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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
76/76

76. カレンとジェラルド・婚約前日譚SS・

大変ご無沙汰しております。

恐ろしくゆっくりペースで申し訳ありません。久しぶりに投稿いたします。

カレンとジェラルド周りのお話となります。

よろしくお願いいたします。

「う~ん」


 次期ストラトフォード侯爵当主のショーン・ストラトフォード─通称ウィリス卿─は…唸っていた。


 王都・白亜にそびえる王城の一室。


 王太子の第一側近であるショーン・ストラトフォードは、王太子付きスタッフの執務室の一角…滅多に腰を落ち着けることのない自らの机に頬杖をついたまま、眉間にシワを寄せ、盛大な唸り声を上げた。


「どうしたんですか、ウィリス卿」


「あ? あぁ、いや、なんでもない」


 珍しく歯切れの悪い返答に、仕事仲間達は互いに目配せをした。


「火急の案件でないことは確かですよ」


 書棚から分厚いファイルを取り出しながら、全く臆せずに言うのは…通称“氷の麗人”と呼ばれる彫刻のような美貌を持つ社交界のトップスター、ハロルド・ミラー伯爵、通称カーヴィル卿だ。

 いつもと変わらぬスッと醒めた顔で、上司であるショーンの変化など気にもしない。


 ショーンはふぅと息を吐いた。

「火急…そうだな、殿下に関することじゃない」


 じゃあ、なんなんです?と、別の部下が言いかけた時、執務室のドアがノックされ、王太子付きの小性が入ってきた。


「ウィリス卿、王太子殿下がお呼びでございます」


 ・


 ショーンを悩ませていること…それは、下の妹カレンのことだった。

 いや正しくは「カレンの縁談について」だ。


 ショーンは執務室を出て、足早で王太子の執務室へ向かう。


 カレンの社交界デビューから1年が経つ。


 筆頭侯爵家の令嬢のデビューは、当時社交界を賑わせた。

 高位貴族の令嬢・令息のデビューは、それだけでも十分フレッシュな話題となる。


 カレンは幼い頃より王女殿下の遊び相手として王家の側近くに仕え、陛下の覚えもめでたい。加えてカレンの姉ヘレナは隣国の王太子妃とくれば、話題の中心となるのは必然だった。


 スラリとした肢体に最高級・最先端のドレスを常に完璧に着こなし、言わずもがなマナーもパーフェクト、高位貴族だからといって奢るような素振りは皆無で気の利いた話題も豊富…“完璧な侯爵令嬢”。

 しかし、カレンに付けられた二つ名は、いつしか“孤高の侯爵令嬢”と囁かれ始めていた。


 カレン本人は、至って粛々と社交をこなし、夜会や茶会にも前向きに…言わば義務的に参加はしている。しかし、デビューした令嬢の本分である「良縁探し」には全くと言っていい程に無関心だと、ショーンの目には映っていた。


 年頃の令嬢達の恋話コイバナはお茶会の最も高い感心事だが、カレンはただ微笑んで話を聞く。


 素晴らしい令嬢なのに、浮いた噂のひとつもない……素晴らし過ぎて手が出しにくい…ゆえに孤高。


 カレンは口には出さないが、兄の目から見ても華やかな社交シーズンを楽しんでいるとは、とても言い難かった。


 縁談の申し入れも無い訳ではないが、コレという決め手に欠ける。


 加えて父の侯爵は末娘のカレンに甘く、縁談を急かすことも皆無だ。

 なんとなくだが、カレンの縁談は政治的観点とは離す(全く離れることは不可避だが)ことを考えているのでは、とショーンは黙考していた。


 高位貴族の縁談は、否が応でも家同士の問題となる。しかし辣腕の政治家として恐れられる筆頭侯爵は、カレンの縁談については自らは動くことはなく「お前の納得する相手にしろ」と、カレンの年の離れた兄、心配症のショーンに一任した形だった。


