第56話 アウドレッドに潜入#1
アウドレッドまでの道すがら、ユトゥスはこれからの旅における注意事項を述べ始めた。
「フィラミア、今後の行動について認識を擦り合わせておく。よく聞け。
現状、俺は呪い持ち、貴様は魔族の血を引く者だ。
つまり、周りの人間とは相いれない存在という意味だ。この意味はわかるな?」
「はい。私達に敵意を持つ人がいるかもしれないということですね?」
「そうだ。加えて、今いる場所は剣王国の領土内。
街をスルーして抜けるのが良いとは思うが、情報はあるに越したことはない。
故に、多少の危険を冒してでも情報を得るために街へ寄る」
『主にアタシのせいだがな。キシシシ!』
フィラミアには見えていないが、ユトゥスの横にはブラックリリーがフワフワと浮いている。
そんな彼女は自分のしたことに楽しそうに笑っていた。
一体誰のせいでこんなことになっているのか。とはいえ、考えても今更だ。
なので、ユトゥスは脳内で「はいはい、そうだね」と適当に流しつつ、話を続ける。
「そして、何より重要なのが食料の確保だ」
「え? 食料なら森でも取れると思いますが」
「それはこの周辺が緑に溢れてるからだ。
場所によっては食える食料など存在しない場所もある。
それに逃避中となればのんびりと狩りをする時間など無いに等しい」
「なるほど、そのために食料を買いだめておくのですね。
加えて、主様の<異空間収納>でしたか時間経過せずに保存も可能ですし」
「あぁ。加えて、もう一つ重要な理由としては栄養バランスが異なる。
体は資本だ。偏った食生活ではいざという時に本調子が出ないかもしれない。
コンディションの維持は貴様が思っているよりもずっと重要だ。覚えておけ」
そんなことをフィラミアに言っているとブラックリリーが反応した。
『なんか母親みてぇなこと言ってるな。ママ属性か?』
『違うよ。年下の面倒を見ることが多いと自然と考えるようになるんだよ。
それに森の食材だけじゃ食事の彩も地味で飽きて来るだろ』
『それを人はママと呼ぶ。オマエも大概要素多いな』
ブラックリリーは呆れてるような目をしながらそんなことを言った。
一体自分のどこにママ要素があるというのか。
フィラミアといい、ブラックリリーといい自分のことをなんだと思っているのか。
『言っておくが聞こえてるぞ』
『話しかけてないことは聞き流してくれ』
そして、ユトゥスの話題は次へと移る。
どこへ行くか、そこで何をするかはハッキリした。
であれば、次はどうやってその街へ行くかだ。
「さて、ここからがこの話の本題だ。
先も言ったが俺達はお尋ね者というわけじゃないが、人目に付く場所は避けた方がいい存在だ。
つまり、容姿は出来る限り人目に触れないように工夫した方がいいということだ」
「なるほど、私の美貌で周りの人々を魅了してしまうからということですね!」
フィラミアがキリッとした目でユトゥスを見る。
そんな彼女にブラックリリーが呟く。
『なんかほんとコイツ、キャラ変わったよな。そして安定のドヤ顔』
『触れないでおこう。触れると長そうだ』
「主様、私の顔を見てどうしました? あ、もしかして負けました?」
「あー、負けた負けた」
「そんな適当な負け方は認めません! ノーカンです!」
相変わらず謎の勝ち負け意識を持つフィラミアをあしらいつつ、ユトゥスは話を戻す。
「ともかく、貴様はその目立つメイド服は外套で隠せ。
そうすれば、見た目は顔が整った獣人族だ。
それと確か羽は隠せるんだったよな? 出会った頃も隠してたし。
風が吹いて外套が捲れてなんて些細なことでバレても困るからな」
「わかりました。少しムズムズしますが、主様の命とあらば我慢します」
「後は俺だな......フードを深く被って髪を隠すのは絶対だとして、できればこの目のことも隠しておきたい」
「どうしてですか? ただの赤色じゃなくて透き通った宝石のようで綺麗なのに」
「この目の色のせいで魔族から敵視されてるんだ。
姿を偽って街に紛れ込んでいる魔族もいると聞く。
だから、少しでも目を見られないようにしたいし、先の言葉と同じように余計な火種は作っておきたくない。
ま、それでもバレたならその時は腹をくくるがな」
「なるほど。つまり、顔が隠せるやつがあればいいんですね?」
「あぁ、そうだが.......どうした?」
フィラミアは肩にかけていた貰い物のショルダーバッグから一つのマスクを取り出した。
その仮面は鼻から上だけのハーフマスクで、デザインは狐のお面であった。
