第8話 その職業の名は#1
ユトゥスは覚醒した。
瞼をふるふると震わせ、ゆっくりと目を開ける。
無響の部屋――ユトゥスがそう感じるほどには、静かな場所が彼の視界に広がった。
ユトゥスが最初に感じたのはどこまでの続く白い世界だった。
天井がないのか、はたまた真っ白い天井に覆われてるだけなのか。
真っ白な床に触れてみる。わずかに波紋が広がった。
しかし、床に触れている箇所はどこも濡れていない。
その時、ユトゥスは自分の意識がハッキリしていることに気付く。
そして、あれ......生きてる? とユトゥスは首を傾げた。
直後、まるで近所の元気のいい子供のような大声が響き渡る。
「おっはようございまーす!」
「っ!?」
ユトゥスが自分の両手を見ていると、声にビクッと反応した。
瞬間、少女らしき人物の顔がユトゥスの視界一杯に広がり、さらにビクッとする。
“らしき”というのは、その少女の顔が分からないからだ。
目元が鉛筆で乱雑に書き潰したように何も見えない。
その目元がもしかしたら蜘蛛のように多眼かもしれない。だから、“らしき”。
「......君は?」
「ふっふっふ、誰でしょう~♪」
少女は偉く上機嫌な声色で答える。
そして、スキップのようなステップでくるんと一回転し距離を取った。
少女の足元から波紋が広がっていく。
ユトゥスは上体を起こし、少女の姿を観察する。
少女の背丈は百四十センチ台だろうか。
肌は雪のように白く、それこそ病的にも見えて健康的とは言い難い。
また、ノースリーブのワンピースを着て、素足である。
銀髪は腰まで届くロング、顔は小さく童顔。
故に、年齢は一桁から二桁なりたてといったところだろうか。
そんな少女が人間でないことをユトゥスは一目で理解した。
というのも、少女の纏う雰囲気が、五歳の時に神様から職業を授かった時の同じだったからだ。
神聖を帯びているというか、汚してはいけないような存在というべきか。
ならば、目の前の少女は神様なのか? とユトゥスはそう考えるもなぜか腑に落ちない。
それは少女の髪色が原因であった。銀髪......それは呪われた人が持つ髪とされている。
いつかの昔、世界には銀髪の人物がいた。
その人物は勇者が建てた剣王国で多大な狼藉を働き、処刑された。
ユトゥスが知ってるのはここまでだ。あまりにも情報が少ないが、実はこれが一般的。
というのも、昔に剣王国が銀髪の人物に対してあらゆる書物を燃やしてしまったからだ。
理由はわからない。しかしそれ以降、勇者の指導のもと銀髪は呪い持ちの証とされた。
そして現在、それは常識の一部のようになっており、銀髪は迫害の対象となっている。
「そちらさんが誰か分からないけど、俺を呼んだのは君か?
