南へ
霊鳥シームルグ。
その寿命は約五百年と言われ、太古より代々世界の出来事を記録している。
それゆえ、「賢者」あるいは「記録者」と人は呼ぶ。
晃が町に帰って来たのは、日が落ち、夜の帳がおりた頃だった。
一人でも大丈夫だとは思ったが一応エレネを屋敷に送り届け、馬車で送ろうと言うルノアール公の申し出を断り、町まで歩いて来たのがその原因である。
一人で歩きたかったと言うのが理由だ。
そして、なぜ一人で歩きたかったのかと言えば、折角意思疎通ができるようになった精霊と話がしたかったからで、まだ慣れない晃にとってこれはなかなか集中力がいるものであり、周りに知らない人がいると集中できない。
さらに、「へー」とか、「なるほど」等ついつい声を出してしまうため傍から見れば一人で何事か呟いている怪しい人になってしまうのも理由の一つである。
先生の家にたどりついた晃が扉を開けると、
「お帰りなさい!」
夕飯をテーブルに運んでいたリエッタがてててっと駆け寄ってきた。
「丁度、今夕飯の支度ができた所なんですよ」
「やあ、遅かったね晃くん」
リエッタに促され席に着いたあきらに、定位置でゆったりとお茶を楽しんでいた先生が声をかけた。
「ええ。エレネを家まで送ってたもんで……」
「エレネ?」
ピタッ、とリエッタの動きが止まる。
「うん。リエッタ知ってるの?」
「ええ……領主様のご息女ですし、私たち平民とも気さくに接して下さる珍しいお方ですから……」
「あー、やっぱりそうなんだ」
喋っている時には特に何も考えなかったが、やはりこの世界の常識からすれば変わっているのだろう。
「うん、確かに良い奴だったよ」
晃が頷きながらそう言うと、
「……そうですか」
リエッタはそっけない返答をよこし、台所へ行ってしまった。
「……リエッタ機嫌悪いですね」
なにかあったんですか? と、晃が先生に小声で尋ねると、
「どうだろうねぇ……」
紅茶の匂いを楽しみつつ、先生は何故かクククッと喉の奥で笑った。
「それで、鞘は作ってもらえる事になったのかい?」
「あ、はい一応」
晃は、先生にヴォルフと戦った事、精霊と会話ができるようになった事を話した。
ヴォルフと戦った話では、「あの狼少年も元気そうでなにより」と笑っていた先生だが、精霊と会話ができるようになった件になると驚いた様子で、フム……と顎に手を当てた。
「驚いたな……しかし、それなら話が早い。黒き竜についてなにか聞いたかね?」
「はい、正確にはわからないけど、南の方にいるみたいですね」
帰り道レーヴァに聞いた事を答えた。
「やはりそうか……」
それを聞いた先生が難しい顔でうんうんと頷く。
「やはり?」
晃が聞き返すと、先生はルノアール公と話し合い、先生と晃をはじめとした数人で南に向かう決定を下した事を話した。
リエッタもついていくと言い張ったらしく、既に三人分の準備を済ませてしまっているらしい。
「なんで南なんです?」
「ガルベリア大陸の最南端には、モーヴェと言う昔から我々の入る事の無い穢れた地がある」
魔獣の中でも、穢れた者達の住む森を抜けた所に瘴気に満ちた沼地があると言われ、誰もそこを見た事はなく、一説によればザウラ(蜥蜴人間)達が王国を作っていると言う。
そしてそこは四つあるエルフの王国の中でも南に位置するコナハト王国の領土でもあるらしい。
「じゃあ、そこに軍を送ってもらうとかすれば……」
「それは無理だよ、アキラ君」
先生はそれが国の面倒な所だ、と肩をすくめた。
「国王の許しがなければアルも自分の軍を動かす訳にはいかないし、何か確たる証拠がなければ王国軍が動く訳もない。最悪、狂言者として処刑されてしまうかもしれないよ」
処刑と聞いて教科書に載っていたギロチンを思い出し、ブルルッと身を震わせる晃。
「それは……嫌ですね」
「私もだ」
「いつまで喋ってるんですか? 早くご飯食べましょう」
テーブルに夕食を運び終えたリエッタが席につき、三人は少し遅い夕食をとるのだった。
翌日、晃は何故か先生の家に来たエレネと、これまた何故か突然地下へついて行くと言い出したリエッタと共に、鞘を貰うべくツヴェルクの王国へ降りて行った。
道中の話では、エレネも南へ行くメンバーに入ったらしい。
「お父様がダメだと言ったら隠れてついていくつもりだったんだけどねー」
拍子抜けだわ、と話すエレネを見て、晃はルノアール公も苦労してんだなぁ……と密かに同情した。
娘の性格を分かっているからこその一発OKなのだろう。
何時ものごとく剣を打っていたゴムリは、エレネとリエッタを連れた晃を見て、
「おまいさんもなかなかやるもんだなぁ」
と感心した様子で言った。
ミスリルで作ったと言う銀色の鞘を受け取り、さあ帰ろうかと言うところで
「アキラー!」
叫びながらヴォルフが登場。
何故か晃達が南へ行く事を知っていたヴォルフはエレネが行くなら俺も行くと言い出し、結局晃を含めた四人がルノアール公の屋敷へ集結した。
リエッタは貴族の屋敷に入ると言う事にやはり緊張してしまうらしく、ずっと晃の服を掴んだまま小刻みに震えている。
「おい、大丈夫か?」
心配した晃は、リエッタの肩を抱き、自分の方へ引き寄せた。
「あ、はい。ありがとうございます……」
何気なくそうしたのだが胸に当たる頭の感触と、体の温もりを感じて妙にどぎまぎしてしまう。
「なぁ……」
それをごまかすためにエレネに話しかけようとして、エレネの冷たい視線を真正面から受けた晃は、やはり女の子相手にこれはまずかったか……と後悔するも今更やめるにやめられず、リエッタとは別の意味で緊張していた。
やがてルノアール公と先生が談笑しながら姿を現した。
「さて、諸君! よく集まってくれた」
五人を前に、ルノアール公はそう言うと、兵士たちに馬を連れてくるよう命じた。
「公式なものではないため何をしてやる事も出来ないが、餞別代わりだ使ってくれ」
いやー、旅と言えばこれだろう。私も後もう五十年若ければ……と言うルノアール公の話を聞きながら馬にまたがる一同。
乗馬の経験のなかった晃だが、
『マカセロ』
とレーヴァが言うのでやってみることにした。
「よ、よろしくお願いします!」
なぜか後ろにリエッタも乗っている。
落ちないようにぎゅっと後ろから抱きしめられた晃は「煩悩退散!」と思わず心の中で唱えた。
『ロリコン』
とレーヴァに言われた気がするが気にしない。
晃とつながっている所為か妙な言葉ばかり覚える炎の女神なのだった。
「では、クリフ。皆を頼んだぞ」
「わかったよアル」
コツン、とこぶしをぶつけニヤリと笑みをかわす先生とルノアール公。
「君たちにシルフェの加護のあらんことを!」
そうして、一同は南を目指し出発した。