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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
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【婚礼前夜の巻】独身会

 婚礼前夜。

 独身最後の夜を、男女に別れて楽しむ。


 撞球室には、ジェラルド、フリード、アイザック、そして隣国王太子のエドワードがいる。


 隣国王太子夫妻は、結婚式の付添人を務めてくれる。


 酒を嗜みながらしばらくカードを楽しんでいたが、既にエドワードはソファに沈んで高いびきだ。


「…まぁ、我らの酒量は並ではないですから」

 エドワードを見ながら、フリードは酒を一息にあおる。


 酒については、若い時から鍛えられている3人は、かなりの酒豪だ。


「でもそれ程飲んでないよな、殿下」

 アイザックは3人の中では酒に最も弱い。弱いと言っても十分強いが。


「まぁそう言うな。忙しい中来てくださったんだ。お疲れなのだろう」

 ジェラルドもグラスを傾ける。


 王太子エドワードは、数ヶ月前にもダヴィネスへ来たばかりだ。

 彼にとって、ダヴィネスはどうやら心落ち着ける場所らしい。


「しかし、やっと婚礼ですね、ジェラルド」

 珍しくフリードがホッとした表情だ。顔がほころんでいる。

「王都から帰ってからこちら、働き詰めてくれたお陰でやっとゆっくりしてもらえますよ」


「…まったく、お前は人使いが荒いぞ」


 フリードははは、と笑う。


「なぁジェラルド、お前、姫様のこといつから好きだったんだ?」

 唐突にアイザックが尋ねる。


「お、なかなか結婚前夜らしい質問ですね、ザック」

 フリードが茶化す。


 ジェラルドはふーむと考える。

「そうだな…、はっきりと自覚したのは、栗の一件の時か?」


「いや、もっと前だろ」

 アイザックはすかさず突っ込む。


「そうか…?」

 ジェラルドは首を捻る。


「自覚したのはそうかも知れないですが…明らかにもっと前から“狙って”ましたよ」

 フリードも生ぬるい目だ。


「…いつからだ?」

 ジェラルドは自分のことではあるが、まるで自覚がなかった。


「私が確信したのは、カレン様がダヴィネスに来られた時ですが…王都のストラトフォード邸でカレン様に会った時は既に…いやもしかして、その前の王宮から?ですか?」

 フリードは冷静に分析した。


「ってことは…一目惚れか?ジェラルド」

 アイザックにズバリと言われて、ジェラルドはグッとなる。


「…わからんな、一目見て興味を引かれたのは確かだが…気が付けば、とにかく気になって仕方なかった」

 ジェラルドは生真面目に答える。


 アイザックはあ~あ、ったくそれが一目惚れって言うんだよ、と酒をあおった。


「そうか…そうだったのか」

 ジェラルドは顎に手を充てて納得の顔だ。


 フリードとアイザックは、やれやれ...と顔を見合わす。


 初めて王宮で見たライト・ブルーの瞳は直ぐに扇で隠された。その後は泣き腫らした目元で…


 ジェラルドは、改めて色々な表情を見せるカレンに、どうしようもなく惹かれたことを思う。

 もちろん、ジェラルドの腕の中だけで見せる顔も…


「おい、ニヤついてるの、わかってるか?」

 アイザックが突っ込む。


「明日は間違ってもそんな顔はしないでくださいよ」

 フリードは呆れながらため息を吐いた。


「約束はできないが…努力しよう」

 ジェラルドは笑うと、一気にグラスを空けた。


 ・


 カレンの部屋では、女性ばかりの独身会が行われていた。


 部屋にはカレン、姉の隣国王太子妃ヘレナ、ジェラルドの妹のモイエ伯爵夫人のベアトリス、大きなお腹のフリードの夫君パメラがいた。


「やっとこぎつけたわね、カレン」

 ヘレナはシャンパンで既に出来上がっている。


「私、本当に楽しみです!例のティアラも!」

 ベアトリスはジェラルドとよく似た瞳をくるくるとさせる。


「領主の結婚式は、一生に一度巡り合うかどうかですものね。私は幸運だわ」

 パメラはコーディアルを片手に(本当はシャンパンといきたいところだろうが…)上機嫌だ。


「それにしても、このドレス…こんな素晴らしいウェディングドレスは見たことがないわ」

 ヘレナは、トルソーに着せてあるカレンのウェディングドレスを見ながら、ほぅっと感嘆のため息を吐く。


 その場にいる者全員が、大いに同意してそのドレスに見入った。


 城塞街にあるドレスメーカー〈FERRANTE DRESS〉のマダム ガランテの手によるそのドレスは、上半身はリバーレースの総レース、胸元から下はゆったりとしたシルクタフタで、カレンのお腹の膨らみをふんわりと包む。そして特筆すべきはウェディングベールだ。