随分個性的な服だね。この空間じゃ良く目立つ」
ユトゥスは色々と思うことはあったが、ひとまず友好的な態度を示した。
相手が何者かわからない以上、下手な行動は許されない。
「そう、わったし~♪ そんでそんでこの服はお気に入りなの。ほら、この空間に映えるでしょ?」
少女は裾を伸ばして着ているワンピースを自慢する。
その服は縦半分で色が黒と白に分かれていた。
見渡す限り白い空間の中で少女自身も白に近いので、その黒はある種異質であった。
ユトゥスはその服を見つめるとすぐに少女に質問する。
「君は何者だ? そして、ここはどこだ? 俺は死んだんじゃなかったのか?」
「もぅ、質問多すぎ! せっかちさんだな~。ちゃんと教えてあげるから大人しくするよーに」
ユトゥスは少女に叱られてしまった。
それもなんだか子供を優しく叱る時のような感じで。
慣れてない感覚にユトゥスは少しむず痒い感覚に襲われる。
その一方で、少女は先ほどの質問に丁寧に答え始めた。
「まずわたしの名前はリリー。これ愛称ね。愛を込めて言ってね」
「リリーさん、ここはどこ――」
「ちゃん!」
「......リリーちゃん」
リリーは頬をぷくーっと膨らませ怒る。
その行動に、まるで行動が幼い、とユトゥスは思った。
精神的に幼いのか、もしくは元からそういう感じだったのか。
少女が何者なのかは未だ判断できない。もう少し情報を引き出す必要がある。
リリーは途中で止まった質問への返答を再開する。
「ここは意識の中だよ。無意識の中っていうのかな。とにかく現実じゃない。
だけど、ただの無意識じゃないんだよ! わたしとユーちゃんの無意識を繋いでるの!」
「ゆ、ユーちゃん......?」
「ユトゥスって名前でしょ? だから、ユーちゃん」
なぜ名前を知っているのか、と ユトゥスはビクッとする。
自己紹介をしていないのに知り得ていることを知っているのは少女が神様だからなのか。
いや、そう決めつけるのはまだ早計だ。
ユトゥスは一旦落ち着いて考え直す。
そもそも本当に“無意識”の空間なのかも怪しい。
なぜなら、記憶ではアイアンベアに殺されたはずだから。
しかし、ここがどこかもわからない以上、その言葉を否定できる根拠もない。
リリーは言葉を続ける。
「で、最後に聞いたのは死んだかどうかだっけ。うん、ユーちゃんは死んだよ!
死んでわたしのもとに運ばれてきた。なんたってユーちゃんは選ばれし者だからね!」
「選ばれし者?」
「うん。だって、ユーちゃんの職業はわたしが与えたものだから」
「っ!?」
衝撃的な発言だ。
職業は五歳の時、教会の神の像に祈りを捧げられて与えられるもの。
その原理は未だ誰も解明できていない。だからこそ、その力の送り主は神様とされている。
そして、目の前の少女は自ら与えたと言った。なら、本当にこの子は――
「君は......神様、なのか?」
ユトゥスがそう尋ねる。
すると、リリーはすぐに顔をプイっと向けた。
「神様は嫌い」
リリーはそう言った。
まるで答えになっていない答えだ。
そして、彼女は話を逸らした。
「でねでね、ユーちゃんに与えた力、ずっと使えなくて困ってたでしょ?」
「あぁ、ホントにな。おかげで今でもこんなザマだ。
だからこそ、なんだって死んだ時に急に現れたのかとは思ったね」
ユトゥスは自分の両手を見つめ、ギュッと握った。
一体その両手からどれだけが零れ落ちただろうか。
ユトゥスは鍵のかかった職業を持ち続け、何か鍵を解く方法はあるんじゃないかと模索した。
しかし、何も成果は得られず時間だけが流れていく。
希望と諦念という矛盾した気持ちを抱え、挙句の果てには解放することも出来ずに死んだ。
それが過ごしてきたユトゥスという人物の人生の概略だ。
あまりにも無慈悲で、無意味で、それでいて残酷な結果。
その時、ユトゥスはハッとし顔を上げる。
「もしかして、死ぬことが条件だったのか?」
ユトゥスは少し瞳を輝かせ聞いた。
その質問に対し、リリーは首を横に振る。
「ううん、今回はたまたまかな。
ユーちゃんを殺したアイアンベアの住処が、たまたまわたしの像がある場所だった。
だから、死後の魂だけどリンクできた」
「そっか......」
どうせそんなことだろうな、とユトゥスは乾いた笑みを浮かべる。
一体何に期待したのか。自分でもわからない感情に気持ち悪くなる。
であれば、条件はなんだったのか......いや、今更そんなことはどうでもいいか。
そんなユトゥスの様子を見ていたリリーはあわあわとした様子で口を両手で覆う。
そして、神らしき少女は空気を変えるようにテンションを上げて言った。
「でもまぁ、たまたまとはいえここに辿り着いたってことは運命だよね!
