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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第三章
65/75

65.【婚礼前夜の巻】文官:アイリス・モナハン

※結婚式の準備にまつわるアレコレ話です。


 日増しに暖かさが増し、爽やかな風が吹き抜ける季節。


 1ヶ月後の夏至祭の前に行われる領主の成婚を前に、ダヴィネス中が喜びに沸き立っている。


 ダヴィネス城では様々な準備が整えられ、カレンは忙しいながらも充実した日々を過ごしていた。

 カレンの妊娠に伴い、結婚式は当初の予定よりずれ込んだ形となったが、今のところ調整はうまくいっている。


 結婚式には、カレンの両親のストラトフォード侯爵夫妻に兄夫婦、親友のアリシアと夫のカーヴィル卿も赤ちゃんを連れて来る。

 王太子も来たがったが調整が難しく、王家の名代として王族に連なるウィンダム公爵が来ることになった。


 更に、隣国の姉夫婦…つまりは王太子殿下のエドワードと妃殿下が付添人として来てくれることになっている。今回は息子達は留守番だ。

 カレンの親族が大集合となる。



 ディナーの後、いったん自室に戻ったカレンは、宵の庭を散歩したくなった。


 カレンは最近、とみに食欲が増した。

 妊娠のせいだが、食べても食べてもお腹が空くのだ。

 元々食は細い方だったので、ジェラルドは「やっと人並みだな」などと茶化すが、姉のヘレナには「あまり体重が増えると戻すのが大変だから気をつけて」と言われていた。

 なので、食後の散歩は腹ごなしにも最適なのだ。


 ダヴィネスは国の北方に位置するので、暖かな季節は夜の訪れが遅い。

 宵と言ってもほの明るい風景は、カレンには新鮮だった。


 ジェラルドは王都に行っていた間の仕事が溜まっており、連日忙しい日々だ。

 今日もカレンとは朝食に顔を会わせたきりだった。


 カレンはジェラルドを散歩に誘おうかとも思ったが、ディナーも共にできない忙しさだ。仕事の邪魔はしたくなかった。


「お嬢様、明日は午前から婚礼衣装のチェックですから、お早めにお休みになりませんと…」


「わかってるわよ、ニコル。でもこの明るさよ?早く眠るなんてもったいないじゃない?」

 カレンは口を尖らせる。


「…わかりました。護衛を呼んでまいります」


 ニコルは、半分やれやれ…という顔だが、結婚式を控えた身重のカレンの気分転換は必須だ。



 ニコルとハーパーを伴い、庭を散策する。


「こんばんは、レディ」

 夜警番の騎士達がカレンに声を掛ける。


「こんばんは、ご苦労様です」


 庭にあるガゼボに座ろうかと思ったが、通称“木立の森”と言われる庭を歩くことにした。

 森といっても、足元は石畳の歩道が整備されており問題はない。


 カレンはゆっくりと歩みを進める。


 薄明かりの中で生命力に溢れた木々は神秘的に輝き、カレンを魅了して止まない。


 カレンは思い切り深呼吸した。濃い空気が体に取り込まれる。

「…はぁ、いい気持ち…」


 と、木立の中にあるベンチに誰か腰掛けているのが目に入った。


 俯いた姿勢の…

 女性?


