第28話 森の中の出会い#7
「趣味? それが貴様の聞きたいことなのか?」
突然のアルミルの質問にユトゥスは困惑した。
聞きたいことと言えば、当然目の色に関することだろうと思っていたからだ。
事実本人がユトゥスと出会った際にそれを口にしていた。
にもかかわらず、趣味の話を切り出す...... 一体何が狙いなのか。
ユトゥスが警戒している一方で、アルミルは恥ずかしそうに顔を赤らめながら言った。
「い、いきなり聞いても良かったけど、どうせならあんたのことも知りたいじゃない。
そのためのただのキッカケ。はい、答える!」
そう言って答えを催促するように指をさすアルミル。
それに対し、ユトゥスは――
(いきなり本題に入らず軽い世間話で様子を伺っているのかもしれない。
ならば、変に相手を不機嫌にさせるぐらいなら話に乗るべきか)
そう考え、アルミルの質問に答え始めた。
「俺は山の近くの村で育った。だから、大した趣味はない。
強いて言えば、村でやっていた武器の手入れや鍛えることになるな」
「なら、こんな意外なことが出来るとかない?」
「意外.....それなら、少し待ってろ」
ユトゥスは<亜空間収納>からアビルの樹木を取り出す。
少し太めのそれを短剣で削っていき、あっという間に「アルミル」という名前が浮かび上がるように掘られたネームプレートを作った。
「少し手先が器用なんだ。だから、これぐらいならできる。せっかくだ、くれてやる」
「え、ホント!?」
「そんな粗末なものでいいならな」
「粗末なんかじゃないわよ。ねぇ、ついでだから角のニ箇所に穴を開けてくれる?」
目をキラキラさせたアルミルからそんな依頼をされるユトゥス。
相変わらず何を考えているか読めないが、特に断る理由もないのでパパっと穴を開けて、ネームプレートをアルミルにつっ返す。
すると、アルミルはその穴に細い紐を通し、それをネックレスのように付け始めた。
その姿はさながら――
「犬みたいだな(訳: .....)」
「誰があんたの犬よ!」
(思ってない思ってない。犬なんて思ってない。
口が勝手に動いただけなんです。これほんと。
まさかついに口が勝手に自我を持つようになるとは。
ハァ、厄介な種が増えてしまった)
ユトゥスは自分の口をぐにぐにしながら、苦悩に眉間を寄せるように目を強く閉じた。
口は災いのもとというが、これではもはや災いそのものだ。
一刻も早く原因を掴みたいところが、それは一体いつになるやら。
「で、俺の趣味に対する答えはこれでいいか?」
「えぇ、そうね。あんたからのプレゼントだし、せっかくだから大事にしとくわ」
「......貴様、本当に人族嫌いなんだよな?」
「そ、そうに決まってるじゃない!」
それにしてはどう考えてもアルミルの反応は情緒が不安定である。
しかし、まるで嘘をついているような感じもしないので、ユトゥスは余計に困惑した。
それこそ、アルミルが子供の頃から親に「人族は敵だ」という洗脳教育を受けていたが、実際に人間と接して戸惑っているという感じの方がまだ理解できる。
にもかかわらず、今のアルミルの態度は警戒してるものの、生来の人懐っこさが漏れ出てる感じだ。
そんなアルミルを見ながら、ユトゥスはチラッと寝ている魔族の男二人に視線を移す。
アルミルによる治療を終えて未だグッスリ眠っているようだ。
しかし、それもいつ目覚めるか分からない。
急に目覚めでもすれば、いる場所は敵地のど真ん中。
ユトゥスはヘルスパイダー戦でKPが枯渇寸前である。
つまり、魔族との二度目の戦闘は是が非でも避けたい。
故に、ユトゥスは自ら本題について触れることにした。
「アルミル、この目に関してだが、俺のこの姿はいつの間にか変化していたんだ。
だから、正直俺にも何がなんだかサッパリだ。答えられる答えなど持っていない」
「なら、元の姿はどんなんだったの?」
「黒髪黒目のどこにでもいる男だ」
「それが変化した場所は?」
「この先にある獣過の巣穴という迷宮だ。ただし、迷宮再構築が起こり今やランクはA相当。
原因を調査するというのならオススメはしない。自分がエサという自覚があるなら別だがな」
「無いわよ、そんなもん」
ユトゥスの話を聞いたアルミルは腕を組み悩み始める。
そして、「それなら一度報告に戻った方が良さそうね」とぶつくさ呟き始めた。
そのアルミルの姿に、ユトゥスは違和感を覚え、目を細めてアルミルを見た。
「随分あっさりと信じるんだな」
ヘルスパイダー戦を終えて、今やアルミルとは焚火を囲んで話すような仲だ。
が、それも数十分前までは敵同士。それも殺し合いをしていたのだ。
また、いくら共闘して多少は意思疎通を交わしたとはいえ、魔族と人族の溝は深い。
人族が憎いと豪語しているアルミルからすれば、ユトゥスの話など信じるに値しないはず。
しかし、現状アルミルは素直に聞き入れて今後の予定を立てている。
ユトゥスが不思議に思うには十分すぎる理由であるだろう。
「だって、あんただし」
それに対するアルミルの答えがこうであった。
それは答えになっているのか? と、ユトゥスは首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。あんたと一緒に戦ったヘルスパイダーいたでしょ?
