第55話 三つの歯車
―――冒険者ギルド、ハズバード支部
迷宮再構築起きてから慌ただしい日々が続いた冒険者ギルドも落ち着きを取り戻した。
今や冒険者ギルドからは噂を聞きつけ一攫千金のために色んな場所から高ランク冒険者パーティが集まっており、かつてない賑わいが広がっていた。
とはいえ、迷宮再構築が何も全てメリットがあるわけではない。
特に再構築はある程度の周期予測は立てられるが、それがいつどのタイミングで起きるか未だ解明できていないため、巻き込まれた冒険者は数知れず。
運よく生き残ってもパーティの中核を担っていた仲間が死んで、それによってパーティが解散するということはザラにある。
そして現在、Aランクパーティである“満点星団”もその窮地に立たされていた。
そのパーティからは約一か月間に一人の仲間がパーティを一時脱退した。
その人物はAランクパーティの絶対的なリーダーであり、抜けて欲しくはなかったが、その人物の意向で脱退を認め、その一週間後に迷宮再構築が起きた。
その人物は当日に再構築が起きた迷宮におり、高ランクの魔物が出現する巣窟となった迷宮でCランクの冒険者パーティを助けるため囮となり、そして――
「私は絶対に認めないわ! ユティーが死んだなんて!」
ダンッと机を叩き、椅子から立ち上がったのは天才魔術師と謳われるアニリスだった。
そんな彼女にとって迷宮に戻ってこないリーダーは兄以上の存在。
到底認められる現実ではなかった。
「ユティーは絶対生きてる! 私は絶対に諦めない! あのユティーが死ぬはずない!」
「だがよぉ......もう一か月近くはあの迷宮に潜っているが、今攻略できている二十七階層までユトゥスの姿はないんだぜ? それに――」
「だったら何? 諦めて『はい、仕方ない』で済ませるつもり?¥!?
ドンバス、あんたにとってユティーはその程度の存在だったのね。
まだ力もなかった私達を命がけで守ってくれたのはユティーなのに、その恩を仇で返そうだなんて見損なったわ!!」
「そうは言ってねぇ! 俺だって助けられることなら助けてぇよ!
だけど、現実を見ろよ! 俺達四人がかりで倒すAランクの魔物をユトゥスが倒せるとでも!?
俺だって信じてぇ、信じてぇよ! だけど、それに見合う現実がイメージできねぇ......」
「そう。だったら、あんた一人宿でうずくまってればいいわ!
サクヤ、ユミリィ、あんた達なら私の気持ちをわかってくれるわよね?」
アニリスは同意を求めるように仲間である二人に話しかける。
しかし、その問いかけに二人は視線を外し、黙ったまま。
そんな二人にアニリスは憤慨した。
「ほんっと意気地なしばっか。だったら、そうやってうずくまってればいいわ。私一人で探してくる」
「アニリス!」
アニリスは颯爽と歩きだし、冒険者ギルドを出て行ってしまった。
そんな後姿を見て席を立ち上がったサクヤだが、手を伸ばすだけで足は動かなかった。
「大丈夫だよ、アニーも本当はわかってる」
そう答えるのはこのパーティでは最年長となるユミリィであった。
その言葉にサクヤとドンバスが耳を傾ければ、彼女はさらに言葉を並べた。
「心の整理がつかないだけだよ。ほっといてもどこに行かない。だから、一人の時間をあげてあげて」
「「......」」
「わかってるはずだよ。私達は親を失って、兄弟姉妹を失って、友達も挙句には帰る故郷すら失った。
嫌というほど現実の残酷さを突き付けられて、その上で理想ばかりを追いかけるほど甘い思考はしていない。ま、ユティーは『理想を抱き続けろ』って言ってたけどね」
「そうだな......俺も少し言い過ぎたかな」
「僕はリーダーなのに何も言えなかったけどね」
「いや、ドンバスの判断は正しいと思うよ。理想と盲信は違うから。誰かが目を覚まさせてやんなくちゃいけない。
そういう意味だと確かにリーダーのサクヤが言うべきだったけど、まだリーダーを初めて1か月だし同意しなかっただけマシかな」