「これは?」
「こんなこともあろうかと村の人に作ってもらいました。
仮面を外せずに食事ができるように上だけにしてもらい、デザインは私をそばで感じて欲しいから狐型です!」
「そうか、助かる」
『気持ちは若干重いけどな』
『言うな』
「で、貴様のは?」
「私は顔の印象が強いらしいので、あえてこのシンプルなデザインです」
フィラミアが見せたのは白いお面に目と口が三日月形になっているタイプだった。
シンプル故に機能美を感じるというか、それがなんだかちょっと羨ましい。
『オマエのは普段使い用でもあるから諦めろ』
『わかっとるわい』
とにもかくにも、これで準備は整った。後は街へ行くだけだ。
そして数日後、小高い丘にいる二人は遠くに見える目的の街アウドレッドを視界に捉えた。
「着きましたね。あの町がアウドレッドですか」
「あぁ、少し大きな街だ。加えて、あの街は剣王国では珍しい他種族も入れる街だ。
ただし、それは冒険者と商人に限り、同時に入ったら入ったでいい顔はされないけどな」
「つまり、私は注目の的ってことですね!」
「全然意味合いは違うがな。街へ向かうぞ。準備をしろ」
ユトゥスは<亜空間収納>から村で貰った子供達の刺繍が入った外套を纏い、フードを被って、最後にフィラミア特注の仮面を装着する。
また、フィラミアはショルダーバッグから外套を取り出し、同時に腰から伸びる羽を消した。
「ふふっ、相変わらず子供達の刺繍が目立ちますね。
しかも、お花のデザイン。いつの間につけられてたんですか?」
「さぁな。気づいた時にはついていた」
『使い捨てのつもりだったのに捨てられなくなっちまったな。キシシ』
『嬉しいような困るような気持ちだな』
とはいえ、案外満更でもないユトゥス。
例え口が悪かろうとも中身は世話好きな兄なので、子供達のこういう可愛らしいイタズラは微笑ましいのだ。
「それはそうと、貴様は頭につけているホワイトブリムは外さないのか?
いくら服を外套で隠そうともそれをつけてはあまり意味ない気がするんだが」
「これは私が主様の忠実なるメイドたる証明なので譲れません!」
「しかし、貴様がそうだと俺の仮面もどこかの貴族だと捉え......」
そう言いかけてユトゥスは顎に手を当てて考える。
冒険者という職は誰にでもなれる職業だ。
その職は貴族、果ては王族にいたるまで冒険者登録が可能であり、そうして活動している人は多くいると聞く。
となれば、当然人によっては素性を隠したい場合もある。
ともあれ、その場合なら従者も冒険者風の格好になっていて然るべきだが。
だが、それを逆手にとってあえてフィラミアをあからさまな従者らしい格好をさせて、ユトゥスを素性の尋ねにくいお貴族様と思わせることも可能。
そうなれば、周囲からの余計な干渉は減らせるかもしれない。
「いや、前言撤回だ。貴様は俺の下僕らしくその恰好を貫け。
貴様の容姿は優れているからな。余計に周囲は勘違いしてくれるかもしれない」
「なんだかよくわからないですけど、わかりました! 周囲に見せつけてやります!」
「見せつけなくていい。毅然としてろ。貴様の魅力ならそれで十分だ」
「......そ、そうですかぁ。あ、私は負けてません! 負けてませんよ!!」
「急に何の話だ?」
珍しくフィラミアが頬を赤く染め、尻尾をいつもより激し目に揺らしている。
にしても、随分と気合を入れた言い方だったが、怒っている感じではなさそうだ。
『言葉を変換してるのはアタシだけど、オマエも大概タラシだよな』
『村の若い女性に“女の子は褒められて可愛くなるから積極的に言え”って言われて育ってきたからな。
たぶんその影響でスラスラと出てきたんだと思う。だが、言っておくが下心はないぞ?』
『わかってるよ。だがらこそ、オマエのポテンシャルにちょっとビビった』
『?』
ブラックマリーが何とも言いたそうな顔をしていることに首を傾げていると、後数メートルで門の前に辿り着くという所までやってきた。
その時、フィラミアは馬車に乗った商人と話している門番を見てユトゥスに尋ねる。
「そういえば、どうやって街に入るんですか?」
「俺の冒険者カードを利用する。ただ、俺が仮面にフードと徹底的に顔を隠している以上、怪しまれるのも必須だ。だから、貴様の力を借りる」
「私のですか?......あ、なるほどです!」
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