 軍の制服ではあるが、兵士や騎士のそれではない。


「レディ、お待ちください」

 ハーパーも気付きカレンを制そうとするが、カレンは聞く耳を持たずベンチの人物に近寄った。

 危険は感じない。


「…アイリス?アイリス・モナハンではない?」

 カレンは見覚えのある横顔に声をかけた。


「…え?…レディ?」

 ベンチに座る人物は、ハッとしてカレンの方へ顔だけ向けた。


「…! やっぱりアイリスね」

 でも…


 アイリス・モナハンなる人物の顔は、涙に濡れていた。


 アイリス・モナハン…ダヴィネス城の文官のひとりで、まだ珍しい女性の文官だ。

 主に家令のアルバートの元で仕事をしているが、軍の仕事もこなす優秀な人物だった。


 生家は城塞街で手広く商売をするモナハン商会で、アイリスは末娘だ。モナハン商会はアイリスの上に男兄弟が多数おり、家業を継いでいる。

 アイリスは生家の手伝いをしていた所を、モイエ伯爵がダヴィネス城の文官に推挙したのがきっかけで、今の職に着いた経緯がある。


 年の頃はカレンより少し年上だろうか。

 年齢よりも大人びた風貌で、いわゆるクールビューティだ。


 今はカレンとジェラルドの成婚専任係として、カレンともよく顔を合わせる仲だ。


 目端が効き、なおかつ完璧な仕事ぶりに、カレンもすっかり信頼を寄せていた。

 むくつけき男所帯のダヴィネス軍において、颯爽と仕事をこなす様はカレンも尊敬している。


 そんな彼女が、森の中でひとり、泣いている…


 カレンは、これはどうしたことかとアイリスに駆け寄った。


「アイリス…?いったいどうしたの?」


「あ、あの私…」

 アイリスは戸惑いを隠せない。

 その間にも、涙は止めどなく流れる。

 いつも城で見る姿とは欠けはなれ、頼りなげだ。


「ニコル、ハーパー、しばらく二人にしてもらえるかしら?」


 カレンは人知れず涙するアイリスの心情を慮り、二人に言った。


「…しかしレディ、あっ」

 ニコルはいち早くカレンにクッションとブランケットを手渡すと、残ろうとする真面目なハーパーの腕を掴み、一礼してさっさとその場を立ち去った。


「アイリス、お隣、いいかしら?」


「は、はい…」


 カレンは、手渡されたクッションをベンチに置くと座った。


「すみません、レディ…」

 アイリスは手で涙を拭うが、やはり後から後から雫が頬を伝っている。


 カレンは、思いきってアイリスへ体を着けると、片手で肩を抱いた。


「…うぅ…」


 アイリスはカレンの体の温かさにホッとしたのか、声を上げて泣いた。


 …泣きたいときは、思い切り泣いた方がいいわ。



 カレンは黙ったまま、アイリスの隣にいた。



 しばらくそうしていたが、やっと涙の収まったアイリスが口を開いた。

「レディ…お見苦しいところを…申し訳ありません…」


「ううん、気にしないで。あいにく何も拭くものを持っていなくて…ごめんなさいね」


「そんな!お気遣いだけで十分です」

 顔を上げてカレンを見たアイリスの目は、赤く腫れている。


 少し寒くなってきた。

 気候は暖かくなったが、夜はまだ少し冷える。


 カレンは手に持ったブランケットをアイリスの肩にかけた。


「! いいえそんな!」

 アイリスは固辞しようとする。


「いいから…」

 カレンは微笑みながら、ブランケットをしっかりとアイリスに巻いた。


「…ありがとうございます。レディ…」


 やはり、今のアイリスは消え入りそうに心許ない。

 いつまでもここにいてはダメだわ。


「ねえアイリス、もう仕事は終わったのよね?」


「…はい」


「あなた…確か通いだったかしら?」


 アイリスは城塞街の生家からダヴィネス城へ通勤している。


「あ、はい。でも、仕事が忙しい時は…今は泊まりです」


 そうなのね…

 ならば


「ねえアイリス、ちょっとだけ私に付き合ってもらえないかしら?」

 にっこりと笑い、アイリスを誘う。


「え?」

 アイリスはキョトンとした。


 ∴


 カレンの部屋。


 カレンはソファにゆったりと座る。

 向かいにはニコルが座り、隣にはアイリスが座っている。


 アイリスは緊張した面持ちだ。


 ローテーブルには缶に入った焼き菓子やガラスのポッドに入ったキャンディ、スミレの砂糖漬けなどが置かれていた。


