第53話 フィラミアの選択#2
「ど、どうしてですか? 私は何か間違ってましたか? だとしたら、すぐに訂正し――」
動揺するフィラミアの言葉にユトゥスはゆっくりと顔を横に振る。
「いや、そういうことじゃない。むしろ、貴様は素晴らしい回答をした。
だが、それでは俺は貴様という逃げを道を求めてしまう。
俺は全ての責任を貴様に押し付けてしまいそうになる」
フィラミアは気づいていない。
どうして自分が騎士を殺さないようにしたのかを。
しかし、そのような言葉を言うのであれば、なんとなく察しているのだろう。
殺さないのではなく、殺せないのだと。
「......俺は魔物によって村を襲われた。原因は未確認の迷宮で魔物が溢れたことによる魔物大暴走らしいが、そんな原因はどうでもよく俺には村を失ったことが全てだ。
野菜をくれたおっさん、赤子を宿した妊婦、お節介な年上の女性、可愛がっていた子供......それら全てが魔物によってかみ千切られ、潰され、引きちぎられ、嬲られ、犯され、そして殺された」
思い出すと今でも手が震える。
あの時の恐怖と怯え、魔物に対する憎しみと恨み、そして怒り。
心の中にぐちゃぐちゃとしたドス黒い感情が沸き上がる。胸が苦しくなる。
「それ以来だ、俺にとって人が殺せなくなったのは――人の命が重く感じたのは。
俺がそんなことをしてしまえば、俺は村の人達を殺した魔物となってしまう......そんな気がして、その意識がこびりついて、俺は人を殺すことを躊躇うようになってしまった」
「........」
「情けない話だろ? 本当は意気地がないというだけだ。
それで貴様がそばにいてそんなことを言えば、いつかそれに甘えてしまう。
それに俺のためにそんな優しい答えを示してくれる奴を同じ道に歩かせられない」
ユトゥスは優しい顔をした。人に向けては初めてとなる表情だ。
それに対し、フィラミアは真剣な顔つきで返答した。
「情けなくなんかありません。そして、それが行えない主様が悪いとは思いません。
それが主様が示した答えであれば、私は全力でそれを支持します。
それに相手よりも圧倒的に強ければ捕縛も可能かと思いますし、今よりももっと強くなればいいだけです。
ですから、どうか私を主様のそばに置かせてください。」
ニコッと笑うフィラミアにユトゥスは困惑した。
どうしてここまで言ってくれるのか?
自分と彼女はまだ1か月も満たない間柄なのに。
「......どうしてそこまで俺のそばにいてくれるんだ?」
「私は主様に助けていただきました。ですから、その恩返しがしたい――という気持ちもありますが」
「?」
「それ以上に、私は私のプライドにかけて主様を負かしたいのです!
私の容姿に対して興味を持たれない主様をメロメロにして、私がいないとダメなようにしたいんです!
