結界
「ずいぶんいますね……」
「うむ……」
城壁の上から険しい顔で辺りを見回す影が二つ。
サハトの兵士が敵の存在を知らせてから四日。難民や辺境の諸侯たちがルイーダに押し寄せてから三日後、ザウラの軍勢が遠巻きに城塞都市を取り囲んでいた。
今まで敵が攻めてこないのは、城塞都市の四隅に描かれた特殊な陣に騎士隊が二十五人づつ集まり風の結界を張っているからだ。
近づく者を切り裂き、塵芥に変えるそれは兵士たちの消耗も激しく、交代を繰り返しながら寝ずに結界を保ち続けなければならないため、よほどの事がなければまず行われない。言わば最終手段なのだ。
「諸侯らの兵や上級市民もいるとはいえ、いずれ力尽き結界は消えるでしょう。……それまでに国王軍は来るでしょうか?」
「来る事を祈るしかないじゃろうよ」
マンサナレスはため息をついた。
「来なければ、我ら全員討ち死にするだけじゃ」
兵の数は敵が上、さらに向こうに何やら大きな力を感じる。戦になればまず敵わないだろう。
「まったく、ついてないわい」
「ええ……」
そう言って力なく笑う二人。
ふと、アデーレは空を見上げた。
この空のどこかにいる唯一の肉親。
いつも問題ばかり起こして、自分を探すとか訳のわからない事を言っては旅ばかりしている不真面目でどうしようもない兄。
いつもは帰ってくるのが憂鬱で、鬱陶しくて仕方ないが、もう会えないかもしれないと思うとむしょうに会いたいと思う。
「全く、どうかしてるわ」
アデーレはポツリと呟くと、フルフルと頭を振り、兄の顔を脳内から叩きだした。
「結界とは、なかなか小癪な真似をしてくれるではないか」
エレティコスは退屈そうにそう言うと大きく伸びをした。
「どうせ死ぬと言うのに無駄な事を」
「中で震える事しかできぬ臆病者の考えそうな事です」
と、シュドライ。
「その結界も破れぬのはどこの筋肉ダルマかしらね」
イシュタルが挑発するような笑みを浮かべると、シュドライは剣の柄に手をかけた。
「イシュタル……女の分際であまりなめた口を叩くなよ」
「あら、毒の剣と筋肉位しか取り柄の無い馬鹿よりはマシだと思うけれど」
シュドライの瞳が怪しく光り、剣を抜こうとしたところで、
「やめぬか、鬱陶しい」
エレティコスが気だるそうに口をはさんだ。
「お前たちが争ってなんとする。……イシュタル、口を慎め」
「申し訳ございませぬ陛下」
慌てて頭を下げるシュドライ。
「は……」
イシュタルは一礼すると、エレティコスの乗る大サソリの足に優雅な動きで腰かけた。
「それにしても、退屈な事よな」
頬杖をつき、ぼやく陛下だった。