第23話 森の中の出会い#2
ユトゥスは自己紹介をした――盛大に失敗した。
「貴様は人族の分際で俺達魔族を愚者だのなんだのと。どの口が礼儀を語る」
(全くもってその通りです)
心の中で頷くユトゥス。
こんな言動を続ける限り周りからは誤解しかされないだろう。
しかし、こればっかりはどうにもならないのだ。
このへそ曲がりな口はいつまで経っても言うこと聞かない。
「やはり人族はクソだな。
弱いくせに奢り、あまつさえ五百年も続けて我らが偉大なる魔王様を倒した栄光に縋っている。
同じ種族でありながら選民思想で争いしかしない劣等種族。それがお前達人族だ」
羽を生やした魔族の男は槍先をユトゥスに向ける。明らかな交戦状態。
先程のユトゥスの返答で戦闘は避けられなくなった。
となれば、やるしかない。戦わなければ死ぬ。
「ねぇ、待って。あの目の色なんか気になるんだけど.....」
その時、髪色が白と黒に別れたハーフツインの女魔族が、ユトゥスを怪訝な目で見て言った。
その言葉に、仲間の二人も交戦前にユトゥスを注意深く見始める。
そして、何かに気付いたように剣を持った男魔族が指を差した。
「そ、そうだ! あの目! あの深い赤色の目は、王家の血を引く者しか発言しないとされる稀少な色の目だ!」
「確か、深血の眼と言ったか。なぜその目をあの男がしている?
まさかあの人族が王家の血を引いてるとでも言うのか?」
「いやいやいや、そんなのありえないでしょ! だって、王家は大の人族嫌いのはずだよ!
なんたって五百年前に魔王様が討たれてから当時の連合国によって国はボロボロ。
ただでさえ、複数の種族が集まってできた国だから内乱も絶えない。
その原因を作ったのは間違いなく人族なんだから、人族に血が移るはずがない!」
ユトゥスにとっては新情報ばかりが聞こえてくる。
どうやら変わらず魔族は人族をとても憎んでいるようだ。
五百年前の出来事とはいえ、この溝は相当深いと思われる。
しかし、今のユトゥスの問題はそこじゃない。
たったこの瞬間、明確に敵になったことが問題だ。
僅かに見えた一縷の望みも、目の前で容易く消滅した。
「おいそこの人間。お前には聞きたいことが出来た。抵抗せず情報を吐けば楽に殺してやる」
「ふん、戯言を抜かすな!(訳:死にたくないんで逃げさせてもらう!)」
ユトゥスは弓を構え、同時に背負っている矢筒から矢を取り出し番える。
瞬間、女魔族が杖をかざし、杖先から火球を作り出す。
「なら、交渉決裂だね!――火球」
発射されたのは火属性の初級魔法と呼ばれる<火球>だ。
しかし、魔族は魔法に長けており、それがただの初級威力では無くなっている。
つまり、魔族にとっての初級魔法は、人族にとっての中級程度に相当する。
(あの魔族三人の狙いはあくまで生け捕りにしての情報搾取だ。
だからこその<火球>なのだろう。
現時点では相手に自分を殺せない理由がある。
なら、つけいる隙はそこしかない)
そう考えたユトゥスはバックステップで距離を取りつつ、対魔法の矢を放つ。
「集中弓――破断矢」
―――ポスッ
「な、アタシの<火球>が消された!?」
ユトゥスの矢は火球を打ち消し、そのまま真っ直ぐ女魔族に向かう。
しかし、矢が女魔族に当たる前に、剣の男魔族が目の前に割って入り、矢を弾いた。
「妙なスキルを使う。アルミルはその場で援護射撃していろ。アイツは僕とガッテルで捕らえる」
「わかった。油断しないでよ」
「行くぞ、バイザス!」
槍の男魔族ことガッテルと、剣の男魔族ことバイザスが挟み込むように両サイドから動いてくる。
その姿を目視で確認しながら、ユトゥスはバックステップを続けつつ、まずガッテルを狙った。
「集中弓、そして剛弓」
ユトゥスは一瞬ピタッと立ち止まり、ガッテルに向かって矢を放つ。
その矢に対して、ガッテルは矢を弾こうと槍を振り払う。
「っ!?」
槍が矢を捉えた瞬間、ガッテルは目を剥いた。
それはとても弓とは思えない重たい一撃だったからだ。
その影響により、ガッテルは数秒の硬直。
そこにユトゥスは、さらにもう一撃矢を放とうとする。
「させるか!」
瞬間、バイザスがユトゥスに向かって剣を振り抜く。
「チッ」
その攻撃に対し、ユトゥスは<視力強化>で軌道を予測し、背中を大きく逸らすことで、鼻先スレスレで躱した。
通り過ぎた剣が僅かに前髪を掠め、空中にパサッと舞い散る。
同時に、ユトゥスの構えていた矢は遥か上空に放たれた。
するとそんな体勢を崩したユトゥスに、バイザスの追撃が迫る。
「びっくりするほど遅いね、君――紅蓮の刃」
「貴様がな」
「っ!?」
炎を纏った剣が眼前に迫ったその時、ユトゥスは<逆転>を発動させる。
そして、バイザスとの行動値を入れ替え、背後を取った。
(魔力はエルダーリッチの装備によって潤沢にある。数秒使い続けても問題ない)
そう考えたユトゥスは、いつもなら節約のためにすぐに切る<逆転>を継続使用。
機動力を維持したまま矢を逆手に持ち、バイザス目掛けて横に振る。
「風刃」
「紅蓮槍」
瞬間、ユトゥスの攻撃を邪魔するように、刃渡り五十センチほどの斬撃が、地面を切り裂きながら飛んで来る。
また同時に、炎を纏わせ赤熱した槍が飛んできた。