「アイリスはお酒は飲めるの?それともお茶がいい?遠慮しないでね」とのカレンの問いには、「では、お茶を…」と戸惑いつつ答えた。


 ニコルが二人分のお茶と、カレンのためのホットミルクを準備してくれた。

 ニコルは心得たもので、自分とアイリスの分のお茶を注いだ。


 ずっと戸惑ったままのアイリスに、ニコルが「どうぞ」とお茶を手渡しながら…

「アイリス様、お嬢様の“小さなお茶会”へようこそ」

 と、スミレの砂糖漬けを、ひとつパクリと口に入れた。


 アイリスが緊張しないように、ニコルが砕けた態度で居てくれることがありがたい。


 ストラトフォードの領地に居た幼い時から、カレンはメイドや侍女達のお茶の時間に混ざり、彼女らのおしゃべりを聞くのが大好きだった。


 流行から美味しいもの、恋愛から人間関係まで、実に様々な話がのぼる。

 時にあっと驚くような情報を握る者もいて、カレンは楽しみつついつも感心していた。


 ダヴィネス城に来てからは、仕方ないとはいえ使用人とはそれほど砕けた関係ではないので、少し寂しい思いもしていたのだ。


「では、いただきます」

 アイリスはお茶を一口飲んだ。

 ほぅ、と一息つく様子を眺めると、少しは落ち着いたようだ。


 立場も役割も違う三人の“小さなお茶会”は、気負いなく行われた。



「ウォルター…って、あのウォルター…副官?」

 カレンは思わずは?という態度になった。


 取り留めのない話題から、アイリスが自ら今日の涙の理由をぽつりぽつりと話し出したのだ。


「…はい」


 見ると、ニコルもえー?という驚きの表情だ。


 アイリスの思い人は、軍のウォルター…少し頼りなげだが、ジェラルドやフリードからは全幅の信頼を得ている。今は東部にいるはずだ。


 ウォルターに対するカレンの印象はと言えば…冗談のひとつも言わない(いや、言えない)ような真面目さで、カレンやジェラルドを少し離れてじっと観察している…といった感じである。


 どちらかと言えば、女性が苦手?とカレンは思っていた。

 色恋とはかけはなれているような…。


 言っては悪いが、ダヴィネス軍の騎士の中には見た目も中身も優れた人格者も数多く存在する。なのに、なぜよりによってウォルター?


 いや、人の好みにどうこう言ってはいけない。


「今日、東部から交代の騎士と兵士が帰還しまして…」


 なんでも、ある騎士曰く、ウォルターと東部シャムロックの女性が「いい仲」とのことで、ウォルターに思いを寄せていたアイリスはショックを受けたらしい。


「あの、差し出がましいですが、アイリス様とウォルター副官は…お付き合いをされていたのですか?」


 ニコルがかなりズバリと聞く。

 カレンも気になるところだ。


「あの…いえ、そういうのでは…」

 アイリスは年頃の娘らしく、恥らいを見せた。


「では、思いは伝えられては?」


「…いえ」


 カレンとニコルは顔を見合わせた。


 では片思い?にしては、あの涙は身に迫るものがあった。


「ウォルターとは、幼馴染みなのです」


 カレンとニコルはふんふんと話の先を促す。


「ウォルターの家とは近くて、昔から家族ぐるみの付き合いで…」


 聞けば、ウォルターの家は城塞街ではよく知られたベーカリーとのことだ。しかしベーカリーは兄夫婦が継いだ。ウォルターは手先の器用さはないが、幼い頃から勉強がよくできた。ダヴィネス軍へは兵士として入隊したが、剣技や弓技よりも机上の業務で頭角を表し、副官まで上り詰めたとのことだった。


 後を追うように文官としてダヴィネス城へ入ったアイリスだが、ウォルターはアイリスに対してかつてのような気安さはなく、どちらかと言えばそっけない。

 廊下で会っても笑いもしないどころか、目も合わせないとのことで、アイリスは常々寂しい思いをしていたと言う。


 アイリスはと言えば、その名のごとくスッとした美しい佇まいで、仕事もそつなくこなし、年寄りの先輩文官や騎士達からも可愛がられ、皆に頼りにされている。

 カレンも婚儀についてのアレコレを相談したり段取りをつけてもらっており、その対応や人当たりの良さに感心していた。


 …東部でどうだか知らないけど、ウォルターに“いい仲”の女性なんて…何かの間違いじゃないのかしら?