ですから、主様が私を遠ざけようと、私は私の目的のためにそばに居続けます!」
「.....くく、アハハハハ!」
ユトゥスは思わず笑みが零れた。そして思った――これは説得は無理だな、と。
ただの恩返しの気持ちや気遣いの意思ならいくらでも縁の切り方はあっただろう。
しかし、自分の目的のために行動されるとなれば、その意思を折るのは容易じゃない。
「だが、それは逆に俺が貴様に興味を持ったらそれで終わりなんじゃないか?」
「どうでしょうか? 血統種の淫魔族ならもしかするとあるかもしれませんが、私はハーフなので例外があるかもしれませんよ」
「......そっか。なら、降参だ。ほら、負けたぞ」
「その負けは認めません!!」
ユトゥスはフィラミアの説得に失敗した。
しかし、不思議と心は穏やかで清々しい気分だった。
自分に頼りになる仲間がいることがこうも心強いとは。
「フィラミアちゃーん、ちょっとお手伝いを頼んでもいいー?」
「はーい。では、お先に失礼します」
フィラミアはペコッと頭を下げ、部屋を出ていく。
その姿を眺めていると、脳内から少女の声が聞こえてきた。
『なんというかしたたかな女だな』
「あぁ、そうだな.......ん?」
ユトゥスがふとベッドを見れば、黒髪褐色の少女が座っていた。き、君は――
「ブラックリリーか......!?」
『よっす。お久』
その少女はユトゥスが夢の中で見た存在だ。
そして、当人が精神に取り憑いているようなことを言っていた。
つまり、この少女が現実に存在しているのはおかしい。
加えて、仮に術者とすれば、目の前に現れるのはもっとおかしい。
「......貴様は俺だけに見える的な存在なのか?」
『相変わらず理解が早いな。あぁ、そうだ。アタシはオマエの精神にいる存在だ。
アタシはオマエにしか見えないし、言葉も聞こえない』
『なら、脳内だけで意思疎通も可能ってことか』
『ハァ~~~、こうも頭の回転が速いと面白みもねぇな~』
ブラックリリーは足をブランブランと動かし、ため息を吐く。
そして、話題を先程のフィラミアについて戻した。
『結局、オマエのくっだらねぇ思想に付き合わせる羽目になっちまったな。
オマエもオマエだ。人も獣だろうが。何躊躇ってやがる?』
「ふっ、そうだな。間違いじゃないと思う。だけど、俺が意識するよりも先に体が反応するんだ」
『だから、アタシが代わりにやってやろうって話だろ?
オマエとは取引したが、オマエ自身がその権利を譲渡すんなら話は別だ。
どうだ? 早めに後悔しないうちに渡しとくっていうのは?」
「誰が好き好んで自分の体を明け渡すか。そんなことはせん」
ユトゥスは立ち上がると、ドアに向かって歩いていく。
すると、霊体のブラックリリーはフワフワと宙に浮き、ユトゥスの顔に体を並べる。
『で、オマエはこれから何するつもりなんだ?
アタシによって見た目も口調も変えられた今、下手に行動するのは危険だと思うがなぁ?』
「なーにニヤニヤしてんだ。誰のせいだと思ってんだ?
とりあえず、今しばらくはこの村に滞在して怪我人の手当てをする。
大した治療は出来ないが、多少医学は齧っている。やらないよりはマシだろう」
『それと大事な忠告もだろ?』
「あぁ、そうだ。それだけは村を去る前に伝えておかなければいけない」
ユトゥスはドアノブに触れると、捻って開ける。
そして見えてきたのは澄み渡った青空であった。
しかし、現実に引き戻すかのようにすぐ近くには燃えたり、壊れたりした民家の数々。
そんな環境でも比較的心穏やかにいられるのは、も元気に走り回る子供達や前の生活を取り戻そうと頑張る村の人達の姿があるからだろう。
『これがオマエがアタシから力を貰って守った村だ。どうだ? ちったぁ感謝する気になったか?』
「そうだな......感謝はしてる。この景色は俺がずっと夢見ていた景色だからな。
ただ、わがままを言うのであれば、もっと早く貴様と会いたかったものだ」
『っ!? オマエ、わかってるのか!? アタシは悪意の化身だぞ!?』
「だとしても、それで俺が守りたいものを守れるのならそれで構わない。もう二度と失わないように」
遠くで奥様方と洗濯物を運んでいるフィラミアがユトゥスの存在に気付く。
そして、遠くに見える仲良しの友達に存在感を示すように大きく手を振った。
その手にユトゥスも軽く手を上げて答えれば、フィラミアは嬉しそうに尻尾を揺らした。
『.......ちなみに、あの女の催淫効果はもとよりあらゆる精神汚染を排除してるのはアタシだからな。
いきなりおっぱじめられても適わないし、そんなことは許さねぇために』
「あ、そうだったのか。それは......なんというか感謝する」
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