第40話 獣人族の村#4
「ねぇねぇ、これはなんて植物? ねぇ、なんて植物?」
「これはサムザーム草という。よく水で洗って口に含んでみろ。
貴様らガキどもの口の中には今にも清涼感が広がるはずだ」
本を読んでいたユトゥスはその手を止める。
そして、差し出されたサムザーム草を生活魔法の一つ<浄水>で洗い、背中に乗りかかるトラ耳の5歳ぐらいの少年に与えた。
少年はそれを疑うことなく口に含み、口の中に広がるスーッとした気分に喜ぶ。
「お兄ちゃん、編み物教えてよ。ほら、前みたいにさ」
「待てよ、次は俺だぞ!」
「私だって!」
「えぇ、うるさい! あっちで遊んでいろクソガキどもー!」
ユトゥスの膝の上で、右腕で、左腕で、背中からも、肩の上からも至るところに子供、子供、子供。
獣人の子供達が男子も女子も関係なくもみくちゃに構ってくる。
この数日間、ゆっくりと読書していたのに気が付けばこんな事態。
言い方のキツいこの口が随分と威圧的な声で子供を散らそうとした、何度も。
だが、それもどこ吹く風といった様子で子供達は気にしない。
それどころか余計に構ってくる。ひっつき虫かというぐらいに。
「ほっほっほ、随分と好かれているようじゃな」
村長アズバルが好々爺のような雰囲気を纏わせて近づいてきた。
子供達にもみくちゃにされている自分を見てニコニコしている。
周りの村の人達も前まで不安そうな顔をしていたのに、気が付けばその視線も減っている。
「村の宝が俺の懐にあるぞ? 奪い返さなくていいのか?」
「この数日間、お主のことを見てきたが、貴様は我々を気付つけるようなことはせん。
でなければ、子供達もここまで懐くまい。それに生粋の兄気質のようじゃしな。
今では子供の相手をしなくていいと親御さんからも喜ばれておる」
「こいつらが森であぶなっかしい行動をしていたから遠くから見守っていただけだ。
そしたら、こっちがまるで遊んでほしそうに見ていると勘違いしてずっと構ってくる」
ユトゥスは膝上に乗るうさ耳の少女をそっと降ろした。
しかし、少女は膝から離れたそばから素早く舞い戻ってくる。
まるでお前は私の座椅子になるんだよ! と言わんばかりの強情さで。
たぶんこの少女は将来執着心がかなり高い少女に育つだろう。
相手は苦労しそうだ。
「で、茶化すためにここまで来たのか?
老い先短い時間をこんな余計なことに使うとは随分と暇を持て余しているようだな。
その無駄な余生をもう少しは未来の宝に使ってやったらどうだ? なぁ、ジジイ。
(訳:子供達から解放してください)」
「ほっほっほ、これはまた手厳しいことを言う。じゃが、ワシは子供達の意思を尊重するでな。
先程から随分と引き離そうとしているが、それでも離れないのはこの子らの意思。
それを無下にするほどこのワシも耄碌していないわ」
「チッ」
ませた少女から謎の上から目線求婚を適当にあしらうユトゥス。
読書を再開しようとしたところで、遠くから一つの声が聞こえてきた。
「主様~! おまたせしました~!」
遠くから走ってくるのは金髪で毛先がピンク色の狐の獣人、改めメイド。
ひざ丈ほどの黒いスカートに白いエプロンを着て走ってくる。
周囲の村人達はその異端な服装とフィラミアの容姿に視線がくぎ付けだ。
その姿は似合っている。それはもうメイドとしては100点満点の格好だ。
だがしかし、望んでいた軽装備とは違う。なぜメイド服?