 ショーンは焦っていた。


 …カレンを早めに王都から遠ざけたい。


 カレンの縁談に関して、ショーンの絶対に譲れない条件だ。


 なぜならそれは、数年前の事件、第二王子がカレンを襲ったことに端を発するのだが……



 と、悶々と考えながら王城のフカフカと毛足の長い絨毯の廊下を歩き、王太子の執務室の前にたどり着いた。


 小性がショーンのおとないを告げる。


「入れ」


「失礼いたします」


 王太子は緻密な彫刻の施された、どっしりとした執務机にうつむいたまま、書類を作成していた。


「王都東地区の排水工事についての上奏をまとめてる。あと少しだから佑筆に渡す前に目を通してくれ」


「はい。承知いたしました」


 ショーンはいったんソファに腰を下ろした。


 ショーンは王太子の側近の身分ではあるが、公私に亘り王太子をサポートしている。

 年若の頃から身近に居る兄のような存在のショーンに、王太子は絶大な信頼をおいていた。

 ゆえに、人目の無いところではかなり気安い間柄と言えた。


「できたぞ」

 王太子は書類を手にショーンの向かいに腰掛けた。


「……」

 ショーンは渡された書類に目を通す。


 幼い頃から神童と言われたショーンは、皆が認める理想的な側近だ。

 切れ者なのは父侯爵譲りで、仕事の速さ・正確さにおいて右に出るものはいない。


「結構です。私が清書しましょうか?」


「いや、そこまで急がん。…相変わらずせっかちだな、佑筆の仕事を取るな」

 王太子はショーンから書類を受け取り、小性に渡しながらお茶の準備を言いつけた。


 執務室には二人だけだ。


「今日の仕事は一旦キリがついた。お茶に付き合え」

 王太子は両手を上に伸ばしてぐぐっと伸びをした。


 ショーンから見た王太子は、実に働き者だ。

 しかしきちんと休む時には休む。バランスの良さに加えて人間性も申し分なく、次期主君に相応しい器を持っていた。


「なぁお前、最近あちこちの年頃の令息に探りを入れてるそうだな」


 王太子はニヤリと腹黒い笑みを浮かべた。


 …こういった食えない所も、また王族らしい。

 ショーンは、眉を上げた。

「家族のことでは、私もいろいろと」


 言葉を濁したが、王太子は面白そうな顔を止めない。


「わかっているぞ…カレンの縁談だろ?」


「ええ、そうです」

 ショーンは率直に答える。


 王太子は「ふーん」と腕組みをした。

「まあな、お前の気持ちもわかるよ。しかし今の王都に()()カレンを任せられる男は…」


「居ませんね」

「だよな」


 ()()カレン…王太子の言わんとすることは、ショーンにはわかり過ぎるほどにわかる。

 家格や立場が釣り合うかということ以上に、知る人ぞ知る、カレンの破天荒ぶりのことに他ならない。


 と、そこで小性とメイド数人がお茶の準備で入ってきた。


 二人は黙って目の前のローテーブルに広げられる三段構えの見目麗しいアフタヌーンティーの設えを見るともなしに眺める。


 メイド達が退出し、残ろうとした小性に王太子は手で合図をして退出させた。


 二人は互いに黙ってお茶を飲む。


「王都から遠ざけたいか」


 二人とも口には出さないが、カレンの縁談については、数年前の第二王子の事件のことが根底にある。

 あの時のショーンの激しい怒りを知る王太子は、そっとショーンの心内を探った。


「…はい。できれば」


 だよな、と王太子は我が弟のしでかした過ちを悔やみ、静かにお茶をひとくち飲んだ。


「となると、王都から離れた領地を持つ高位貴族か…」


 王太子はショーンの顔を改めて見た。

 何か言いたげな表情だ。


「手回しのいいお前のことだ。もう目星はつけてあるんだろ?」

 少しいたずら気味に聞き、王城の誇るパティシエ特製の美しい焼き菓子をつまむ。


「……はい」


「誰だ? 私に何かできるか?」


「いえ……いや、はい」


「なんだ?」


「殿下、ひとつお伺いをしても?」


「なんでも聞いてくれ」


「辺境伯のダヴィネス閣下は…殿下から見てどのようなお方ですか?」


 聞くなり、王太子は「お」と目を大きく開けた。


「ジェラルドか…」


「はい」


「お前、面識はあるだろ」


「挨拶程度です」


