第20話 迷宮から脱出しよう#5
(勝った。なんとか勝った......)
それが今のユトゥスの正直な気持ちであった。
目の前に倒れるエルダーリッチは体を二等分されている。
ユトゥスの攻撃によってそうなったのだ。
しかし、完全に気を抜くことはできない。
なぜなら、相手はアンデッドだ。
完全に頭を潰すまではまだ死と隣り合わせと言える。
「安心しろ。もう攻撃することは無い」
ユトゥスの考えを読んでいたように、エルダーリッチが答える。
その言葉に、ユトゥスの体が突然僅かに震えた。
同時に、右手に持つ短剣に力が入る。
その現象にユトゥスは片眉を上げながら、エルダーリッチに返答した。
「なぜそんなことが言える? 貴様はまだくたばっちゃいない」
「アンデッドだからな、当然だ。だが、ワシはこの体を生身として扱った。
であれば、ワシは二等分にされた時点で命はあったとしても風前の灯火。
ここで足掻くのは戦いを好む者として潔くない」
「随分とぬるいことを言うんだな。それが強者だからか」
「いや、ワシの矜持だ」
ユトゥスは右手をチラッと見ると、先程よりも右手が小刻みに震えていた。
そこにユトゥスの意思は関係ない。つまり、右手の意思がそうさせている。
しかし、ユトゥスはそれを無理やり抑え込み、腰に短剣をしまった。
「骨くず、貴様の最期だ。勝者である俺が貴様の最後の言葉を聞き覚えておいてやる。
何か言いたいことがあるなら俺に感謝して発言しろ」
ユトゥスはエルダーリッチに対して聞きたいことは山ほどある。
特にこの銀髪に関しては、自分にも関わることなので興味は尽きない。
リリージアとな何者なのか? 英雄? 呪いの象徴?
そして、このエルダーリッチとの関係は?
しかし、それら断片的な情報を詳しく聞く前に、エルダーリッチを虫の息にさせてしまった。
(つっても、手加減も無理だったしなぁ......)
とはいえ、一撃まともに当たれば死ぬという状況で、ユトゥスもそんな気を回してる時間も無かった。
だから、戦いが始まった時点で勝つか負けるかの勝負に決着をつけるしかなかった。
そこら辺は戦闘経験知不足としか言い表せないだろう。
だからこそ、最後にエルダーリッチの言葉には耳を傾ける必要がある。
それが情報を得る最後のチャンスだと思って。
ユトゥスはエルダーリッチの言葉を待った。
すると、かの魔物から語られたのは、懐かしさに思いを馳せる言葉だった。
「リリージアはワシの生涯の最初で最後の好敵手だった。
まさか気まぐれで取った弟子がワシを倒すような存在になるとはな。
それが誇らしく、愚かなワシを倒す相手があの子で良かった。
そう言葉を吐くエルダーリッチの顔は、どこか憑き物が取れたようであった。
表情は骸骨だからわかりずらいが、言葉の端々からその雰囲気が放たれる。
まるでさっきの殺気が嘘であるかのように。
しかし、その優しさに溢れた言葉は、一転して悲しみに変わった。
「だからこそ、許せぬ――リリージアの現状が。
高潔な魂はそれに見合った報酬を得らなければならない。
でなければ、あまりにもこの世界は無慈悲で残酷だ」
「.......」
「あぁ、リリージア......お前の魂は汚されてはならない。ワシにとってお前こそ神なのだから」
エルダーリッチは右手を震わせながら、ゆっくりと手を挙げた。
その手は何かを掴むように空に向かって伸ばす。
まるでそこにリリージアがいるかのように。
そんな姿を見たユトゥスは、腰に手を当てると、おもむろに瞑目した。
エルダーリッチとリリージアがどういう関係なのかは、ユトゥスとて未だハッキリしない。
ただ、ハッキリと言えることは、エルダーリッチにとってリリージアは特別だった。
エルダーリッチとなる前の存在は誇りを持っていた。それは何かわからない。
そして、同じく誇りを持つリリージアとぶつかった。
その結果、その存在は負け、エルダーリッチとなった。
ここで、ユトゥスの脳内にふと疑問が浮かぶ。
(この魔物は誇りがぶつかりあった戦いが好きだったのだろう。
いや、それこそ戦いのあるべき形だと思っていたのかもしれない。
しかし、その後この魔物かあるいはリリージアに何かが生じ、それによって未練を残しエルダーリッチへ転化した。何があったんだ?)