あの時、アタシはあんたの言いつけを守らずに行動して結果死にかけた。
だけど、その時あんたは敵であるアタシを命がけで助けてくれた。
例え、そこであたしに死なれちゃ困る打算的な理由があったとしても、それが事実だから」
「それが信じるに値する理由だと?」
「大きな理由がそれね。後はアタシの仲間を殺さずにいてくれたこと。
それに冒険者からアタシ達を庇ってくれたこと。
そんなことをしてくれたあんたに、恩を仇で返すほど廃れた魔族じゃないわ」
どうやらアルミルには敵以前に人として誇り高い部分があるようだ。
例え、そんなことをしても敵同士という理由で、用済みになった敵を殺す魔族はいるだろう。
しかし、このアルミルは違う。
そんな姿勢に、ユトゥスはとても共感が持てた。
「ふっ、貴様は案外良い女かもな(訳:アルミルは優しいんだな)」
「っ!?」
ユトゥスの口から漏れたのは、俺様系の常套句のような言葉だった。
その言葉に、アルミルの顔はポフンと湯気が出るほど真っ赤になる。
「あ、ああ、ああぁぁぁあぁあぁあああああぁぁぁぁぁあぁあああぁぁ!」
アルミルはワナワナと両手を震わせると自分の頭を掴む。
そして、謎の叫びとともに頭を左右に振り始め、挙句の果てには背後の壁に頭を打ち付け始めた。
「違う! 違う違う違う! この感情は断じて好意とかそんなんじゃない!
アタシ達は敵同士! 相手は憎い人族のはずよ!
いちいちこんな言葉で心をかき乱されてんじゃないわよ!
で、でも、悪い気がしないのが余計に腹立つぅぅぅぅ!!」
ガンガンガンガンとまさに悶え苦しむかのように頭を打ち付ける。
突然その光景を見せられたユトゥスからすれば恐怖でしかない。
(え、怖い。怖い怖い怖い。何この人、ついに頭イカレたか?)
そう思いながらも、顔には思ったより出ないのが幸いか。
ユトゥスは見てはいけないものを見たような気がして、そっと目を逸らした。
すると、その音に魔族の男二人が「うぅ」と反応する。
アルミルの行動が目覚まし代わりになっているようだ。
それに気づいたユトゥスはそっと立ち上がり、出口に向かった。
「え、もう行っちゃうの?」
その声にユトゥスの体はビクッと反応した。
音を立てずにゆっくり動いていたのにバレてしまったようだ。
振り返れば、額から血を流してそのままのアルミルの姿がある。
表情と声からして、本当に悲しそうなのが余計に怖い。
「あ、あぁ、もともと長居はするつもりは無かったからな」
「......また会えるよね?」
「さぁな。機会があればどこかでまた出会うことはあるかもな」
ユトゥスは足早に歩きだす。
しかし、あることを考え、不意に止まった。
そして、振り返り、アルミルに一つ尋ねる。
「アルミル、貴様は“リリージア”という名前に聞き覚えはあるか?」
「リリージア? 誰よその女、故郷の幼馴染とか?」
「貴様に答える必要はない。知ってるのか答えろ」
「知らないわよ、そんな女の名前。
あ、でも、その女が魔族に関わりがあるのなら、聞いてみたら案外知ってたりして」
その言葉を聞き、ユトゥスはハッとする。
(その発想は思いつかなかった。
そうか、確かにここで魔族のアルミルと接点を作り、聞き込みを依頼するのはアリかもしれない。
なら、ここであっさりと手を引くより、手伝ってもらおう)
そう考え、アルミルを利用することを決めたユトゥスは言った。
「そうか。なら、貴様はリリージアに関して聞き込みをしろ。
そして、俺に情報を聞かせれば、その情報量に応じてなんでも聞いてやる。
(訳:そっか。それなら聞き込みをお願いしていいかな。出来る限りお礼はするから)」
「な、なんでも!? それってホントなの!?」
(アルミルの食いつきが半端ない。あと、なんか目つきが怖い。
それと「出来る限り」と言ったのに、勝手に「なんでも」とつけるのは止めていただきたい。
「出来る限り」と「なんでも」では天と地ほどの意味の差があるのだから)
災いしかもたらさない口にn回目のため息を吐いたユトゥスは、もはや悩むことも放棄して返答した。
「情報次第だ。世話になった。じゃあな」
「じゃあねー! 助けてくれてありがとー!」
そして、ユトゥスはアルミルと別れた。
その一時間後、林道にて奴隷の少女を拾うことになる。
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