第52話 フィラミアの選択#1
パチッと目が開き、ユトゥスの意識が覚醒する。
すぐに見えたのはどこかの見知らぬ天井だ。
ただ、この感じはどこか民家だろう。
「いつの間に......」
カマセーヌとの戦いを最後に記憶が無い。
その代わり、夢での内容を現実で起きたことのように覚えている。
となると、この状況はフィラミアが作ったというわけか。
「おはようございます、主様」
先程から甘いニオイが漂っていた方向から声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声――フィラミアのものだ。
顔を横に向けてみる。すると、すぐ近くにフィラミアの顔があった。
「.......なんで添い寝してるんだ?」
「本当は主様の様子を見に来ただけだったのですが、気持ちよさそうに寝ていたのでつい......どうでしたか?」
「どうでしたかって言われてもな。びっくりの一言に決まってる。
にしても、なんで俺は下着一枚になってるんだ?」
ユトゥスは意識がさらにハッキリしていくと同時に、自分がパンツ一丁のことに気付いた。
正直、なぜこうなったかおおよその想像はつく。
しかし、それでもその過程に至った経緯を本人から尋ねたいのだ。
「それは当然、主様のお召し物を洗うためです。安心してください、下着は新しいものです」
「気を失っている間に衣服をひん剝かれていることには何も安心できないんだが」
「大丈夫です。母がやっていたことを真似しただけなので。
それでなんというか、お父さんと違って均整の取れた肉体美といいますか、少し触らせて貰いましたが良かったです!
あと小さい頃に見たお父さんよりもその.......私の印象って変わるもんなんですね」
「突然何を言い出してるんだ貴様は。あと、真顔で言うな」
「大丈夫です。意識の無い場合にしては面白くないと母から教わっているので!」
「どこも大丈夫な要素がないんだが」
ユトゥスは頭痛がした。これは絶対に気温差による片頭痛ではないだろう。
妙な疲れを感じながら体を起こすと、フィラミアは掛け布団を少し上げてのぞき込む。
「その......処理致しましょうか? 男の人ってその状態はお辛いんですよね?」
「ただの生理現象だ。だから、見るな。尋ねるな。手を伸ばすな」
「ですが、お母さんはお父さんのを処理していましたよ?」
その言葉にユトゥスの顔が険しくなる。コイツ、まさか――
「......見たのか?」
「はい。お父さんの顔が真っ赤でした」
「真っ青の間違いだろう.......」
その後「お母さんからは勉強熱心ねと褒められました!」というフィラミアに対し、ユトゥスは淫魔族という種族に対し、結構衝撃的なカルチャーショックを受けた。
本でどういう生態なのかは知っていたが、いざその血筋を目の当たりにするとダメージが大きい。
この手の話題はあまり得意ではないので、早々に流してしまうことにしよう。
ユトゥスはベッドの上であぐらをかき、フィラミアをベッドから追い出す。
「にしても、貴様は出会った頃とは随分と印象が変わったな。
以前はもっとこう......恥じらいがあったんだが、今はむしろ堂々としている」
「そうですね。たぶんこれは淫魔の血の影響でしょうけど、私自覚したんです――私って可愛いんだって!」
「.......」
「これも淫魔族の血の影響でしょうけど、私、人の視線を集めることが好きみたいです。
老若男女構わず誰かが私を見てそれに熱い視線を向けてくれると、それがなんだか自信に変わってきて、今では胸を張って歩くことができるようになったんです」
「だが、貴様は出会った当初はもっと恥じらいがあった様子だったが......?」
「アレはまだ私が人の視線に慣れていなかったからだと思います。箱入り娘でしたから。
だから、あの時の私はまだ人馴れしていない動物の赤ちゃんみたいな感じで、主様という支えを得てようやく純粋な気持ちで周囲を見れるようになったんです」
「ふっ、そうか......貴様が成長した形でそういう風に変化したというならば、これ以上とやかく言うのは野暮ってものだな。
しかし、淫魔族に熱い視線を向けても、向けられる本人はそれで興味を無くすってんだから、なかなか難儀な話だよな」
「はい。ですから、興味の相手としか子供を作らない淫魔族は少子化で困ってるとお母さんも言ってました。
まぁただ、それで本当に困るのは血統種だけらしいので、雑種にはあまり関係ないみたいですが」
その言葉にユトゥスの知識欲が疼く。
「へぇ、そうなのか。それは面白い話だ。
それじゃあ、淫魔族に羞恥心はほとんどないってのは、さっきのフィラミアが抱いた気持ちが影響しているということか?」
「恐らくそうでしょうね。ハーフである私ですらこんな感じなので。
この村で色んな人から視線を集めた私は自分の可愛さを自覚し、勇気と自信を得ました。
なので、村の外で真っ裸で歩こうと、その姿を男の人にどう見られようと気になりません!」
「いや、そこは気になれよ。なんでドヤ顔なんだよ」
「羞恥心は脱ぎ捨てました」
「すぐに拾って着ろ」
「きっと村のどこかにあるでしょうね」
「探してこい」
思わぬ知識欲から再び妙な会話に突入し、そのことを反省するユトゥス。
そして、再び話題を変えるようと、自分が気絶した後のことを尋ねた。
「そういや、俺が倒れた後どうなった?」
「まず騎士団の方は早々に撤退していきました。主様の言いつけ通り、誰も殺していません。
それから、捉えられていた女性や子供達も全員無事に帰ってきました。ただ――」
フィラミアの表情が暗くなる。
それはこの村を守るために死んでいった戦士達が少なからずいるということだ。
「そうか.......戦いで死ぬことはよくある。深く考えすぎるな」
「はい......」
そうは言ってもフィラミアは気にしてしまうようだ。
表情に垂れ下がった耳とよく感情が伝わってくる。
彼女にとって初めて味わう身近な死だ。
気にならない方がおかしいというものか。
「本当は村人達の溜飲を下げるためにも騎士達を捕え、目の前で殺させた方が良かったのかもしれない。
アイツらは騎士団によって二度も故郷を襲われている。恨みは相当だろうしな。
だから、これは指示した俺の責任だ。貴様が気に病むことは一切ない。命令通りよく働いてくれた」
「.......」
「......なぁ、一つ聞くが、あの時俺の判断は正しかったと思うか?」
ユトゥスは顔をうつ向かせ、フィラミアに尋ねた。
真っ直ぐ顔を向けられないのは恐怖の現れ。
無意味な質問だとわかっている。だけど、それでも聞いてみたい。
「私は――主様の判断は正しいと思います。
確かに、騎士団は許されないことをしました。その罪は大きいと思います。
であればこそ、生きて償わせることが正しい在り方なんじゃないかと思います」
「だが、時には死すべき悪も存在する。その時はどうする?」
ユトゥスは顔を上げ、再度尋ねた。
すると、その問いにフィラミアは揺らがぬ瞳で言い切って見せた。
「その時は――私が殺します。私が独断で殺したとなれば、それは私の責任ですから。
主様は主様の思う信念を貫けばいい。ですから、気にしなくて大丈夫です」
「......そっか。だが、俺は貴様の主だ。貴様にその責任を負わせるわけにはいかない」
ユトゥスはベッドから立ち上がり、近くの机に置かれていた衣服に手をかける。
そして、着替え終わるとフィラミアへと向き直した。
「やはり貴様は優しい奴だ。とても俺がいる世界には似つかわしくないほどに。
だから、主として貴様に命令する――貴様はこの村に残れ」
「.......え?」
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