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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
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【最終話】尖塔にて…カレンとジェラルド

「カレン、平気か?」

 ジェラルドは少し進むごとに後ろのカレンを心配そうに振り返る。


「大丈夫よ、ジェラルド様」

 カレンは笑って応えた。


 ・


 結婚式を無事に終え、白亜のホールでの披露宴を中座した二人は今、かつて二人で上ったことのある尖塔の階段を上っていた。


 カレンはジェラルドの大きな手に引かれて、ゆっくりと階段を上る。

 これは二度目のシチュエーションだ。


 新郎新婦の中座は、当然新婚のベッドへ行くためだろうと皆は思っているに違いない。

 しかしカレンはジェラルドに、尖塔に上ることを申し出た。


 カレンはどうしても、今日のこの日のダヴィネス…尖塔からの景色…を目に焼き付けたかった。ジェラルドと一緒に。


 意外にもその理由は問わずに同意したジェラルドだが、カレンは妊娠しており、しかも尖塔の階段は長くてキツい。毎日、散歩などで適当に運動しているのを知ってはいるが、心配せずにはいられない。


 カレンはゆっくりだが、しっかりとした足取りで階段を上る。まるで一歩ずつ踏みしめるように…


 と、少し肩で息をしている。

「カレン、休憩しよう」


「まだ上れます」

「ダメだ。休憩しながらゆっくり上ろう」

「…はい」


 不満そうな顔だが、無理をしがちなカレンを止めるのは己の役目、とジェラルドは心得ていた。


 二人は尖塔の広くはない階段に並んで座った。

 手は、繋いだままだ。


 披露宴を中座したので、カレンはベールを取ったウェディングドレス姿、ジェラルドは尖塔のふもとに居た見張りの兵士に式服の上着を預けてきた。クリームベージュのベストは着けているが、タイはすでに取っている。


 カレンは、ふと手元に視線を落として、己の指に光る指輪を見た。


 左手の薬指には、個性的な婚約指輪…かつてストラトフォードのタウンハウスでジェラルド自らが嵌めてくれた…の下に、今日新たに加わった結婚指輪がある。

 金の地金にダイヤモンドが列なった、エターナルリング…内側には愛のメッセージが刻まれた…があり、右手の中指にはダヴィネス家の紋章の入った指輪だ。

 結婚指輪は出入りの宝石商の手によるものだが、紋章入りの指輪はジェラルドの亡き母、レディ・クララから引き継がれたダヴィネス領主夫人が身に付けるもので、ジェラルドの右手にある指輪と同じものだった。

