第61話 とある令嬢の14年間#1
今から14年前のある日、聖王国プロメキシアのとある貴族の屋敷で一人の赤子が生まれた。
白髪で麗しい女性に抱かれた赤子は初めての外でたっぷりの空気を吸いながら泣き叫ぶ。
そんな初めての我が子の誕生に両親は喜び、メイド達もまた命の誕生に感動した。
その一方で、今この瞬間生まれ出たはずの赤子は思った――ここどこ!?
赤子の名はリビア=アルベール。
アルベール家伯爵家に生まれた女の子だ。
そんな赤ん坊は自分の置かれた環境に困惑していた。
なぜなら、その少女にはここではないどこかの世界の記憶が存在してたからだ。
周囲を見渡してみれば貴族風の屋敷。
手を伸ばしてみれば小さい手が見え、声を発してみるがロクにしゃべれない。
うん、間違いない。これは俗にいう異世界転生というやつだ。
なぜなら、リビアがこんな姿になる前の記憶は常に終電ギリギリに帰るOLだったから。
やっとのことで化粧品メーカーに就職できたものの、想像していたよりもハードで毎日があっという間に過ぎていく。
肉体は休むひももなく酷使され、精神はすり減るばかり。
そんな中でもソシャゲの推しに貢いでいる時間だけが唯一の生を実感できる喜びだった。
そんなある日、いつも通り電車を待っている間に推しに貢いでいると、酔っぱらった太ったおっさんが絡んできた。
背後から突然お尻を触られたかと思うと、気持ち悪く絡んできて、抵抗すれば怒鳴ってくる。
それでも抵抗を続けた自分に対し、苛立ったおっさんは自分を突き飛ばし、そして――
「あうあうあ(気が付けばここにいた)」
「奥様! 今、しゃべりました! しゃべりましたよ!」
「えぇ、そうね。ふふっ、我が家に舞い降りた天使ちゃん。すくすく育って偉いわね~♪」
大学の頃から根っからのヲタ女であるリビアは当然ファンタジーにも理解がある。
だから、「あ、死んだ」って思ってから目覚めた時にこんな姿になっていたのは驚いた。
だけど、これって普通順序とかあるんじゃない? とも思った。
というのも、彼女の知識では別の世界の異世界転生なら大抵は女神様にお目通りして転生するものだからだ。
それが、こんないきなり目覚めたらどこかのめっちゃ美人の母親の娘になってて。
少し考えたリビアであったが、特に何かわかるはずもなく。
でもまぁ、本来の転生ってこんな感じなのかもな、と適当な納得の仕方をした。
そして同時に決意する――せっかくならこの世界を楽しもうと。
それから、リビアは自立できるようになると色々なことを学んだ。
それは前の世界とはまるで違う常識であったが、その世界にあった知識のおかげでスポンジのように物事を吸収でき、両親やメイド達からは神童と持て囃された。
それは今までに味わったことのない賞賛であり、心の底から嬉しさを感じるリビアはもっと喜ばせようと知識チートを発揮。
能天気なで人がよさそうな両親は両手を挙げて喜んでくれた。
また、そんな調子で生まれた時から覚えていた固有魔法である「錬金術」で作成したものは、周囲の人々を驚かせることが日常的にあった。
そんな順風満帆で幸せな時を過ごしていたリビアだが、5年の時が過ぎた時それは唐突に感じた。
「......何かが足りない」
腕を組みながら悩むリビアはそう言葉を吐き出す。
そんなベッドに座る彼女を見ながら、彼女のお世話係であるフランメは首を傾げる。
「何がです? リビア様」
「ほら、私って自分で言うのもなんだけど可愛いでしょ?
