第38話 獣人族の村#2
いつもより少しだけフィラミアと仲良くなった翌日。
ユトゥスは特に当てもなく林道を北上していた。
「――でその時お母さんが.......ん?」
上機嫌で家族の話をしていたフィラミアの耳がピンと立つ。
周囲から音を拾い集めるようにピクピクと動かした。
「どうした?」
「いえ、今子供の声のようなものが風に乗って聞こえてきた気がしまして」
「方角は?」
「北西方面です」
「行くぞ。何も無ければそれでいい」
フィラミアに案内してもらい、ユトゥスは子供の声がしたという場所に移動。
<視覚強化>と<遠視>を併用しながら周囲を探る。
すると、距離五百メートル程の所に獣人族の子供と複数の猿の魔物を発見した。
「フィラミア、お前は先に向かえ。俺は狙撃しながら近づく」
「わかりました」
指示を受けたフィラミアはすぐさま“ビーストモード”になって森の中を駆け抜ける。
あの速度なら十数秒で辿り着くことが出来るだろう。
しかし、魔物は既に子供の目の前。こういう時に便利なのが弓だ。
弓ならば魔法とは違い遮蔽物があっても、矢さえ通れる隙間があれば狙える。
そして、何より弓は周囲への被害が少ない。
必要に燃やすことも、木を切り倒すこともないので非常に自然に優しい。
「二体だな」
弓に二本の矢を番え、狙いを定めて引き絞る。
僅かに木々の隙間から風が流れている。
加えて、対象はゆっくり子供に接近――ここだ。
放った矢は木々に纏うツタの隙間を縫うように移動し、対象の魔物二体の頭に直撃。
突然、仲間がやられたことに驚いている魔物の隙にフィラミアが接近し、チェックメイト。
これで子供の無事は確保できた。にしても、なぜこんな森の中に子供が?
「大丈夫か――」
「よしよーし、もう怖くないですよ~。無事で良かったね~」
「だ、大丈夫だから......そのあんまくっつくな。いや、その、くっつくな!」
子供の安否を確認しに行けば、フィラミアに抱きしめられてる少年の姿があった。
犬耳をした少年は通常状態姿のフィラミアの何とはいわないが、柔らかいものを押し当てられて顔を真っ赤にしている。
なんだか幼気な少年の性癖の扉が開かれていくようでとても見ていられない光景だ。
「フィラミア、その辺にしておけ」
「だ、誰だ!」
少年はバッとフィラミアから離れる。
すると、先ほどまで半分襲われていたような相手を守るように立ちはだかった。
右手には短剣を持っている。
どうやら森に紛れ込んでしまった感じではなさそうだ。
「お前、何者だ! その耳、人族だな!? 人族が何の用だ!?」
「ま、待ってください。この方は私の主様で――」
「主様!? そうか、姉ちゃんがそんな汚れた格好をしているのも、全てこの人族に奴隷にされているからなんだな! 待ってて、今助けるから!」
先ほどまで魔物に襲われていたのに一体どの口が言うのか。しかし、気概は買う。
にしても、この敵意の前では、下手に言い返しても聞き入れるなんてことはしないだろう。
加えて、この口は初対面にはめっぽう印象が悪い。ふ~む、どうしたものか。
「な、なんだ、ビビったか......?」
腕を組んで考えてみるがこれといって妙案が出ない。
まぁ、ともかく相手が大人しくこちらの話を聞いてもらえれば何でもいいか。
先程の反応からしてもそうだが、少し異性を知り始めたぐらいの年頃に“お姉さん”の刺激は猛毒だ。
しかし、話を聞いてもらうためには仕方ない。
「フィラミア、そこのガキと話をする。お前の膝上にでも乗せて大人しくさせろ」
「え?」
「わかりました! さぁ、こっちにおいで~」
「え、あ、ちょい放せ!」
フィラミアは少年を掴むと、あぐらをかいてその上に少年を座らせた。
必死に抵抗する少年だったが、後ろから優しくホールドされると大人しくなった。
もうこれでもかというぐらい顔が真っ赤だが、話をするには十分だろう。
ユトゥスは少年に目線を合わせる。
「落ち着いたか?」
「くっ.......なんかすごくいいニオイがする。汚れた服を着てたのに.......!」
なんだかだいじょばなそうだが、話をするには大丈夫そうだ。
それにフィラミアが妙にドヤ顔してこっちを見てくるがなんなんだろうか。
ともかく、こんな所で何をしてたか聞いてみよう。