 ダヴィネス家の紋章…クラウンの下のソードに蔦が絡まった意匠は、厳しい辺境の地や高潔な騎士を象徴している。


 …私、本当に辺境伯…ジェラルドのお嫁さんになったのね…


「…慣れない?」


 紋章の指輪をじっと見つめるカレンに、ジェラルドが声を掛けた。


 カレンは微笑む。

「…今はまだ。でも少しずつ、この意味や重みがわかるようになればと思います」


 ジェラルドはカレンの肩を抱くとこめかみにキスした。

「…ゆっくりだ、ゆっくりでいい…カレン」


 ジェラルドの左手薬指には、カレンと揃いだが、より男性的な結婚指輪…宝石は控え目な…が光る。



 カレンの息も整ったので、二人は再び階段を上る。


 カレンは一歩ずつ上りながら、今日一日のことを振り返っていた。


 大聖堂のステンドグラスから降り注ぐ目映いばかりの陽光、神聖な誓いの言葉、ゲストや使用人達からの温かな祝いの言葉、そしてダヴィネスの民達のあふれんばかりの笑顔…

 まだ頭は興奮しているのか、自分のことという実感が湧かず夢の中のようだ。


 そして…今はカレンの手を、その大きな手で引く、広く逞しい背中の愛するこの人…夫となった、辺境伯ジェラルド・ダヴィネス。


「あっ」


 考え事をしながら歩みを進めていたせいか、一歩踏み外してしまった。


「!」

 ジェラルドはすかさずカレンの手を引っ張り上げ、背中を支える。


「…カレン、考え事をしていると危ないぞ」

 半ば呆れ顔だ。


「…はい、気をつけます」


 危なかった。

 ここで転がり落ちるワケにはいかない。



「やっと半分だな、少し休もう」


 休憩してばかりだが、ジェラルドはカレンの息遣いをつぶさに聞き取り、強制的に休ませる。


 …ふう、やはりすぐに息が上がる。

 もう少し頑張れそうな気もするけど…


 またもや階段に二人並んで座る。


 冷静に考えると、結婚式当日に階段を上り続ける新郎新婦、という極めて珍しい状況だが、カレンはジェラルドと二人で居ることが嬉しかった。


 二人は狭い階段で、ぴったりと肩を寄せ合う。


「ジェラルド様、結婚式の時って何を考えていましたか?」

 おもむろに興味半分で聞いてみる。


「そうだな…」ジェラルドは少し上を見て考える。

「とにかくあなたが眩しくて仕方なかったから…」

 と、カレンの顔を見る。

「段取りを間違えないようにすることと…あとはウィリス卿が大泣きしていたのはよく覚えている」

 途中から笑っている。


 カレンも思わず吹き出した。

 実はカレンも兄の泣いている姿を見たし、兄の隣の父がやれやれ…と呆れているのも見えた。母は苦笑していた。


 多忙の身の兄のショーンは、今朝ダヴィネス城に到着して式に出席すると、義姉を残してその足で王都へとんぼ返りをしたので、カレンとは一瞬しか会っていない。


 姉のヘレナは「なんでいつもお尻に火が付いてるのかしらねぇ」と、兄の馬車を見送りながらため息を吐いていた。


 でもカレンは兄には感謝している。

 なによりジェラルドと巡り合うきっかけを作ってくれた人だ。いろいろあったが、頼りがいのある兄なのだ。


「泣いていると言えば…アイザック卿も…」

「ヤツは涙もろいんだ」

 カレンはふふ、と微笑む。

 アイザックとジョアンは順調に愛を育んでいるらしい。婚約も間近だろう。


 そう言えば、駆けつけてくれたアリシアも微笑みながら泣いていたわね…

 隣のカーヴィル卿が、せわしなくアリシアの涙を拭う様を思い出す。


 今朝、ダヴィネス城から大聖堂へ向かう時、カレンの部屋から馬車まで、ダヴィネス城の使用人や騎士、兵士達がズラリと並んで見送ってくれた。

 カレンにとって、ダヴィネス城は実家で婚家という形式になる。

 家族とも言える皆に見送られ、とても嬉しかった。

 モリスやエマは、先に見送ったジェラルドの時から滂沱の涙だったらしいし、カレンの見送りも泣き笑いだった。


 大聖堂までは、ストラトフォードの馬車で父母とともに行った。

 カレンの長いウェディングベールでいっぱいになった馬車の中で、父には「閣下によく仕えて幸せになれ」と言われた。厳めしい風貌の父だが、大量の純白のベールに縁取られて腕組みをしている姿…そのギャップにカレンは笑い出してしまった。


 父には「何が可笑しい」と言われたが、母も連られて笑い出したので笑いがとまらなくなり、お陰であまり緊張せずにヴァージンロードを歩けた。


「あなたが現れた時…」

「え?」


 ジェラルドはカレンを見ている。

「あなたが私を見つめて、まっすぐに祭壇まで歩いてくる様は夢にまで見たが…想像を遥かに超えていた。あれ程美しく神々しい光景は…後にも先にも無いと断言できるな」


 ジェラルドの瞳は熱を帯びて揺らめく。


「……」

 カレンはすっかり照れてしまった。


 素晴らしいティアラやドレスにヴェール、ブーケ…たくさんの人の手を借りた完璧な演出あってこその花嫁姿だったのだ。

 実際のところ、祭壇の前に立つジェラルドを目にした時、カレンもまた嬉しさと同時に畏れ多さを感じた。それほどに、婚礼服に身を包み微笑むジェラルドは神々しく眩しいほど光輝いていたのだ。