やっぱわたしが無理やり介入して選んだ人物だけはあるね、うんうん」
「?」
「ともかく! こうして無事会えたのでこれから職業を発表しちゃいたいと思いまーす! パチパチパチ~♪」
リリーは拍手しながら宣言する。
そんな少女のテンションに、ユトゥスはあまりついて行けない。
というか、死んだ魂に出会ったところで意味ないのでは? とユトゥスは今更になって疑問に思った。
「なぁ。リリーちゃん。俺は死んでるんじゃないのか?」
「うん、死んでるよ。でも、そこは一とんでもパワーで解決しちゃいます」
リリーからは何ともいい加減な答えが返ってきた。
とんでもパワーとは一体なんなのか、とユトゥスはその言葉を少しだけ怖く感じた。
とはいえ、先ほどの職業を与えたことが本当なら、その発言の信憑性は無くはない。
「さーて、気になるユーちゃんの職業は――」
リリーが期待を煽るようにしゃべり始める。
瞬間、無音だった世界にドラムロールのような音が鳴り響く。
その突然の音にユトゥスは右往左往した。
そして、リリーの発表はパァンとクラッカーのような破裂音ともに伝えられた。
「『反逆者』でーす♪」
「......はい?」
聞き間違いか? とユトゥスは思った。
というのも、職業について調べ尽くしたユトゥスが聞いたこともない職業だったからだ。
職業の中には「盗賊」という一見後ろめたそうな職業がある。
もちろん、職業効果は索敵や罠解除といったもので健全だ。
そして、不穏な言葉を持つ職業はそれしかない。
加えて、職業はあくまで”手段”であり、結局使い方はその人の人間性に委ねられる。
例えば、「盗賊」を迷宮攻略で使う人もいれば、「剣士」で山賊をする人もいる。
受け取った職業をどう使うのかはその人の自由。
故に、職業はレア度以外に大した意味はない。
しかし、リリーから聞かされた職業は例外的な異質さを放っている。
「ふふん♪ 驚くのも無理はない。なんたって、この職業はわたしのオリジナル。
だから、どこの誰に聞いても同じ人はいないよ。良かったね、オンリーワンだよ!」
喜びたくとも喜べないオンリーワンだ、とユトゥスは苦笑いした。
確かにこれまで封じられてきた職業に対し、特別な何かがあるという憧れはあった。
しかし、それを抱いていた時も流れ、今や普通の「剣士」であっても泣くほど嬉しい。
なのにこれは......やはり、この少女は何かがおかしい。
「でもね、この職業を解放するためには一つ聞いて欲しいお願いがあるの」
「......それはどんな?」
ユトゥスは生唾を飲み込んで聞いた。
リリーは口角を上げ、大きな声で伝える。
「この世界の神様と勇者の血族をみーんなぶっ殺して欲しいの♪」
「......」
ユトゥスの額からはスーッと冷めたい汗が流れていく。
冗談か? とユトゥスは思った。しかし、あいにくそうではないらしい。
リリーの目が見えないので本気かどうかわからない。
しかし、少なくとも顔は笑ってる。
そんな見た目若干十歳前後の少女が「神様と勇者の血族を殺して欲しい」と言ったのだ。
驚かない方がおかしい。
「あれ? 難しい話だったかな?」
リリーは首を傾げる。
まるでユトゥスの反応がおかしいとばかりな態度だ。
どうやら出会った神は神でも悪神だったかもしれない。
「ほら、能力値開いて」
その時、ユトゥスの僅かなまばたきの間にリリーは彼の目の前から消えた。
直後、ユトゥスの顔の横にリリーがニョキッと出てきて顔を覗かせる。
気配もなく忍び寄った彼女にビクッとユトゥスの体が震えた。
ユトゥスはリリーの機嫌を損ねないように、言われるがままに能力値を開く。
目の前に表示された半透明な板のようなものに自身の能力値が記載されている。
本来は<鑑定>か冒険者カードに触れないと見れないはずなのに出来てしまった。
「ほらほら、ここの職業欄にちゃーんと『反逆者』って出てるよ。
これはね、“神様に逆らう者”って意味なの。もっと広く捉えるなら強者にってことかな」
「......っ」
「ユーちゃんならわかってくれるよね。なんたってユーちゃんも神様を恨んでる一人なんだから」
少女の口元はニヤリと笑った。
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