(仲間がいるのにその攻撃をするとは。仲間が生き残る術があるからの行動か)
炎の槍に関しては先程数メートル程の範囲を吹き飛ばした攻撃だ。
当たれば仲間とて大けがをするが、それを躊躇なく放つ当たり、仲間との信頼が見て取れる。
しかし、それぐらいの連携はユトゥスがいた”満点星団”では常識の範囲内。
ユトゥスは未だ持ち続ける気努力を活かし、先に来た風の攻撃を躱す。
「ふん、甘いな――逆転」
それと同時並行で<逆転>を使い、バイザスの筋力値と交換。
さらに<視力強化>で槍の軌道と移動速度を確認する。
ユトゥスは体を半身にし、投擲槍をやり過ごす――その刹那。
横を通り抜けたタイミングで右手で槍を掴み、筋力値任せで勢いを抑え込む。
「くっ!」
ユトゥスは顔をしかめた・
赤熱した槍が右手がジュウゥと焼いているからだ。
しかし、そのダメージを<継続微回復>でカバーする。
「俺を舐めるな!」
ユトゥスは大きく足を開き踏み込む。
同時に、槍を一回転させるように振り回し、勢いを強制的に方向転換。
丁度二百七十度回転したその場所には、ユトゥスの行動値により逃げ遅れたバイザスがいる。
そして、横薙ぎに振るわれた槍はバイザスに直撃した。
「うぐっ!」
バイザスは咄嗟に剣でガードしたが、衝撃までは殺せず吹き飛ばされ地面を転がった。
「......曲がったか。どうやら武器耐久値の消耗が激しい魔法のようだな」
ユトゥスの振るった槍は、剣と直撃した箇所から僅かに曲がっていた。
これではもうロクに槍としての役には立たないだろう。
「さて、まだやるか?」
*****
アルミル、バイザス、ガッテルの三人が人族の街の森にやってきたのは、その街の冒険者の練度を調べるためだ
そして、これから向かう街は人族の国から離れた辺境。
つまり、目を見張るような強い冒険者はいないと思っていた。
もうすでに何度かの偵察を行い、それがわかっていたから、これから戦争を仕掛ける最終偵察のつもりで来た......はずだった。
「な、なんなのよアイツ......」
アルミルは額に冷たい汗をかきながら困惑していた。
銀髪で深い赤い目をした人族の男。
背丈はそこそこ高く、顔立ちは案外悪くない。
しかし、弱い......あまりにも気配が。
それこそ、そこら辺の最弱魔物スライムに殺されるレベルだ。
だから、アルミルは魔族の王家に似たあの目を調べるために、その人族を生け捕りにするつもりだった。
そして、あまりにも弱い気配からして、最初の<火球>で勝負がつくはずだった。
一応、手加減はしたし、丈夫そうなローブを着ていたので「死ぬことは無いか」とタカをくくっていた結果がこれだ。一体何がどうなってるのか。
「ぐぁっ!?」
仲間のガッテルから声がして、アルミルはすぐにその方向を見る。
ガッテルの右ふくらはぎに矢が刺さっていた。
(え? なんで? いつの間に攻撃したの?
ずっと見てたけど攻撃した素振りなんて......)
そう思うアルミルは、太ももを押さえ苦しむ仲間を見ながら固まった。
あまりにも得体のしれない何かと戦っているような気がして、気味が悪く感じ、頭が考えようとするのを止める。
「なるほど。矢にも<隠形>は使えるのか。これは思わぬ収穫だな」
その時、ユトゥスの独り言を聞いてアルミルの思考は一気に加速した。
穴の開いたがピースが埋まるように理解し、同時に理解すればするほど理解し難かった。
(まさかアレは攻撃されて手放したわけじゃなかった?
ってことは、元からガッテルを狙って山なりに放たれた矢だったんだ)
あの矢はバイザスに攻撃した時に見当違いに放った矢のはずだった。
アルミルもそう思っていて、だからこそその矢に対して気にしていなかった。
その結果、ガッテルはその矢によって足を負傷した。
だとすれば、あの矢を放つあの人族は間違いなくヤバイ。
戦闘経験の差が、戦闘技術の差が、戦術の幅が何もかも違い過ぎる。
(え、待って......今はバイザスもガッテルも負傷して動けない。
ってことは負けた? あんな弱そうな男に? え......嘘!?)
「そんな......」
負けたという事実に。アルミルから力が抜ける。
三対一で挑んでガッテルもバイザスもやられた。
これから自分一人でどうやって逆転すればいいというのか。
ムリ、ムリムリムリ、そんなのできっこない。
「っ!?」
その時、銀髪の人族――ユトゥスがアルミルに向かって矢を放った。
矢は真っ直ぐにアルミルの頭を狙って飛んで来る。
アルミルは避けようと意識はあるが、体が動かない。
死という事実を受け止めてしまったせいか。
(え、こんな所で人生終わるの――)
―――ポスッ
アルミルは涙を浮かべ、ギュッと目を瞑った――しかし、何もなかった。
むしろ、背後から聞こえた謎の音に、アルミルはゆっくり目を開ける。
この音はアルミルが<火球>を放った時と同じ、攻撃がかき消された音だ。
アルミルはゆっくり後ろを振り向く。
すると、そこには別の三人組の男女の冒険者がいた。
「ほぇ......もしかして守られた?」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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