「カレン?」


 黙っているカレンにジェラルドが話し掛ける。


「私…」

「ん?」

「あなたの妻になれて嬉しいです…でも同時に、とても恐い」

 結婚当日に言うことではないかも知れないが、正直な心持ちを吐露した。


 カレンはジェラルドへ顔を向けた。

 曇りのない薄碧の瞳がジェラルドへと訴えかける。


 ジェラルドはしばらくカレンの目を見つめた後、真面目な顔をふっと崩してカレンの額にコツリ、と自分の額を寄せた。


 深緑の瞳の中の金の光彩が、静かに煌めく。


「…カレン、私はあなたに触れる時、いつも喜びと同時に畏れ多いと感じている…今もまだ信じられない気がするんだ」


「! 私もです。夢の中にいるみたいで…」


「でもあなたはこうして私の隣に居る」


 ジェラルドは、披露宴用にまとめ直され、ダヴィネスの夏の花々をあしらったカレンの頭を優しく撫でた。


「結婚式や指輪は目に見える証ではあるが、あなたの微笑みや温もりをいつも感じられることこそ、私には得難い喜びだ」


「ジェラルド…」


 カレンの瞳はしっとりと濡れている。


 二人はゆっくりと、確かめるように口付けを交わした。


 ・


「さぁ、着いたぞ」


 その後も何度か休憩を挟み、時間をかけて尖塔の屋上までたどり着いた。


 外は薄闇をまといはじめているが、見渡せるダヴィネスの景色はどこまでも広がっている。

 尖塔から望めるダヴィネス城には、二人の指輪と同じ紋章を模した旗がはためいている。

 城塞街はそこかしこに灯りがともされ、領主成婚の祝いと夏至祭の賑やかさに沸いており、尖塔からもその空気が伺えた。


 青々とした大地、切り立った山々が目の端まで広がる風景を、体を寄せ合ったまま、黙って眺める。


 カレンは体中でダヴィネスとジェラルドを感じていた。



 しばらく経って、ジェラルドがカレンのお腹へ手を滑らせた。

「今日は驚いているかも知れないな」


 カレンは笑った。

「…はい。実は朝からずっと蹴っています」

「お祭り騒ぎ?元気な子だな」

「ふふ、そうみたい…ジェラルド様、景色を見てホッとしたら、私なんだかお腹が空きました」

「私もだ。朝からろくに食べていない。何か残り物にありつこう」

「はい」


 微笑み合うと軽めにキスを交わし、下りの階段へと向かった。


 と、ジェラルドがふと足を止め、向い合わせでカレンの両手を握った。


「カレン、ダヴィネスへ来てくれてありがとう」


 ジェラルドの深緑の瞳が、背後の雄大なダヴィネスの風景と重なり、揺らめきながらカレンを包み込む。


 カレンはその薄碧の瞳にジェラルドを、ダヴィネスの風景を映し、微笑む。


 - 私はここで生きてゆく ジェラルドと共に -


 ~


 Fin

辺境の瞳~カレンとジェラルド~は一旦完結です。

お読みくださった皆様、本当にありがとうございました。

この後、不定期に番外編を投稿の予定です。

更に、もう少し広げてみたくて〈辺境の瞳〉シリーズを続けます。

つきましては、シリーズ(2)として、明日から「辺境の瞳~南部へ北部へ~」を投稿いたします!

変わらずお見守りいただけたら幸いです。

よろしくお願いいたします。

2024/05/14 鵜居川みさこ

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