第50話 騎士団の襲撃#10
どす黒い憎悪が体を、心を飲み込んでいく感じがする。
初対面の相手にまるで不倶戴天の仇のような感情を抱いている。
とにかく暴れたい。とにかくこの感情を誰かにぶつけて殺したい。
そんな感情が心を満たしていく。
この騎士の男と第二ラウンドが始まってから、ユトゥスは一度も自分の言葉でしゃべれていない。
最初の方からこんな口調で変換される時点で、誰かがこの体にいることは理解していた。
しかし、ここまで暴走するのは初めてだ.....いや、本当にそうか?
体すらうまく動かないが、なぜかこの感覚には覚えがある。
そう、それは前にフィラミアを襲っていた盗賊を蹴散らした時と似た感覚がする。
でも、あの時は盗賊を見て気づいたら盗賊の口にキノコを突っ込んでて......。
誰だ? 誰なんだ? 俺の体で好き勝手する奴は!?
「随分と好き勝手なことを言う奴だな。
散々亜人を虐げておいて、いざ自分が逆の立場になれば『助けて』だぁ?
立場も理解してなければ、敬意もない、そして挙句には自分勝手。貴様のどこに助ける要素がある?
貴様がいくら救い用のないバカだとしても、バカなことは休み休み言え」
「.......っ! お、俺を誰だと思っている!? 偉大なる剣王国を守る騎士隊長だぞ!?
お前はただでさえこの世界の厄介者なんだ! 魔王を倒した剣王国を敵に回すつもりか!?」
「ハッ、泣き落としが無理だと判断すれば、今度は虎の威を借りて脅しか。
貴様が偉業を成したでもないのにそれを振りかざすのは、まさに世の中を知らないガキと同じだな」
ユトゥス? はカマセーヌの前でしゃがみこみ、前髪をガシッと掴んで持ち上げる。
そして、深紅の瞳を男の瞳に突き刺すように睨んだ。
「今更、そんな威圧に屈するとでも思ってんのか?
貴様らのような弱者に臆するわけがないだろう。
なぜなら、俺は貴様らのような存在をぶっ殺すのが俺だからな」
んなぁわけねぇだろ! 何、勝手に俺の目的決めてんだ!
俺はそんなことするつもりはねぇぞ! つーか、操ってんの誰だ!
その粗暴な言葉にユトゥスは反論する。
しかし、その言葉が届いている気配はまるでない。
「貴様に、この世界に俺を止めることはできない。
止めて見たくば止めてみろ。誰も俺を止めることはできない」
くっせぇセリフ吐きやがって! 俺はそんなこと思ってねぇって!
それにこの力だって万能じゃねぇだろ。くっ、ほんとなんなんだこれ。
「ふんっ」
ユトゥス? は前髪を放り投げ、それによってカマセーヌは尻もちをつく。
立ち上がって見下ろせば、虚勢を張る弱者の顔がよく見えた。
「な、なんなんだよ! お前は!」
カマセーヌは額にかく冷や汗をそのままに、震えた声を精一杯張り上げた。
その言葉にユトゥスはニヤッと笑みを浮かべる。
「言っただろ? 俺は“弱者の鑑”だと。面白い言葉遊びだろ?
つまり、貴様の目の前にいるのはお前自身だ。
ただし、映し出す姿はあまりにも歪で、貴様よりも強い存在だがな」
「ど、どういう意味だ......?」
「そのままの意味だ。貴様が見ているのは“弱者”。
そう、鑑に映し出された自分を弱者と罵り、蔑み、見下したが、そんな俺よりも貴様は弱者だったわけだ。貴様の愚さ加減は本当に救いようがないな。滑稽だったぞ」
ユトゥス?は短剣を空中で振り回しながら、ゆっくりと近づく。
それに対し、カマセーヌは尻もちをついたまま少しずつ後ずさった。
瞬間、弱者右手を前に伸ばした。
「ハハハッ、奢ったなバカめ!
職業が剣士だからって魔法を使えないわけじゃないんだよ!
調子に乗ったツケだ! その身で味わって死ねぇ!」
カマセーヌは右手から火球を作り出し、ユトゥス? に向かって放った。
二人の間に距離は1メートルとない。
放たれた火球が直撃するまでコンマ数秒。
「愚者が」
「っ!?」
瞬間、ユトゥス? の眼前にまで迫った火球が不自然な挙動をした。
まるで来た道を引き返すようにカマセーヌのもとへ帰っていく。
そして、ユトゥス? の顔面を狙った火球は逆に愚者の顔面に直撃した。
「がああああぁぁぁぁ!」
「学習しないんだな、貴様は。
先ほど言っただろ? 俺は貴様を映し出す鏡だと。
鏡の特性はなんだ? 姿を反射するんだろう?