 そうか…少し考えながら、王太子はまたお茶をひとくち飲んだ。


「一言でいうと、“男も惚れる男”だ」


 今度は、ショーンの目が見開いた。


 王太子は単に見た目のことを言っているのではないのは確かだ。


 ショーンも会ったことのある、長身のガッシリとした逞しい体躯とすべてを見透かすような美しい深緑の瞳。

 我が国の広大な辺境を見事な手腕で統べる“黒い鬼神”の働きは、ショーンもよく知るところだ。


「まあ器がデカいし懐も深い…カレンとジェラルドか…ふむ、ヤツならカレンもいいかも知れんな」

 王太子はひとり納得しながら、割ったスコーンの片面にジャムとクロテッドクリームを優雅な所作で塗りつける。


 ショーンはその様子を見つめる。自身は余程疲れた時にしか甘味は口にしないことにしていた。


 大きなひとくちでスコーンを噛った王太子はお茶で下すと、意を決したように話し始めた。


「ショーン、我ら王族…特に君主の道を歩む者には様々な約束事がある」


「存じております」


「私も例外なく、父上…陛下から言い含められたのはな、」


「?」


「“ストラトフォード家を決して敵にまわすな”」


 ショーンは思わずお茶を吹き出しそうになった。


 王太子は大真面目に続ける。

「それと…“ダヴィネス家に礼を尽くせ”だ」


「……」


 一方は国民のためにあらんとする王家のため、黒い仕事も厭わず、常に忠誠を尽くし結果を出すストラトフォード家。

 一方は辺境の地を盾に八方の地域から我が国を守る辺境の要…もうひとつの国…とまで称される誇り高き騎士の家系、ダヴィネス家。


「ジェラルドもいい年になった。いいタイミングだ」


 王太子は明るく言うと、残りのスコーンを大きなひとくちで平らげた。


「…しかし、カレンに務まるでしょうか…辺境伯夫人が」


 心配症の兄は、妹を案ずる。


 ティーカップを口許に寄せた王太子は一瞬動きを止め、次にハハッと快活に笑った。


「務まるも務まらんも、やってみないことにはわからんぞ?」


「それはそうですが…」


 辺境の厳しさを知るショーンは尚も納得がいかない。


「相変わらずの心配症だな…ショーン、そう心配するな。今は辺境も落ち着いているし…そうだな、カレンは馬が好きだろ?」


「はい」


「辺境では乗り放題だぞ。あの地を馬で駆けるのは最高に気持ちがいい。私が保証する。それにな、」


「?」


「カレンほどの令嬢でなければ、おそらく辺境伯夫人は務まらん。アレが王都での気忙しい社交やそこそこの領地の経営補佐など…すぐに愛想が付きそうだ。うん、考えれば考えるほど、これは良縁だ」

 と、お茶を一気に飲み干した。

「早くダヴィネスに書状を出して縁談の打診をしろ」


「…はい」

 ショーンはまだ完全に納得したわけではないが、言わば王太子のお墨付きだ。

 断る理由はない。


「お、言っとくが私は手出しできないぞ。下手に動いてメグに知られたくない。カレンが王都から遠く離れた辺境へ嫁ぐとわかれば、メグはなんとしても引き留めようとするだろうからな」


「心得ております」


 メグ…妹姫のマーガレット王女殿下は、カレンの信者とも言える。遊び相手だったカレンを姉のように慕っているのだ。


「あと、陛下もな」


 お前の妹は人気者だからなぁと、半ば呆れている。


「しかし陛下の近衛かげに隠し事は難しいかと」


「まぁそうだが、公の報告はギリギリがいい」


「承知しました」



 ここから実に2年の月日を費やし、ショーンは辺境伯ジェラルド・ダヴィネスの側近のフリードと緻密なやり取りを交わした末、二家の婚約を取り付けたのだった。


 後にフリードは、「あれは流石の周到な手回しだった」と、ショーンの手腕をこっそり誉めたことを知るものは、少ない。


お読みいただきありがとうございました!

なかなかまとまった投稿ができませんが、少しずつ書き溜めております。

明日は 辺境の瞳~続・カレンとジェラルド~【読み切り編】の方で一話投稿予定です。

GWの隙間時間にでもお読みいただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。

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