 カレンは頭を傾げる。


「アイリス様は、ウォルター副官のどんな所がお好きなんですか?」


 ニコルはアイリスのティーカップにお代わりのお茶を注ぎながら聞く。


 さすが、うちの侍女は如才ない。


「あの…真面目であまり融通が効かないけど、とても純粋で…優しいところ…かな。昔はよく一緒に遊びました。末っ子同士なので、なんとなく気心が知れていて…」

 はにかむアイリスはいつものクールな雰囲気ではなく、ふんわりとした空気を醸し出す。


「東部でのこと、本当なのかしら…」

 カレンは呟く。


 コンコンと、ノックの音で、3人はハッとする。


 モリスが「失礼いたします」と入ってきた。

 一瞬、お茶会の様子に目を丸くしたが、直ぐに元の顔に戻りコホンとひとつ咳払いをした。


「お楽しみの所申し訳ございません。カレン様、夜も更けてまいりました。ジェラルド様はディナーがお済みでごさいます」


「あ!」


 カレンは慌てて時計を見る。

 “小さなお茶会”の楽しさに、すっかり時が経つのを忘れていた。

 カレンは入浴すらまだだ。


 モリスは暗に「ジェラルドが待っている」と言いたいに違いない。


「あの、私は失礼いたします!すっかり長居をしてしまって…」

 とアイリスは申し訳なさそうに言うと立ち上がった。


「いいえ、引き留めたのは私です。アイリス、お付き合いしてくれてありがとう」

 カレンも立ち上がると微笑んだ。


「そんな!滅相もないですレディ。あのままだと私…どうなっていたか…」


「いいのよ。…アイリス、今日は眠れそう?」

 カレンは森の木立の中でひとり涙する横顔を思い出す。


「…はい!考えても仕方のないことですから…」

 アイリスは少し寂しげだが、小さく微笑んだ。

「あの、レディ…」

 と、声を落とす。


 カレンは「ん?」とアイリスに近寄る。

「今日のお話は、どうかここだけに…」

 と、少し心配そうだ。


「ふふ、わかってるわ。大丈夫よ、アイリス」

 女の子の恋話コイバナは、いつでも秘密にくるまれる。


 アイリスはホッとすると、「失礼いたします」と言い、部屋を辞した。


 ∴


「でも、信じられません、私」


 ニコルがカレンの入浴の介添えをしながら、アイリスの話であろうことの感想を言う。


 カレンはいつもより簡単に入浴を済ませることにした。ニコルがカレンの背中にお湯をかける。


「アイリスが?ウォルター副官が?」


「どちらもです!」


「でも、人の好みってわからないものよ。じゃない?」

 と、振り返りニコルの顔をイタズラっぽく見る。


 ニコルの手が一瞬止まる。

「! 私のことはいいんです」


 ハーパーとのことは進展があったのかしら?

