今そっちへ行くのはやめた方がいいよ」
ときどき親切な人がそう忠告してくれるが、
「どーぞおかまいなく! どうしても行かねばならぬのです!」
何故かヴァンが満面の笑みでそう返していた。
やがて日が暮れ始め、中継地点にたどり着いた晃達は野宿するべく準備を始める。
流石に風来坊と言うだけあってヴァンは手際よく寝床の準備をし、火をおこすと、薪集めと魚でもとってくるよう指示した。
「アキラ、魚取りに行こうぜ」
何故かヴォルフに誘われ、晃は魚を取りに川へ向かった。
「魚取りと来れば私の出番でしょう」
と、妙にうれしそうな先生も一緒である。
ちなみに、リエッタとエレネは薪集めだ。
「うわ、凄いな……」
魚を見つけては、すくうようにして岸に放り投げる先生を見て、晃は感嘆の声を漏らした。
なるほど、こういう事なら反射や身体能力に優れた魔獣の方が効率がいい。
「さて、俺も負けちゃいられないな」
晃が腕まくりをし、じっと獲物に狙いをつけようとしていると、
「アキラ」
ヴォルフが話しかけてきた。
「なんだよ、今話しかけるなよ」
獲物から目を離さず晃が答えると、ヴォルフは晃の肩を掴み、
「いいから聞けよ」
と声を荒げた。
「……なんだよ」
怪訝な顔でヴォルフと向き合う晃。
怒らせるような事をした覚えはないけどな。と、昨晩の自分の行動を思い返してみる。
「エレネとリエッタの事だけどさ」
座れよ、と促され河原にある大きな石に二人は並んで腰かけた。
「あの二人がどうかしたか?」
ますます訳が分からず晃は首をかしげた。
「あいつ等このまま連れて行っていいのかよ?」
「あ?」
思わず聞き返す。
「連れて行って良いのかってどういう事だよ」
「そのまんまの意味だよ。あの男の話じゃ南はもう戦場になってるんだろ? 女子供を連れていけるわけねぇだろうが」
ヴォルフは先生にもその事を話すつもりらしく、その前に晃の賛成も取り付けておきたかったらしい。
「うーん」
腕組みをして考え込む晃。
確かに、最初はこんな事になるとは思ってもいなかった。
戦争になっているなら、あの二人は今返した方がいいのかもしれない。
とくに、リエッタはエレネと違い戦う術もないのだ。
「まー、確かに俺もそれは思うけどさ、俺達だけで決めちまうってのはまずいんじゃないか? 先生や俺の前にあの二人の意見を聞いた方がいいよ」
「エレネは行くって言うにきまってるだろ!」
アホか? とヴォルフは晃の胸をつついた。
「あいつはな、最強の戦士になりたいとかアホな事をぬかしているようなじゃじゃ馬なんだよ。リエッタはともかく、あいつは絶対ついてくるに決まってるだろうが」
「……まあ、確かに」
言われてみれば、エレネが戦争になってるからと言って『じゃあ、私はここで帰るわ』とか『皆の帰りをまつわ』というとは考えにくい。
「これはな、いつものお遊びとは違うんだよ。俺達はあいつ等女を守る義務があるだろうが!」
「義務……ねぇ」
晃は思わず苦笑を洩らした。なんとなくは思っていてもここまではっきりと口に出して言う奴は自分の周りにはいなかった。
「ま、とりあえずお前には話したからな!」
ヴォルフがそう言って立ち上がったその時、
「――晃さん!」
リエッタが悲鳴にも似た叫び声を上げながら駆けてきた。
「リエッタ?!」
慌てて駆け寄った晃の服を掴み、
「大変です!」
リエッタは泣きながら晃を見上げた
「あっちで、エレネさんが私を守って……」
「何?」
「何だと?!」
顔を見合わせ同時に駆け出す二人。
「リエッタ、大丈夫かい?」
駆けてゆく二人の背を見ながら、先生はリエッタの頭を撫でた。
「先生〜!」
と、泣きながらその体に抱きつくリエッタ。
「エレネさんが、エレネさんが……」
「大丈夫。あの二人が行ったからね」
優しく肩を抱く先生。
「おい! どうかしたのかよ!」
声を聞きつけ駆けつけたヴァンは、抱き合う上半身裸の先生と泣いているリエッタを見て何を勘違いしたのか、
「すまねぇ」
と言ってくるりと背を向けた。
「待ちなさい」
笑顔で呼びとめる先生。
「何を勘違いしているんです?」
「い、いやすまねぇ。まさかあんたらが……いや、あんたそう言う趣味だったんだな……」
誰にも言わねぇよ、と言って去ろうとするヴァンの後頭部に先生は笑顔のまま石をぶつけた。
ドサッとうつぶせに倒れるヴァン。
「先生?」
事態を理解できないリエッタが先生を見上げると、
「なんでもないですよ」
先生は笑顔でそう言った。