お母様譲りの雪のように白い髪に、お母様譲りの将来美人になることが確約された顔の輪郭、お母様譲りの力強くも柔らかい目つき」
「当主様の要素が一つもないですよ。
一つぐらいは言ってあげないと当主様泣いちゃいますって。
ほら、当主様譲りの黄色い瞳が素敵だと思いますよ!」
「白い髪には赤い目か青い目のどちらかって相場が決まってるの!」
「一体どこの相場で聞いたんですか......」
「さらには本来役職を貰ってからじゃないと魔法が使えない中、生まれた時に授かる固有魔法が使えるというオマケまである。
にもかかわらず、どうしてかこう......心が躍り切らないの。
皆が笑ってくれるのは嬉しいはずなのに」
リビアの悩みに対し、フランメは腕を組んで「う~ん」と悩み始める。
そして少し考えた結果、手をパンと叩いて一つの答えを提示した。
「リビア様は恋をしていないかと思います!」
「恋? この年で?」
その答えにリビアは困惑する。この年で恋とは何とも頭お花畑な。
前世の自分ですらまともな恋愛せずに終わったというのに。
「今の年で、ですよ。女の子は精神の成熟が早いですからね。
カッコいい大人の男性に心惹かれるものなんです。
それこそ大人びてるお嬢様がこうも恋に関心が無いのはおかしいんです!」
「おかしいって言われても......そういうフランメはどうなのさ」
「私はやはり執事のトーマス様ですねぇ......♪」
「あの人、確か御年72歳だけど。もしかしてジジ専?」
「違いますぅ! あの溢れ出る大人の余裕がカッコいいって感じるんですぅ!
お嬢様は凄いですけどそういう所はお子様ですねぇ。
どうやらお嬢様にはまだこの手の話は早かったかもしれません」
その言葉にリビアは変な顔をする。
自分の4年先しかまだ生きてないくせによく言う。
それに自分だって恋ぐらいしたことある。それこそ推しに――あっ。
「ああああぁぁぁぁあああぁあぁぁあああああ!!!」
リビアは立ち上がり叫んだ。その突然の叫びにフランメはビクッとする。
忘れてた。なんてことだ。新しい環境に楽しんでいて完全に忘れてしまっていた。
自分には心の支えだった推しがいたはずなのに......それを忘れてしまうなんて!
だけど、思い出したことで気づけた。自分の心に足りなかった何か。
「そうか.......私には推しに貢ぎたかったんだ」
「はい?」
リビアが呟いた聞いたこともない言葉にフランメは首を傾げる。
しかし、小刻みに手を振るわせて取り乱しているリビアの様子だけは理解した。
「あの......リビア様? いかがされました? その......『推し』とは何でしょうか?」
「推しは推しよ! 私の辛く長い人生を支えてくれた伴侶みたいな存在よ! そんなこともわからないの!?」
「いやだって、リビア様はまだ5歳ですし、伴侶って......頭の方大丈夫ですか?」
「失礼ね、超正常よ!!」
とはいえ、リビアの心は未だ動揺に包まれていた。
この世界に転生してから赤ん坊ということもあり、恵まれた才能があったこともありと色々なことですっかり頭から抜けていた。
確かに、社畜時代のあの時のような閉塞感はない。
むしろ、マイペースにのびのびとやらせてもらっている。
心の潤いは限りなく100パーセントに近い。
だけど、心の片隅にひそかに感じる――物足りなさ。
それはあの社畜時代だったからこそ得られていた幸福感。
社会の荒波に流され、もまれ、前後不覚になりながら、時に深く落ち込んだ時にも冷たい画面越しに確かにいた推しの存在があったからこそ得られたもの。
例え、生活苦になろうとも心を支えてくれる推しに恩返しすることが自分の幸せだった。
「そっか.......私は推しに貢ぎたいメンヘラだったのね」
「り、リビア様......?」
「だけど、もうあの時の推しはもういない。なら、貢ぐ相手を見つけろってことね!」
「リビア様!?!?」
「ふふっ、待ってなさい。今度こそ3Dの推しを見つけて結婚するんだから~~~~!!!」
「リビア様! お待ちください、リビア様!! どこへ行くんですかぁ~~~~!?!?」
そして、部屋から飛び出していくリビアをフランメは慌てて追いかけるのであった。
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