サハト侵攻
コナハト王国南方に位置する辺境の町サハト。
モーヴェにつながっていると言う穢れの森からいくらも離れていない場所にあるサハトには、防人と呼ばれる平民達が定期的に送られてくるのが慣わしとなっていた。
町は魔獣達が入ってこれないように、周りを石でつくった防壁がぐるりと取り囲み、さらにその周りには深さ三メートル程の堀がある。
異変に最初に気がついたのは、門の上で見張りをしていた兵士、ジョンだった。
「おい、なんか変な音がしないか?」
向かいにいる同僚にそう呼びかけると、同僚は「あー、そうだな」と言って懐から酒を取り出すとグビリと一口やった。
「ダル、お前酒なんか飲んでると隊長にどやされるぞ」
「ばーか、隊長だって今頃酒でも飲みながら女といちゃいちゃやってるさ」
違いねぇ、と笑うジョン。
お前もやれよ、と投げられた酒瓶を受け取り、一口のむ。
「酒も飲まずに陰気な森とにらめっこできるかってぇの!」
ハハハハ、と笑うダルの頭を、突然どこからか跳んできた矢が貫いた。
「あ……が……」
虚空を掴むようにしながら倒れるダル。
「ダルー!」
酒瓶を投げ捨て、ジョンは同僚の元へ駆け寄った。
体をゆするが、頭を射抜かれたダルは既に死んでいて、揺すられるままぐにゃぐにゃと力なく体がねじれる。
「何だってんだ!」
慌てて森の方を見たジョンの瞳に映ったのは、森からわらわらと湧き出てくる、伝説の中の存在であるはずのザウラの姿だった。
「ふん、我の居ぬ間に随分と大きな顔をするようになったではないか風の民よ」
巨大なサソリの上に腰かけ、エレティコスは忌々しげに呟いた。
「しかし、陛下の呪いは確実に彼等をむしばんでいるようですな」
そう言ったのは身の丈ほどもある片刃の大剣を背に担いだ、二メートルはあろうかと言う筋骨隆々の大男だ。
剣を抜くと、まるで血のように暗い緋色の刀身が太陽の光を受け怪しく光る。
「シュドライ、かつて我に使えしヒュドラの力……期待しているぞ?」
「はっ!」
シュドライは一礼すると、大気を揺るがす程の時の声を上げながら駆けて行った。
堀を一飛びで飛び越え、ザウラ達が攻めあぐねていた巨大な門を拳の一撃で突き破り、町の中へ姿を消す。
「あら、張り切ってますねぇ」
シュドライの姿が見えなくなると、エレティコスの背中にしなだれかかっていた女が楽しそうに言った。
褐色の肌に、腰まで伸びた銀髪。紅い瞳の彼女は、その肉感的な体型と、胸と局部をかろうじて隠す衣装も相俟って淫魔のような妖艶さを醸し出している。
「イシュタル……貴様も行け」
「私は陛下のお傍にいたいのですが」
イシュタルはエレティコスの耳元でそう囁くと、胸を弄りつつ主君と唇と重ねようとした。
エレティコスは手でそれを阻止すると剣を突き付け、
「石化の接吻……我にするつもりか?」
そう言って笑う。
「そうして陛下を私だけの物にしてしまうのも良いのですが」
剣を突き付けられたイシュタルはその切っ先をなめるとすたっ、とサソリから飛び降りた。
「今は仰せの通りに……バジリスクの血にかけて」
まるで岩が斜面を転がるように突撃したシュドライとは対照的に、ゆっくりと歩いて町を目指す。
不意を疲れたサハトが為す術もなくザウラ達に制圧されたのはそれから間もなくの事だった。