第30話 一人ぼっちの二人#2
目の前に現れた青年――ユトゥスを見た時、フィラミアは恐怖を抱いた。
助けてくれたとはいえ、相手は先程襲ってきた同じ男。
されど、それと同時にユトゥスの姿を奇麗とも感じた。
木漏れ日から差す光に照らされた銀髪はまるで月のように美しい。
加えて、こちらをじっと見つめる深紅の瞳。
それはさながら宝石のように透き通っており、見ていて飽きない。
「あ、あの、助けてくれてありが――」
「さて、このゴミクズ共をどうするか。
生かす価値はないが......違う、そうじゃない。
落ち着け、俺.....何か妙な憎悪に飲まれてるぞ。一度落ち着くんだ。
俺は殺しはしない......いや、その覚悟がないだけか」
フィラミアが見つめると、ユトゥスはひとりでに頭を抱えた。
そして時折、何かを呟き考えを拭うように首を横に振っている。
その不審な容姿にフィラミアが様子を伺っていれば、ユトゥスはフィラミアに構うことなく周囲の盗賊達を見た。
「だが、勝手に魔物のエサになる分には別か」
「っ!?」
瞬間、フィラミアはゾッとするような恐怖に襲われた。
先ほどまでどこか温かかったユトゥスの瞳が急に冷たくなったような気がして。
すると、フィラミアのその感覚は正しかったのか、ユトゥスは寝そべる盗賊達に近づいた。
ユトゥスは空中に浮かび上がっている魔法陣に手を突っ込むと、そこから取り出したのは何かのキノコであった。
そして、それを一人を残した盗賊の男達の口に突っ込んだ。
直後、盗賊の男達は体がビクンと跳ね、硬直したまま動かない。
何かをしゃべろうとしてるがそれも出来ていない。
(アレはもしかしてマヒマヒマッシュ......?)
フィラミアはキノコの見た目から一つの種類を導き出した。
そのキノコは強い麻痺毒を有しており、死には至らないが、三メートルもの熊を数グラムで動けなくさせるほどには強い麻痺を与える。
「あ、あの、あなたは一体何を――」
「貴様だな。奴隷紋の主は」
「ヒッ!」
フィラミアの声が届いていないようで、ユトゥスは一人で話を進める。
そして、マヒマヒマッシュを食べさせていないうつ伏せの男に跨り、髪の毛を掴んで顔を無理やり持ち上げた。
ユトゥスに話しかけられた男は涙目で怯えている。
その姿に、フィラミアはなんだか可哀そうにも感じてしまった。
しかし、すぐにその考えを拭うように頭を横に振る。
(いやいや、相手は犯そうとしてきた相手の一人。
同情する必要なんて全くない。
それよりも心配なのは様子がおかしいあの人の方です)
フィラミアが心配そうに見つめる一方で、ユトゥスは顔を男に近づけて言う。
「ふん、商人の職業で闇に手を染めたか。だが、それが罪なわけではない。
犯罪奴隷ならいざ知らず、攫ってきた女を売ろうとはな。それが罪だ。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
どういう過程で得た<奴隷契約>魔法かは知らんが、その魔法を解け。
魔法に分類する以上、解除は発動者なら可能はなずだ」
「そ、そんな方法はない! この魔法は一度発動したら解除できない!」
「......貴様の答えにはなから期待などしていない」
「んがっ!」
ユトゥスは男の口にマヒマヒマッシュを突っ込む。
その瞬間、男はビクンと一度跳ねればそのまま動かなくなった。
そして、立ち上がって向かったのはフィラミアがいる場所。
「っ!」
瞬間、フィラミアの体がビクッと震えた。
近づいてくるたびに手の震えが止まらない。
先程の男達に襲われかけた恐怖が蘇ったのだ。
加えて、目の前にいる人物は一人で盗賊全員を倒してしまった相手。
襲われたらきっと抵抗できない。
故に、逃げたいが、上手く足に力が入らないせいで後ずさりもままならない。
そんなこんなしていると、フィラミアの前にユトゥスが近づいて来てしまった。
フィラミアの顔にユトゥスの顔がすぐ近くに来る。
「動くな」
その言葉に、フィラミアは全てを覚悟してギュッと目を瞑る。
ユトゥスの大きな手がフィラミアの首にスッと触れた。
瞬間、ふぃらあの体がビクッと跳ねる。
すると、途端に目元に涙が浮かんでくるではないか。
(この人もさっきの人と同じなんだ)
そう思ったフィラミアであるが、結果から言えば違った。
「やはり信用に値しないな。手を貸せ、拘束具も外してやる」
その言葉の直後、フィラミアの体がから何かを纏っているような感覚が消えた。
さらに両手も自由になる。これは一体......?