ならば、攻撃を反射することも想定すべきだったな」
「顔が! 俺の顔がぁあああああぁぁああぁあああ!」
「聞こえていないか。無意識に巻き込まれることを恐れて威力を控えたのが幸いだったな。
もし命覚悟で一矢報いるようなら多少は評価したが、所詮は我が身可愛さの甘ちゃんだったわけか」
ユトゥス? は焦げたカマセーヌの前髪を左手で掴み、右手に持つ短剣の刃先を向ける。
「さて、この戦いもこれでしまいだ。貴様らのような存在が世界を腐らす。
これは俺の復讐劇だ。その最初の一幕に貴様の首を飾ってやる。ありがたく思え」
「俺を.......殺すのか?」
「簡単に殺すかよォ!」
「ぐはっ!」
ユトゥス? は左手を引き寄せ、同時に右膝を顔面に打ち付ける。
何度も何度も繰り返して。それによって、カマセーヌは鼻血を流した。
左足を振り払えば、カマセーヌは地面に寝転ぶ。
「まだ死ぬんじゃねぇぞ! クソ野郎がァ!!」
ユトゥス? はカマセーヌの胴体を蹴りまくり、踏みつけまくり、その度に凶悪な笑みを浮かべる。
まるで人をいたぶる瞬間に脳汁を溢れ出させているかのように。
―――やめろ! やめるんだ!
「アハハハ! ほら、ほらほらほら、さっきの威勢はどこへ行った!?
アタシをぶっ殺すんじゃなかったのか!? どうなんだ!? えぇ!?
この体たらくでよく騎士を名乗れたもんだな! 恥を知れクソが!」
―――おい、やめろ! クソ、動け! 動けよ! 俺の体のはずだろ!
「おいおい、ちったぁ反応しろよ! うっかり蹴り殺したのかと勘違いしそうになるじゃねぇか!
どうしてくれんだ? こちとら全然満足してねぇんだよ! 責任もって付き合えよ、雑魚が!」
―――やめろって言ってんだろ! 聞こえてんだろ! おい!
体を乗っ取られた本物のユトゥスは必死に自分の肉体を操る何者かに声をかける。
しかし、その声にその者は答えない。反応も示さない。
この声は届いているのか?
一体いつの間に乗り移られたのか?
誰がこんなことをするのか?
不安と焦りと疑問でどんどん余裕がなくなっていく。
しかし、それでも殺しは......人を殺すことは――
「あ~あ、なんか疲れてきたし飽きてきた。全然抵抗も反応もしなくなってきたし。
こういう瞬間ってのは何も抵抗できない相手を嬲ってる時に反応するからテンション上がんだよ。
にもかかわらず、こうも沈黙されるとなぁ~。萎えて来るよな」
ユトゥス? はぐったりと倒れるカマセーヌの頭に回り込むと、しゃがみ込んで左手で髪を掴んで持ち上げる。
「んじゃ殺すか」
「っ!?」
「お、ようやく反応したか。目をかっぴらいて......まさか飽きたから言ってこのまま終わると思ったか?
飽きて捨てるならしっかりと始末はつけるだろ。人間の常識、だよな?」
ユトゥス? は右手の短剣を逆手に持ち、大きく掲げる。
それに対し、カマセーヌは身をよじらせることすらしない。
もうこの場には強者と弱者しかいない――たった一人を除いて。
「や、やめ.......たす、け........」
「死ね」
―――やめろおおおおぉぉぉぉ!
「おやめください、主様」
ユトゥス? の背後からホールドするように抱き着いたのはフィラミアだった。
それによって、ユトゥス? はカマセーヌにトドメが出せなくなる。
「何をしてる放せ」
「いいえ、放しません。今の主様は正常じゃありません。
前に盗賊を倒した時のような......いえ、あれ以上に酷い憎悪に飲まれています。
主様の過去に何があったかは知りません。
ですが、私の知ってる主様はとても優しい方です」
―――フィラミア......
「オマエごときが知った気になるな。悪い者いじめをして何が悪い!? オマエらは好きなはずだろ! 自分だって同じことに気づいてねぇ被害者面した加害者どもめ!」
「いいえ、それ自体を止めるつもりはありません。止める資格もありませんから。
ですが、その行いは主様が真に求めた行動なのですか?
そうであるなら、私は主様の意思についていくつもりです。
ですが、違うなら止めます。それが私が思う下僕の在り方と思いますから」
「っ! アタシに味方なんて――」
―――今だ!
「ぐっ!?」
ユトゥス? は頭を抱え、苦しみだす。
「主様!? 大丈夫ですか、主様!?」
「ふぃら......み.......」
「主様!」
その声を最後にユトゥスの意識は沈んだ。
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