これから森に向かうというのに......いや、デザイン性はフィラミアが決めたことだが。
「どうですか? この姿。似合ってますか?」
スカートの裾を摘み、ひらりと一回転。
どうやらしっぽはスカートの一部から通しているようだ。
その姿に子供達が「おぉ~」と声を揃えて反応した。
少年は見惚れ、少女は羨望の眼差しを向ける。
淫魔族というのは良くも悪くも人を魅了するようだ。
「ふふん♪」
フィラミアが腰に手を当ててふんぞり返りながらドヤ顔。
どうやら周囲の反応や子供達の反応がお気に召したらしい。
だからって、そのドヤ顔をこっちに向けられても反応に困るが。
「似合っているとは思う。が、これから森の中に入るというのにそのデザインで良かったのか? というか、なぜメイド服なんだ?」
「それは当然、私が主様の忠実なる下僕としてそれに相応しい装いをしたまでです。
加えて、お母さんは言っていました――“メイド服ならどんな男でもイチコロよ!”と」
「それは......まぁ、わからなくはないが、人によるんじゃないか?」
「お父さんは小さい頃私の姿でメロメロでした!」
「それは父親だからだろう......」
なんというかため息が漏れる。
しかし、本人がそれを望んだのならとやかく言うまい。
というか、こんな村でまさかメイド服が出来上がるなんて。
もしかして、作り方覚えてた? よく覚えてたね。
「動きやすさに問題はないんだな? 変身しても大丈夫か?
これから森の中を彷徨うことになるから汚れることに――」
「主様、これら全て私の意思です。ですから、気にしなくて大丈夫です!」
「......ふっ、そうか。ならいい」
「お兄ちゃん、なんかお母さんみたーい」
「俺は母親ではない」
ユトゥスは子供達を降ろし、立ち上がる。
子供達が餌をねだる子猫のようにひっついてくるが全て無視。
これから危険な場所に向かうというのだ。子供達をつれてはいけない。
「ジジイ、これから貴様の依頼を叶えてやる。光栄に思え。
その間、このクソガキどもの世話は任せたぞ」
「ほっほっほ、安心せい。はなからそのつもりじゃ」
「ならいい。行くぞフィラミア、仕事の時間だ」
「はい! 初任務ですね!」
そして、ユトゥスとフィラミアは森へ向かった。
******
ユトゥスのいるソルガール村からサブザ森林を南東に移動した位置。
そこには重装備の鎧に身を包んだ騎士らしき集団の姿があった。
その騎士の一人が林道に向かって走っていく。
林道にいるのは数ある騎士達を率いる隊長カマセーヌというブロンドで長髪の男だった。
「カマセーヌ様、北西方面のとある場所で魔物の死体を見つけました。
頭に一発ずつ矢で射抜かれた魔物2匹、それから綺麗な切断面で頭部のない魔物が1匹。
恐らくこの森のそう遠くない所に獣人族の村があるかもしれない」
「ようやく尻尾を見せたか。全く畜生の分際で我らが治める神聖なるこの森で許可もなく住みつきやがって。
お前達はようやく誰にも邪魔されない安住の地を見つけただろうが、それももはや数日と続くまい。
メンダクス剣王国が率いる剣王騎士団の分隊長の一人、このカマセーヌ様がいればな!」
カマセーヌは馬に乗りながら目元を抑えて盛大に笑う。
彼に獣人族に対する根本的な恨みはない。
しかし、獣人として生まれてきたことが罪。
それだけで裁くには十分すぎる理由なのだ。
「おいお前、その魔物から続く足跡があることをちゃんと確認してるんだろうな」
「はい、抜かりなく。今別の仲間が足跡を追って周囲に村があるかどうか捜索中です。
見つかればすぐにでも照明弾を放ち、カマセーヌ様に知らせるよう指示してあります」
「ならばいい。俺はこの偉大なる勇者様が生まれ育つこの国の土地に、獣人族などという人間モドキが住み着くことがまかりならなん。
この世界を救い、今までの平和を導いたのは誰か? それは当然人族だ。違うか?」
「その通りでごさいます、カマセーヌ様。世界が魔王という強大な危険に脅かされた500年前、この世界に今の未来を築かれたのは間違いなく偉大なる勇者の祖レイザクス様その人です」
「そうだ。そして、我々剣王騎士団はその勇者様によって編成された誇り高き騎士団だ。
俺達はまだ末端の方に過ぎないが、人族様の土地に土足で踏み込むどころか住み着いた畜生をささげればその評価も上がるだろう」
カマセーヌは剣を引き抜き、高らかに掲げる。
「行くぞ、お前達。畜生狩りだ」
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