第51話 悪意と取引
――私ね、大きくなったら王子様と結婚するの!
脳裏に浮かんだのは花畑に座る知らない少女。
白いワンピースに頭が塗りつぶされたように顔は見えず、誰かもわからない。
「......ろ」
しかし、その声はどこかで聞いたことがある気がする。どこだっけ?
「さっさと起きろ!」
「っ!?」
ユトゥスの右頬に圧力がかかる。
寝ぼけた眼をそっと開ければ、褐色で細い足が見えた。
どうやら誰かが自分の顔を踏んでいるらしい。
「ようやく起きたか寝坊助め!」
黒髪で透き通る青い瞳をした褐色の少女の顔が見えた。
相手をバカにするような鋭い目つきに、ニヤッと笑うギザ歯。
身長は150センチ程度であり小柄。
過去一度も見たことない少女だ。え、誰?
体を起こし、周囲を見渡す。
驚くほどに何もなく、天井も地平線の向こう側も白一色。
当然地面もだが、そこには薄く赤い水が張っていた。
しかし、ズボンが濡れた感じはない。不思議だ。
「......君は?」
ユトゥスはあぐらをかき、少女を見上げる。
すると、少女はギランとギザ歯を見せ、腰に手を当てて答えた。
「アタシはオマエの体に乗り移った悪意の化身.......そうだな、ブラックリリーとでも名乗ろうか。
そして、アタシはオマエが使う<反逆シリーズ>の力の管理者でもある。崇め奉れ!」
「ブラックリリーか、よろしくな。
俺は......って乗り移ってる時点で名前ぐらい知ってるか。
それでここはどこなんだ? 見たことない場所だ」
「ここはオマエの精神世界。つまり心の中だ。
だから、この空間じゃ嘘はつけねぇ。つこうもんなら筒抜けだ」
その言葉にユトゥスは黙って思考する。
「『筒抜け......それなら嘘はつけないことになる。しかし、目の前の少女の言葉を鵜呑みにしていいものか。自らを”悪意の化身”と言ってたぐらいだし』ってな」
「なるほどな。これは無理そうだ」
「早々に試すとかやっぱオマエは判断が早いな」
「それはどうも。それで? さっきの悪意の化身やらあの力やらの説明をしてくれるのか?」
「力に限っては前に説明したけどな。まぁいい、特別にもう一度説明してやろう。
まずアタシは本体によって分離された悪意の存在だ」
「本体? ということは、君は違うのか。誰がこんなことを?」
「そりゃオマエに力を与えることにした........ん?」
ブラックリリーは答えようとした口を閉じ、首を傾げる。
その反応はまるで自分すら本体のことを知らないような様子だった。
「んなことたぁどうでもいい! とにかくアタシは悪意を振りまく存在だってことだ!
オマエも知ってるだろうが、オマエの髪色や普段の口調を変えてるのはこのアタシ様だ!
こうカタカタカッターン! ってな。キシシシ、誰彼噛みつくのは面白いぜ!」
「あの口調にしてるのは君だったのか......。それに何その口調?」
「これはアタシが作った擬音だ。これが表現にピッタリきたんだよ! って、馴れ馴れしく話しかけてんじゃねぇ!
オマエが生きてられるのはアタシのおかげなんだからな!」
目を輝かせて自慢していたブラックリリーが一転して強気な態度に戻った。
この子、見た目よりも案外いい子の可能性がある。
「誰がいい子だって? アタシは本体から分けられた悪意の存在だ。
そして、オマエにはアタシが力を貸している限り、オマエはアタシの願いを叶える必要がある。それは――」
「誰彼構わず殺すってことか?」
「そうだ! その通り――って言わせろ! アホ! バカ! この野郎!
いいか、オマエに幸せな未来なんてやってこねぇ! 来るのは破滅の刻だけだ!
だが、アタシの言うことを聞いてればちっとはマシな死に方できるかもな」
ブラックリリーはニヤニヤとした笑みを浮かべてユトゥスを見る。
さながら自分の傀儡になるしか未来はないと示唆しているかのようだ。
されど、ユトゥスの意思は変わらない。
「ごめんな、それは出来ない」
「そうそう、アタシのやり方に従っておけば――ってはぁ!?!?
オマ、それ本気で言ってんのか!? ふざけんじゃねぇぞ!
オマエはこの世界に悪意を振りまいてめちゃくちゃにする存在なんだ!