 カレンの見出だした繊細なシルクレースによるそれは、たっぷりとした質感に真珠の様な輝きで、流れる下方に実際に(!)真珠を縫い取ってある。


 マダム ガランテ曰く「どこの王侯貴族にも劣らない会心の出来」だそうで、ベールの真珠は職人総出で縫い取ったとのことだった。


「どう?気分は?カレン」

 ヘレナが妹に尋ねる。


「…なんだか夢みたいです…ジェラルド様の妻になることがまだ信じられなくて…いまだに私でいいのかなって思う時があります」


 カレンの言葉に、三人は顔を見合わす。


「カレン様、兄が聞いたら泣きます」

 ベアトリスは眉尻を下げる。


「そうよカレンさん、ダヴィネス中がこの結婚を待ちわびて楽しみにしてるもの」

 パメラも同様に眉尻を下げる。


「そうそう。レディ モイエとレディ パメラのおっしゃる通りよ。…まあでもやっぱり一番楽しみにしてるのは…あなたのジェラルドでしょうねぇ」

 ヘレナの言葉にカレンは頬を朱に染め、ベアトリスとパメラは大きく首肯した。


 と、扉をノックする音がした。


 控えていたニコルが扉へ向かうと、モリスがカレンの両親であるストラトフォード侯爵夫妻が到着したと知らせてきてくれたようだ。


「では、私達はそろそろ失礼しましょうか」と、パメラとベアトリスは各々の部屋へ引き上げた。

 婚礼前夜は、皆がダヴィネス城へ泊まっている。


 カレンとヘレナは、両親の部屋へ向かう。


 ストラトフォード侯爵夫妻の客間には、既にジェラルドが来ており、夫妻とともにソファに座って談笑していた。


 部屋に現れたカレン、そしてヘレナを見るなり、夫妻は立ち上がって王族への礼を取った。


「ヘレナ王太子妃殿下、ご無沙汰しております。お変わりはございませんか?」

 ストラトフォード侯爵夫妻が長女ヘレナへ挨拶をする。


 ヘレナはまぁ、と呆れる。

「…お父様ったら…お母様も!久しぶりなのにいくらなんでも他人行儀過ぎです!」


「わかっておる。形式だ、形式。お前は公式に来ておるのだからな」

 と、侯爵はさも当たり前だと言わんばかりだ。

 いつもと変わらず厳めしい面差しではあるが、娘二人に会えたからか王都にいるときとは雰囲気が異なる。


「私はこの通り、元気ですわ」

 お二人ともお変わりなくて安心しました、とヘレナは久しぶりの両親との対面を喜んだ。


「お父様、お母様、この度は遠いところありがとうございます」

 カレンは父と姉のやり取りに笑いを堪えながらも、律儀に両親へ礼を述べた。


「辺境へ来たのは久しぶりだが、閣下がよく治めておられるお陰で昔とは違って道も領地内も整っていて驚いた。今、閣下と話していたところだ」

 と、ジェラルドを見る。


 ジェラルドは「恐縮です」と微笑む。


「お母様、お疲れではないですか?」

 母は根っからの賑やかな王都好きなので、辺境への長い道のりに辟易しているのではないか、とカレンは母を気遣う。


「心配ないですよ。閣下のお気遣いで、道すがらの領地でも心地よく過ごせましたから」

 母の言葉に、カレンはホッとする。


 ジェラルドが何くれとなく、カレンの両親のために気をまわして心を砕いてくれたことがありがたかった。


「カレン、女性達の独身会は楽しめた?」

 ジェラルドがカレンへ尋ねる。


「はい、心置きなく楽しめました。皆さん明日を楽しみにしてくださっています」