 カレンは心の中でニンマリとする。


「…お嬢様、ウォルター副官のこと…」


「そうねぇ…」


 カレンはぬるめのお湯に浸かると、ふむ...と腕組みをした。


 東部での真相を確かめたくはある。

 しかし、誰に聞くにしても、カレンがウォルターについて聞くとなれば理由がいる。

 “小さなお茶会”のアイリスとの約束は守りたい。守りたいが…


「恋の架け橋、なさいますか?」

 ニコルはカレンの体を拭くと、ナイトドレスを着せた。

 カレンはかつて親友のアリーと夫のカーヴィル卿の恋の橋渡しをした。

 単なるきっかけに過ぎなかったが役に立てたことが嬉しかったし、思い合う二人の結婚式は今思い出しても幸せな気分になる。


「うーん、まずはやっぱり、事実確認かしらね…」


 ∴


 ジェラルドが上掛けも掛けず、顔だけ横に向けてうつ伏せで眠っている。

 カレンが部屋に入っても起きそうにない。


 すっかりお待たせしたしまったわね

 でも珍しい…お疲れかしら…


 カレンはそうっとベッドに上がると、ジェラルドの寝顔の直ぐそばに横たわった。

 カレンの気配にも起きず、眠ったままだ。


 気配に鋭い人なので、眠るジェラルドを見ることは滅多にない。

 カレンは横たわったまま、寝顔を観察する。


 男性にしては、長いまつ毛だ。

 眠っていてもなお端正な顔立ち、スッと通った鼻梁、秀でた額には髪がかかっている。

 カレンは髪を避けようとして、手を止めた。


 たぶん、触ると起きちゃう。


 今はこのままで…。



 ふわりとした温かさの中でふと目が覚めた。

 どうやら、ジェラルドの寝顔を見ながら眠ってしまったらしい。


 今はちゃんと上掛けが掛けられ、目の前のジェラルドの顔は微笑んでいる。

 もちろんいつもの魅力的な深緑の瞳で。


 カレンはモゾモゾとジェラルドに近寄り、チュッと軽めのキスをした。


「こんばんは、ジェラルド様」


「…やあ、こんばんは、レディ・カレン」


 二人はクスクスと笑い合う。


「今日は楽しそうな集まりをしていたらしいな」


 モリスね、さすがに耳が早い。


「はい、“小さなお茶会”です。ニコルと…アイリスとで」


「アイリス……モナハン?」

 ジェラルドは意外そうな反応だ。


 カレンは頷く。


「そうか、彼女は結婚式の担当だったな」


「ええ、でも、今日は違って…」


 ジェラルドは「?」という顔だ。


「…これ以上はお茶会の秘密なので言えません」

 カレンは律儀に約束を守ろうとする。

「でも…」


「…でも?」

 ジェラルドはカレンの首にかかった長い髪を丁寧に後ろへ流す。


「ジェラルド様、ひとつだけ、どうしても知りたいことがあって…」


 ジェラルドの大きな手が、カレンの顔を優しく包む。


「…アイリス・モナハンに関すること?」


「そうとも、そうでないとも言えます」


 ジェラルドの手に少し力が入り、カレンの口を塞いだ。

 ゆったりと甘い口付けにカレンはうっとりとする。


「話して」


 唇が離れると、ジェラルドは促した。


 カレンは思いきって聞くことにする。

「ウォルター副官が、東部で、その…女性と親しい間柄になったというのは、本当ですか?」


 ああ、なんて言いにくいんだろう。

 カレンは心の中で悪態をつく。


「ウォルター?」

 ジェラルドは、今日は登場人物が多いな…、と言いながら考える。

「なぜそんな話が出てくるのかはわからないが、ヤツにそんな余裕はないだろう…で、なぜ?」


 やっぱり聞いてきた。

 アイリス、本当にごめんなさい。


 カレンは心のなかでアイリスに謝る。

「実は…」と、森で泣いていたアイリスを見つけた下りから、ジェラルドに話した。


 ジェラルドは黙って話を聞いている、が…

「…ジェラルド様、なぜ笑っていらっしゃるの??」


 話の途中から、ジェラルドの目が、口許が、面白そうに笑っている。

 真面目な話なのに…なぜ???


「あぁ、いやすまない」

 言いながら、カレンの体を優しく抱き締める。

「…ウォルターか…なかなか罪な男だな。私も真相のほどはわからない。ただ、部下には敵地での女性関係には重々気を付けるよう教育をしている。ヤツは近々東部から帰ってくる予定だ。その時に聞いてみるか…」


「ジェラルド様が?」


「ダメか?」


 ダメも何も…最も手っ取り早くはあるが、いいのだろうか。


 そんなカレンの顔を見て「なに、雑談のひとつだ」とジェラルドは事も無げに答えた。


「…わかりました。ありがとうございます」

 と、カレンはジェラルドの頬に口付ける。


「…少し足りない」

 瞳を揺らめかせると、ジェラルドはすぐさま深く口付けた。


 ∴


「…は?、私がシャムロックの女性と…ですか?」


 数日後、ウォルターは数ヶ月ぶりに東部から帰還し、その報告を兼ねてのランチの席。

 ジェラルド、フリード、アイザックをはじめ、各師団の団長職に着くものが同席していた。


 一通りの報告を終えると、労いを込めた雑談となった。

 そこでジェラルドは「耳にしたが…」と、シャムロックの女性のことをウォルターに聞いた。


 ウォルターは、寝耳に水、と言った顔だ。

 フリードやアイザックも、なんだそれは、という顔だ。


「ウォルター、お前やるな」

 アイザックが冷やかす。


「いえ、誤解です!なんの冗談ですか!」

 ウォルターは本気で焦る。


「…ウォルター、シャムロックは元敵地だ。油断は大敵だぞ…まさか軍の心得を忘れた訳ではなかろうな」

 フリードがすごむ。


「まぁ待て、全てが悪い方に働くとは限らない」

 ジェラルドが仲裁する。

「で、実のところはどうなんだ?」

 しかし、追及の手は緩めない。


 ウォルターは、職務とは関係のない部分での覚えのない追及(それもジェラルド自らの)にタジタジだ。

「ち、誓って申し上げますが、そのような事実はありません」


 3人はうろんな目でウォルターを見る。


「しかしジェラルドの耳にまで入ってるんだぞ。心当たりがあるだろう」

 フリードが突っ込む。


 ウォルターはふむと考える。

 噂になる何か…


「ああそう言えば、シャムロックの顔役の娘に言い寄られたかも知れません」


 フリードとアイザックが「は?」とウォルターを見る。


「…かも知れない?」

 フリードは後輩の言葉のあやふやさが気にくわない。ゴゴ…と怒りの気配が濃くなる。


「ま、待ってくださいフリード卿!」

 フリードとの会話でどっち付かずは禁物だ。


 ウォルターは記憶を必死に掘り起こし、説明をはじめた。


 東部シャムロックの民達とは、問題なく良い関係を築けている。そんな中、見回りを兼ねた視察で、シャムロックの顔役が余計な気をまわした。調整役として長期滞在中のウォルターの慰めに我が娘はどうかと。恐らくあわよくば独身のウォルターに嫁がせようと目論んだらしい。