人間が魔物へ転化するということは、現世への未練、執着、強い負の感情があったということ。
リリージアと戦った存在が誇りある戦いに満足したにもかかわらず、魔物化した。
これではエルダーリッチの感情と矛盾している。
満足して死んだなら現世に魂は残らず、当然その後のことなど知りようもない。
であれば、エルダーリッチになる前の存在に何か起こったと考えるべきか。
ユトゥスはそう考えながらも、一先ずこれまでの流れを整理する。
その後、エルダーリッチとなったその存在は、アンデッドという特性故に生き続けた。
そして、ユトゥスとの戦いの最中、五百年後ではリリージアという人が歴史から消されていることを知った。
また、代わりに全く知らない人物がその間勇者として立ち続けていることも。
誇りをかけて戦った相手が、その活躍の何もかもを無かったことにされている。
ましてや、全く知らない存在に全てを奪われて。
それは見方を変えれば、エルダーリッチの誇りある戦いを無かったことされているということだ。
仮に存在があったとしても、エルダーリッチはそれを認めないだろう。
なぜなら、エルダーリッチが認めた相手こそがリリージアなのだから。
その気持ちはユトゥスにもなんとなく気持ちはわかった。
ユトゥスにも誇りのように思っている“満天星団”のメンバーがいる。
そんな彼らの活躍が、どこかの誰かにさも自分の英雄譚のように公表されていれば許せない。
それはライバルであり、ファンであるからこそ湧く感情である。
(なら、きっと勝者として生きた俺が取れる行動はこれしかない)
ユトゥスはゆっくりと目を開け、口を開いた。
「なら、せめて貴様の魂を真実へと導いてやる」
「......何?」
「俺とてこの髪と力のルーツは気になっている。だから、貴様はもののついでだ。
骨は朽ちて残らないだろう。だからせめて、貴様の遺品を使い潰してやる。感謝しろ」
言い方は随分とアレだが、ユトゥスの言いたいことは”遺品を使う”ということ。
その遺品に魂を乗せ、真実まで運んであげるということを暗に伝えているのだ。
その言葉に対し、エルダーリッチはキョトンとしたような顔をした。
瞬間、刻一刻と朽ちている体を気にすることなくカラカラと笑い始めた。
「ハッハッハ、そうか。随分と口が悪い割には、そんな気の遣い方を心得ているとはな」
「どうする? 朽ち果てる前に答えを出せ」
「ならば、お前の選択に任せよう。ワシはどちらでも構わない。
あぁ、最後にまた戦うことが出来た......リリージア、ワシの誇り高き一番弟子。またどこかで会おう」
エルダーリッチは最後に満足した様子で逝った。
骨は全て砂のように細かくなり、残っているのはローブと杖と王冠のみ。
そんな跡形もなくなった死体を見ながら、終始黙っていたループスが口を開く。
「デ、ドウスンダ?」
その言葉に、ユトゥスは鼻で笑った。
「愚問だな」
ユトゥスはその場にしゃがみ込み、両手を合わせる。
そして、死後の冥福を祈りると、遺品を拝借した。
『善業ポイント、3ポイント入手しました。現在のKP9』
なんだか当たり前のことをしたのにそれでKPを稼いでるように思えて、ユトゥスは眉を寄せる。
それはともかく、この遺品.....いや、魂は必ず真実へ持っていくべきだ。
(ハハッ、まさか強くなってパーティに戻るのが目的だったのに、とんだデカい寄り道を作ってしまったな)
ユトゥスが内心笑っていると、手に持った遺品に変化が起きた。
キィーーーン! と音を立てると同時に、それが全て眩く光り始めたのだ。
そして、あっという間に光で視界を塗り潰す。
眩しくて何も見えない。しかし、何かが体に纏わりつくのをユトゥスは感じた。
罠......ではなさそうだ。むしろ、力が溢れてくる。
「ユトゥス、ソレ......」
先に目を開けたループスが変化に気付ようで、ユトゥスに向かって指差している。
その視線に従うように、ユトゥスは自分の体を見た。
「これは......」
一言で言えば、俺の体にエルダーリッチの遺品が装備された。
ローブはフードつきのコートになり、王冠はバングル、杖に至っては弓の形となった。
服はボロボロだし、杖は先ほどの戦闘で壊れたからありがたいが......これは一体?
この装備の詳細が気になり、ユトゥスは自分の能力値を見た。
―――
名前 ユトゥス(19) 性別 男 レベル1(固定)
職業 反逆者
<装備>
不死王のローブ:防御値を+250補正する。
魔力増幅のバングル:魔防値、魔法値と魔力値を+300補正する。
不死王の魔法弓:筋力値を+200補正する。
筋力値 15(+200)
防御値 10(+250)
魔防値 10(+300)
魔法値 10(+300)
行動値 10
魔力値 15(+300)
器用値 15
<魔法・技能スキル>
『技能スキル』
弓術レベル3、剣術レベル1
『技スキル』
集中弓、剛弓、破断矢、魔力障壁、鑑定
魔力探知、視力強化、亜空間収納
<ユニークスキル:反逆シリーズ>
「逆様」:レベル2(KP:レベル1:1)▼
「逆行」:レベル2(KP:レベル1:3)▼
「逆転」:レベル2(KP:レベル1:5)▼
<反逆シリーズスキルに必要なポイント>
カルマポイント(KP):所持値 11(最大80:ただしロック解除で上限解放)
詳細 善業率:67 悪業率:33
<称号>
努力の鬼、不屈の精神、弱者の鏡、パーティの姫
反逆の使途、△※×◇(※読めない)の願いを叶える者、呪われし者
不死王を打ち破りし者、真実へ向かう者、意志を繋ぐ者、強者討伐
――――
「こ、これは.......!?」
この能力にはユトゥスも驚く他なかった。
色々と思うことはある。だが、何よりも嬉しいのは装備で力が増したことだ。
これが意味するのはKPを使わずとも、通常攻撃で十分に戦えるということだ。
加えて、<逆転>の効果は相手と能力値を交換するというもの。
つまり、それには補正された効果は影響を受けない可能性が浮上した。
そこは要検証だが、それが本当なら本格的に<逆転>は化ける。
「ククク、アーハッハッハ! とんだ置き土産をしやがった! 大儀だぞ、骨くず!!
(訳:本当にありがとうございました!)」
言葉とは反対に、ユトゥスはしっかり頭を下げた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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