 カレンは微笑んで答える。


 レディ ストラトフォードは、二人の様子を見てまあ、という顔をした。


 ジェラルドは続ける。

「そうか、それは良かった」


「男性の独身会はいかがでしたか?」


「いつもの面々だが…殿下もおられることだ。今日は明日に備えて控えめに飲んだ」

 と、ヘレナを見る。


「…ジェラルド、あの人お酒はあまり強くないのよ。ご迷惑を掛けなかったかしら?」


「いえ、ご心配には及びませんよ義姉上。ご機嫌でお眠りです」


 まったくもう、とヘレナは笑う。


 カレン、ジェラルド、ヘレナの3人のやり取りを見るにつけ、ストラトフォード侯爵夫妻は、まるで本物の家族、いやそれ以上のすっかり打ち解けた様子に少し驚いた。


 この気のおけない関係は、三者三様の重責を担う者同士にとって必ず良い方向へと向かうと確信を得た筆頭侯爵家当主は、その光景を喜ばしく、また頼もしく感じていた。


 そしてカレンの母、レディ ストラトフォードは…“鬼神”と吟われる辺境伯の娘への柔らかな眼差しを見るにつけ、心からの安堵を覚えたのだった。


 ・


 カレンの両親であるストラトフォード侯爵夫妻に挨拶を終えた結婚式前夜の真夜中、カレンの部屋の前で、カレンとジェラルドは向き合った。


 今日はしきたりに習って、別々の部屋で眠る。

 次に会うのは、教会の祭壇の前だ。


「おやすみなさい、ジェラルド様」


「おやすみ、カレン」

 ジェラルドはカレンの額にキスを落とした。


「……」

 カレンは無言でジェラルドの顔をまじまじと見る。


「どうかした?」


「独身最後のジェラルド様をちゃんと見ておこうと思って…」

 カレンはいたって真面目な顔だ。


 ジェラルドははっと笑い、カレンの腰に手を回しすっぽりと腕の中へカレンを囲うと、優しく髪を撫でる。


「やっとだ、カレン。明日になれば、やっとあなたを妻と呼べる」

 ジェラルドは微笑む。


「…はい、あの…」


「ん?」


「私、少し緊張しています」


 ジェラルドはカレンの頬を優しく包んだ。

「私も緊張している」


「ジェラルド様も緊張なさることがあるのですか?」

 カレンはさも意外だと言わんばかりだ。


「恐らく…今までの人生で最も緊張していると言っていいぞ」

 と、カレンの頬を親指で優しく撫でる。

「ストラトフォードの邸であなたと初めて会った時も緊張したし、ここへあなたを迎えた時も」


 そうだったのですね…カレンは、ふふ、と笑った。

 またジェラルドの新しい一面を知れたことが嬉しい。


「しかし、今は緊張よりも楽しみが勝るな。あなたの花嫁姿が楽しみで仕方ない」

 と、カレンの額へまたキスを落とした。


「…私も…楽しみです」


 二人は体をぴたりと着けて、口づけを交わした。


「…ジェラルド様、カレン様、そろそろお休みに…」

 控えていたモリスがさも言いにくそうだ。


「わかっている」

 ジェラルドは少し不満げだが、しきたりには従うらしい。


「カレン、また明日」

「はい、ジェラルド様、また明日…お休みなさいませ」


 二人の繋いだ手は離れがたく、互いの指先には明日への期待と喜びの感触が残っていた。

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