「見ろ、首に奴隷紋が無くなってるはずだ」
「......ホントになくなってます」
ユトゥスから突きつけられたのはバキバキに割れた手鏡だった。
それでフィラミアが自分の首元を確認すると、奴隷の証である奴隷紋が無くなっている。
これのせいでフィラミアは、魔法も使えず力も入らずで抵抗できなかったのだ。
「俺はユトゥス。貴様の名は?」
「フィラミアです......」
「悪くない名だ。フィラミア、早速だがここを離れるぞ。
いつまでもゴミクズの顔を見ている必要もない」
ユトゥスは立ち上がり、一人林道を歩き始める。
フィラミアはついていくか悩んだが、ここがどこかもわからないので、とりあえずフィラミアはその後ろに続いた。
そして、後ろを振り返り痺れた盗賊達を見ながら、ユトゥスに声をかけた。
「あ、あの......あの人達はどうするんですか?」
「気にするな。奴らも人間以前に動物だ。
死ねば等しく森の肥やしになる。運が良ければ生きてるだろう」
「それって......いえ、何でもありません」
口を挟んではいけない気がしたフィラミア。
そんなことが背中から伝わってくる。
何か酷い過去を持っているのだろうか。
例えば、親族が強姦された挙句に殺されたとか。
少なからずそんな聞くことも憚られるような気配がそこにはあった。
二人は数分間ほど林道を歩き続ける。
その間はずっと無言の時間が続く。
するとその時、ユトゥスが止まり、周囲に視線を向けた。
「フィラミア、貴様は獣人だな? なら、耳は良いはずだ。近くに水辺のある音が聞こえるか」
その質問にフィラミアは耳をそばだてる。
ある......近くに水が流れるような音が。
「......はい。あります」
「案内しろ」
「わかりました......」
ユトゥスを先導するように林道を外れて歩く。
見えてきたのは幅の小さな川だった。
川の水は透明度があり、太陽の光にキラキラと輝いている。
「着きました」
「よし。なら、小汚い貴様はそこで体でも洗ってろ。その間に食料を調達いてくる」
そう言って、ユトゥスは一人森の中へと潜っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで眺めると、フィラミアはようやく肩の力を抜いた。
先程からの怒涛の展開にどっと疲れが溢れてくる。
体を見れば確かに土埃だらけだ。
ここ何日も体を奇麗にする機会なんてなかった。
いや、そんなことをすればもっと早くに一生の傷を負っていたかもしれない。
「助かったのはいいですが、これからどうしましょうか」
フィラミアはとりあえず服を脱ぎ、裸になる。そして、川に足をつけた。
冷たい。だけど、気持ちいい。水の流れる音も相まって心が安らぐ。
すると、フィラミアは不意に耳を立て、周囲をキョロキョロと見回す。
「今はユトゥスさんも見てないですよね......」
周囲に誰もいないことを確認すると、大きく息を吐いた。
瞬間、フィラミアの腰からはコウモリの羽のような小さめな羽がひょこっと生える。
そう、獣人でありながら他種族の特徴を持つ。それがフィラミアの本来の姿。
盗賊達にはたまたまこの姿を見られたばっかりに捕らえられてしまったのだ。
加えて、この羽は出していると僅かに異性を引くフェロモンのようなものを出す。
それは自分が引いている血が関係しているのだが、それも犯されかけた原因の一つだ。
「やっぱり出してると楽ですね。隠すことも可能ですが、ずっと腰に妙なムズムズ感が出てあまり好きじゃないし......しかし、まさかしまってる時にもほんの少しずつだけどフェロモンが出てるとは。
お母さんの血の関係とはいえ、もしこれがユトゥスさんにバレれば――」
「ピギィ!」
その時、背後から魔物の断末魔のような声が聞こえた。
その声にビクッと体が震え、咄嗟に振り向く。
そこにいたのは大きなイノシシだった。背中には矢が刺さっている。
(矢で仕留めた.....ってことは近くにユトゥスさんがいる!?)
フィラミアがそう思った直後、パキッと乾いた枝が折れる音がした。
そして、イノシシの奥に目を移せば、そこには案の定恩人の姿があった。
(ま、不味い、見られてしまった! しかも羽が出てる状態の時を!
このままじゃ催淫してあの人達みたいに――)
「合成獣か貴様?」
「......へ?」
それはフィラミアが異性から始めて言われる言葉だった。
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