サクヤはその言葉に少しだけ救われたような気持の反面、相反するように罪悪感が襲った。
そんなお通夜の空気が流れている席に一人の受付嬢が話しかけた。
「あの......今の話って本当ですか?」
「あなたは確かミズリーさんでしたか?」
ハズバード支部の冒険者ギルドで働く受付嬢ミズリーはユトゥスの受付をよくしている人だった。
その理由としてはクールで冷たい印象に加え、物言わぬ迫力があるミズリーに物怖じした冒険者が彼女に受付してもらうのを避けているため、ある種の穴場となった受付場所にユトゥスがすっぽり収まっただけことである。
とはいえ、ミズリーが冒険者ギルドに働き始めてからの付き合いであるため、一口に冒険者と受付嬢という関係とは言い難い仲の良さではあるが。
そんな彼女はユトゥスが最後に受付した人物だ。
加えて、そのすぐ後に別の街へ出張していたためユトゥスが迷宮に飲み込まれた事実を知らない。
そして、帰ってきた今たまたま聞こえた話がサクヤ達の会話だった。
「ユトゥスさんが......今いないのって........」
ミズリーの言葉にサクヤ、ドンバス、ユミリィは目を伏せた。それは認めてるも同じだ。
そして、たくさんの雑務をこなす受付嬢が察しが悪いはずもなく、すぐにその場に崩れ落ち、ポタポタと涙を流し始めた。
「そんなぁ......」
受付嬢にとってある日突然顔なじみの冒険者を見なくなることは少なくない。
故に、ミズリーとて死に対する受け止め方を心得ているはずだった。
しかし、相手が悪かった。その人物はそれこそ他の冒険者よりも懇意にしている相手だったから。
それから数分後、人目もはばからずひとしきり泣いたミズリーは落ち着きを取り戻し、サクヤ達から事のあらましを聞いた。
「それは......なんというかユトゥスさんらしいですね」
「昔っから自分のことは蔑ろで僕達に構いっぱなしだったからね。
お人好しというか、自分に執着が無いというか。
だけど、兄さんの行動は最後の最後まで立派だった。そう思うよ」
「そうですね。あの.....ところでアニリスさんは?」
「あの子なら今一人の時間中。現実を受け止められないみたいでね」
「無理もないですね。私とてそちらの立場であれば例え一人でも助けに行きたいと思うでしょうし。
そういえば、風の噂で聞いたのですが、ユトゥスさんはその......パーティを抜けられたのですか?」
「いや、そうじゃないよ。僕達に追いつくために頑張りたいって理由で一時的に抜けただけ。
兄さんも自分の立場に色々思うことがあったみたいでね。
それで僕の判断で兄さんはソロ活動を始めて.......うん」
「そうだったんですか。なら、今の“満点星団”のリーダーはサクヤだと思うのですが、これからどうするつもりですか?」
「そうだね.....兄さんがもう戻ってこない可能性を抱き始めてからずっと考え続けてきたけど、僕としては兄さんの意思に乗っ取って進んでいこうと思う」
「ということは、ユトゥスさんの捜索は他の冒険者の皆さんに任せ、サクヤさん達はサクヤさん達にできることをしていくということですか?」
「そうだけど......どうしたの?」
何かと今後の展望を尋ねるミズリーに疑問を感じるサクヤ。
そんな彼に対し、ミズリーはとある人物から預かっていた手紙をテーブルに差し出した。
「これは......手紙ですか?」
「はい。もし、サクヤさん達がユトゥスさんの捜索を続けるのであれば、こちらでお断りの連絡をしようと思っていました。
ですが、捜索を一度切り上げ、別の依頼をこなそうと思うのであれば、これを受けてみてはいかがでしょうか。
差出人は剣王国のアウドレッド領主――バンズ=アウドレッドです」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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