マロン(2)後日談
斯くして、ダヴィネスでの栗タルト事件は、どうやら元を辿ると第二王子に行きつく様相を呈してきた。
そうなると〈王太子派と第二王子派〉という王都の政権争いの渦へと結びつくが、ダヴィネスからの報告を受け、娘を害されたストラトフォード侯爵や過剰な妹思いのウィリス卿が憤慨しながらも何かと手を回し、最悪の状況を回避させ、決定的な確証を得るまで事態を静観していた。
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事件から数日経ち、起きられるようにはなったが、まだ喉の腫れと両腕の内側の発疹が引かず、カレンは日常とは言えない日々を送っていた。
モリスやエマをはじめとするダヴィネスの皆には、本当に心配と迷惑をかけてしまったので、起きられるようになってすぐに謝った。
もったいないことだと涙ながらに返されると、何も言えなくなる。
今回のことは、全面的に自分が悪かったと思っている。自覚はある。出過ぎたマネだった。
多少声も出るので、カレンも関係者として話を聞かれた。
同席していたジェラルドに、なぜクリスティンに会いタルトを口にしたか、と問われると「そうしないとリストの一行目は消せないと思ったし、どんな手でくるのか興味がありました」とバカ正直に答えてしまい、皆を唖然とさせてしまった。
皆から手厚い看護を受け、日々回復はしている。
カレンは良いか悪いか、王都から来た気を遣う婚約者から、手の掛かる一風変わった婚約者へと自分への認識が変わったのでは?と思っている。
使用人達は事件の前も後も、実にかいがいしく気に掛けてくれる。でも、なんとなく事件の後は家族感というか、仲間感というか、少しだけ気安さが加わったような気がして嬉しい。
使用人達とも距離が近いダヴィネスなので、いつまでもお客様扱いは、正直寂しかったのだ。
ストラトフォードの家では、特に王都では機密情報を扱うせいか選りすぐりの使用人達だが、かといってダヴィネスのような気安さはなかった。
でもなんと言っても一番の変化は、ジェラルドとの距離だ。
言うまでもなく、あの夜から一気に縮まった。
お互いがというより、ジェラルドが縮めたと言った方が正しい。
カレンはと言えば…戸惑いを隠せないでいる。
現状、食事以外は寝室で過ごす毎日だが、少なくとも1日2回は様子を見に来るのだ。
カレンの喉の具合もあり会話はそれほどでもないが、代わりにスキンシップが多い。
はじめカレンは監視かな?と穿った見方をしたが、心配そうにカレンの顔色をうかがい、腕の発疹を確認する姿に嘘は見られない。
ただ、子ども扱いは感じる。
ジェラルド様のあのようなかいがいしい姿を初めて見た、とエマは苦笑している。
そうでなくとも忙しい人なのに、手を煩わせているようで、なんだかいたたまれない心持ちがしていた。
今日は朝食を二人で取っている。
「だいぶ食欲が戻ったようだ」
「あ、はい、お陰様で…ありがとうございます」
ジェラルドの笑顔の眩しさなのか、朝の日差しの眩しさなのか…あまり目を合わすことができない。
追求はしないことにして、カレンは目の前の食べ物に集中する。
ダヴィネス城の自家菜園で採れた野菜や果物は、どれも新鮮でとても美味しい。
カレンはベリーの小さな粒をひとつずつ口に含み、濃い味を楽しむ。
ジェラルドは、不躾なほどにカレンを観察していた。
朝日に照らされた顔は、一時とは比べ物にならないほど良い顔色になった。
その小さな顔を縁取る艶のあるダークブラウンの長い髪、秀でた額、ふっくらとした唇は、今は小動物のようにベリーをモグモグと食べている。
長い睫毛の奥の、ライトブルーの瞳はなかなかジェラルドとは合わそうとしない。
…合わせたい、という衝動が走る。
「ベリーは美味しい?」
ふいにカレンに聞いてみる。
急な問いに、カレンは顔を上げてジェラルドの目を見た。
透き通るライト・ブルー。
雲ひとつない、晴れ渡る朝の空のようだ。
「…はい。こちらの果物は…お野菜もですが、どれもとても美味しいです」
カレンは少しはにかみ、にこりとジェラルドに笑った。
…!
ジェラルドは一瞬動きが止まる。
「…それはよかった」
己の反応に驚きつつ、紅茶のカップを手に取りながら返した。
あの笑顔をもっと見ていたい。
ジェラルドは心に湧く、まだ形にならないものを宥めるように、紅茶を飲み下したのだった。