月明かりの友達
家から程なく子供でも辿り着ける小高い崖がある。森へ入り土の坂道を登ると、開けた所に身を預けるのに丁度いい岩があって、いつもそこに腰を下ろして寝そべったり、陽が出ていれば少し先まで見渡せて、月が出ていれば満天の星空。ここは僕のお気に入り。
ある夜の月が丸い時、崖下にある森の茂みに獣か何かが居た。覗き込む僕を向こうも覗き込むように、互いに様子を伺うようだった。彼を見つけてから景色より崖下ばかりを見たくって、来る日も来る日も覗いて見て分かった事がある。彼は月の丸い夜にしか現れない。
そして今夜も月は丸い、だから僕はここへ来た。覗いて見ると、ほら彼が居る。今夜はいつもとは少し違うよ、崖下へ降りて彼に会う。おやつの木の実も持ってきた。ただいくつかの問題がある。間違いなく人じゃないから獣か何かの筈なんだ。
獣だった場合に、犬でも熊でも仲良くなれずに襲われれば、木の実じゃなくて僕が食べられる。どうにか木の実の美味しさを、伝えれれば良いのだけれど。獣以外だった場合は考えたくないけれど、あれはお化けだ。お化けだった場合、襲われるのか分からないけれど逃げる事は出来ないよね、木の実も食べないだろうから。
勿論今日までに父や母に話そうかと思ったさ。僕は大人じゃないけれど、子供でも無い。ちゃんと考えてみたけれど、父に話せば狩られるし、母に話せばここに来れなくなってしまう。友達には話さない、だってここは秘密基地。だから一人でここまで来たんだ。
そんなこんなと言っているうちに、茂みの近くへ辿り着いた。崖の角度から見て、確かにこの茂みの辺りなのだけれども、何も居ないし足跡も無い。せっかく木の実を持ってきたのに。いつも僕は一人で崖に居るけれど、彼もこの崖下にいつも一人で居たからさ。きっと野良犬か何かで、ここが彼のお気に入りの場所なんだって、僕のお気に入りの崖上にも案内しようかと思っていたのに。
ここに来ても、僕は独りだ。僕の方こそ、野良犬みたいものじゃないか。あるのは僕と、僕の影。あれ、ああ、なんだそういう事か。だから丸い月明かりの夜にだけ。僕が探していた君は僕だったんだ。月明かりの光を借りて、僕に会いに来てくれていたんだね。僕は、独りじゃなかったんだ。僕は崖上へ戻るよ、そして一緒に夜空を見よう。
野良犬だなんて言ってごめんね。