「…よくある話ではあるよな」

 アイザックも心当たりがあるようだ。


「いくら私でも、元敵地で据え膳を食らうような愚かな真似はいたしません」

 断りはしたが、顔役はかなりしつこかったとのことだ。

「軍の心得を破るような真似は…決してしません」

 ウォルターはキッパリと言い切った。


 噂にした騎士達は、ウォルターを冷やかしたに過ぎない。


「そうだったのか…」

 ジェラルドはウォルターの真剣な目を見て呟いた。


 ∴


 ジェラルドは、事の子細をカレンに話した。


 カレンの部屋でお茶を共にしている。


「そう…だったのですね」

 カレンはカップ&ソーサーをテーブルに置いた。


 ニコルも聞いている。


 …ならば、アイリスには望みがあるわね。


「カレン、恋のキューピッドもいいが、ウォルターは今仕事がおもしろいと見ている。だから、」


「わかっています、ジェラルド様」


 ジェラルドはおや、という顔だ。


「人様の恋路の邪魔はいたしません。私は事実が知りたかったまでなので」

 と、カレンはニッコリとジェラルドに微笑んだ。


 …さて、どうだかな…

 ジェラルドは半信半疑だが、カレンの役に立てたならよしとした。


 ∴


「レディ、こちらがゲストのリストです」


 アイリス・モナハンが、カレンの自室に訪れて結婚式・披露宴の打ち合わせをしている。


 今日のアイリスは、いつもの颯爽とした雰囲気だ。


「アイリス、例のこと…真相がわかったの」

 カレンの言葉に、アイリスは目を見開いた。


 部屋にはニコルしかいない。


「あなたの心配するようなことは、何もなかったそうよ」


「え?」


 アイリスの反応に、カレンは微笑む。


「なぜ本当のことがわかったのかは、聞かないでね。でも、確実な筋からの情報だから安心してね」

 カレンは付け加えた。


 ニコルが口許を押さえて笑っている。

 “確実な筋”…ジェラルドからの情報以上に確実なものなど無い。


「は、はい。ありがとうございます。レディ」

 アイリスはカレンに頭を下げた。


「…で、あなたはどうするの?アイリス?」

 カレンは少しの好奇心から聞く。


「あの…私は仕事を頑張ります」


 ん?

 カレンは予想外の答えに少し驚く。


「ジェラルド様とレディの結婚式を無事に終えることができたら、自分の仕事を全うできたら…その時にどうするか、考えます」


 アイリスの顔は溌剌としている。


「そう」

 アイリスにはアイリスの考えがあるものね…

「では、引き続きよろしくね、アイリス・モナハン」


「はい!レディ・カレン」

 生き生きとした、嬉しそうな顔だ。


 カレンから噂の真相を聞いたからかどうかはわからない。しかしカレンは、余計な手出しはしないことに決めた。


 ∴


~カレンとニコル~


「きっと、意識し過ぎてると思います」


「...誰が?誰を?」


「ウォルター副官が、アイリス様を」


「そうなの?」


「私、見ちゃったんです。ほとんどの使用人を集めての、ご成婚の大きな打ち合わせの時、前で喋られるアイリス様を見る、ウォルター副官を」


「…どんな顔だったの?」


「目が…熱いというか、なんていうか、ちょっと眩しそうな?…いつもの真面目~な感じではなかったですね」


 さすがはニコルね。

 なるほど…となれば、あとはタイミング…

 いや、ダメだわ。


「ダメよ、ニコル」


「え?何がです?お嬢様」


「見て見ぬふり、よ」


「…わかっております、お嬢様」

 ニコルは、ニッと心得たと言わんばかりだ。


 ウォルターもアイリスも、ダヴィネスにとって大切な人達だ。

 二人の恋の行く末がどうなるにしろ、見守るのが自分の役目だとカレンは思えた。

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