魔物だろうが人だろうが神だろうがぶっ殺すのがオマエだ!
だから選ばれた! その見込みが一番高いからだ!」
「だったら、見込み違いだったな、俺は誰かを殺すような真似はしない」
「それはオマエの過去のせいか?」
「っ!」
「ここはオマエの心の中って言っただろ。なら、当然過去も知ってる。
はっ、アタシからすれば心底くだらない信念だけどな。むしろ、舐めているとすら言える。
人は自分の中に道理さえあればなんだってやる。当然、人殺しもな。
それにさっき言った通り、オマエはこの世界を破壊するために力を与えられた存在だ。
その姿だって、与えた力だってこの世界の人間に、意思に逆らうためのものだ」
「......」
「オマエの嫌われっぷりは面白かったぜ?
口を開けばアタシが変換して最悪にしてるからな。
だけど、それでもオマエはアタシの意思に逆らう。
人を助け、優しくし、好かれる。心底くだらねぇ」
ブラックリリーは吐き捨てるように言葉を並べる。
そんな彼女の表情は口調の圧も相まって以上にいら立っている様子だった。
されど、ユトゥスの瞳が揺らぐことはない。
「君になんて言われようと、俺は意思を曲げるつもりはない。
だって、それは俺の仲間達も対象に入っているってことだろ?」
「当然だ」
「なら、俺はこの場で自害する」
「っ!?」
その言葉にブラックリリーは目を見開く。
しかし、すぐに態度を元に戻し、強気の口調で言った。
「んなことできるわけがねぇ」
「それはどうかな? 俺がそう言った瞬間に聞こえてきたよ、君の思考の中身が。
だから、たぶんできるんじゃないかな――短剣」
ユトゥスはそう言葉に出すと、彼の手元に短剣が現れた。
その現象を見たブラックリリーの表情に冷や汗が流れる。
「どうやらこの空間でも死ねるようだね。死んだらどうなるかな?
魂だけが消滅するわけだから、体の俺は廃人にでもなるのかもな」
「ハッタリだ! オマエにそんな度胸があるはずない!」
「それがどうかはこの中だったら容易にわかるんじゃないか?
言っておくが、俺は大事な仲間を俺の手で傷つけるようなことがあるなら、迷わず死を選ぶ。
俺にとって仲間達が笑って未来を歩んでいけることが全てなんだ」
「ふざけんじゃねぇ! そんなことは許さねぇぞ!」
「君にとってはむしろ得があるんじゃないのか?
なんたって俺の存在が無くなれば、騎士と戦っていた時のように自由に体を操れる。
まぁただ、体に影響が表れた状況を考えるに、君が相手に深く憎悪を感じた場合に限るようだけど」
「そこまで気づいていて死を選ぶとか狂ってんじゃないんのか?」
「俺は死ぬ気はない。やっぱり皆が笑ってる未来は見たいからね。
でも、俺の体を好き勝手しようなら、俺は死ぬことにする。
だから、取引をしよう。俺は出来る範囲で悪を懲らしめる。
その代わり、その行動の全てを俺の意思で行動させてくれ」
ユトゥスが笑って言うと、ブラックリリーは諦めたようにため息を吐く。
「......ハァ、お前って案外性格悪いのな」
「そっちがその気ならこっちもそれなりの態度で示さないとね。
ビビってちゃ冒険者稼業は務まらないから。で、どうする?」
「わーった、わーったよ。乗ってやるよ、その取引。
だけど、これだけは覚えておけ! アタシがいる以上、オマエは必ずどこかで死ぬ!
自分の幸せな未来を夢見るんじゃねぇぞ。いいな!?」
指を向けて言い放つブラックリリーに対し、ユトゥスは立ち上がった。
そして、そっと手を差し出し、握手を求めた。
「んじゃ、よろしくな、ブラックリリー」
それに対し、ブラックリリーは仕方なさそうに答え、手を握った。
「ハァ......はいよ」
「それと紆余曲折あったけど力をくれてありがとな」
「ハァ? なんだ急に」
「この力があれば今度はちゃんと守りたいものを守れるかもしれない。
それに誰かと戦うことが楽しいことを教えてくれた。案外俺って戦うの好きみたいだ。
それを教えてくれた礼はしっかりしとこうと思って」
「.......」
「顔赤いけど照れてる?」
「照れてねぇ! 死ね!」
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