「おい、ガキ、名前は?」
「ガキって言うな! あ、ちょ、くっつくなって.......」
「なら、名前を教えろ。でなければ、貴様の呼び名はガキのままだ。
ちなみに、俺はユトゥス。そっちの下僕がフィラミアだ」
「下僕!? やっぱ姉ちゃんを......あふん」
「はい、一旦落ち着いて話を聞きましょうね~」
少年の態度に落ち着きがないのはむしろフィラミアのせいなのだが、指示を出したのはこちらなので何も言わない。
そう考えると少年は無理して強気な態度を取ることで、フィラミアという誘惑に抗っているのかもしれない。
ちなみにその後、少年は名前を言ってくれて「ソルガ」というらしい。
「貴様はここで何をしていた?」
「薬の材料の調達だよ。妹が高熱を出して倒れたんだ。
それは治せる病気らしいけど、俺の村には治癒魔法を使える人がいない。
代わりに薬師がいるからその人に言われた材料を取りに来てたんだ」
「妹さん想いで偉いね。でも、何も一人で行くことなかったのに」
「俺は母さんと妹の三人暮らしだ。
それに最近森はおっかない魔物が出てくるようになって、臆病な大人達は森へ狩りに行くことも避け始めた。
そんな大人達に頼った所で話を聞いてもらえるわけがない。だから、一人で来たんだ」
「だが、その浅はかな行動のせいで貴様は先程魔物に襲われていた。情けない話だ。
貴様がここで倒れれば妹と一緒に共倒れで、貴様の母親はさぞかし悲しむだろうな」
「だったら、妹を見捨てれば良かったのかよ!?」
ソルガは怒気を強めて睨んでくる。
この返しは最もだ。今のはこの口が悪い。
しかし、この口が言うことも全く間違っていないから少し反論に困る。
とはいえ、気持ち的には自分はこの少年寄りだ。だから――
「そうは言ってない。結果論だが、貴様は俺達と出会ったことで助かった。
つまり、貴様は土壇場で俺達という強運を引き寄せたんだ。誇れ。
そのおかげで貴様の妹は助けられるんだからな。
だが、このままでいいという話ではない。強くなれ。俺からの話は以上だ」
ユトゥスは立ち上がり、ソルガを見下ろした。
「ここで合ったのも何かの縁だ。俺達が貴様の護衛兼材料集めを手伝ってやる。
ただし、これは取引だ。代わりに、貴様は俺達を村まで案内しろ」
「ケッ、何を偉そうに......っ!?」
「お姉ちゃんもせっかくだから手伝いたいな~なんて。どうかな?」
「わ、わかったから離れろって!」
「決まりだな」
まぁ、半ば強制みたいな感じの決まり方だったけどね。しかし、言質は取った。
フィラミアがソルガを開放すると、少年は少しだけ名残惜しそうな顔をしていた。
......少年の性癖の開示に対してみてみぬフリをするか。
うん、何も知らないし見てない。
ソルガは恥ずかしそうに少し離れる。
その姿を見ながら、フィラミアに話しかけた。
「貴様、何もあそこまでしろとは言ってないだろ」
「え? 何の話ですか? あの子の反応が可愛くってつい可愛がってしまいましたけど、別にこれといって何かしてませんよ」
「.......」
どうやらアレがフィラミアにとってのデフォルトの戯れらしい。
恐らくは淫魔族の力が関係していると思われる。
なぜなら、淫魔族の女性は積極的で思わせぶりが多いらしいから。
つまり、ボディタッチも多ければ、男を唆す声のトーンやしゃべり方をするということだ。
「フェロモンコントロールは出来るようになってるんだよな?」
「まさか私がソルガ君を誑かしたとでもいうつもりですか?
いくらなんでも幼気な少年にそんなことするわけないじゃないですか!?
私がしてみたいと思ってるのは主様に対してのみです!」
「そうか。あ、しなくていいぞ。というか、するな」
なぜそこでふくれっ面になるのか。
先程のドヤ顔もそうだが、もしかしたらある程度は淫魔族特有のナルシストがフィラミアにもあるかもしれない。
「おい、何してんだ!? 探すの手伝ってくれんじゃなかったのかよ!?」
「あぁ、わかってる。いくぞ、フィラミア」
「絶対その顔を真っ赤にしてみせますから!」
それから数分後、無事に薬の材料を集め、ソルガの案内で村に向かった。
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