前日譚-カレン・ストラトフォード嬢について-
※カレンとジェラルド、二人が会う前のお話です。
「いきますよ。
カレン・ストラトフォード嬢、年は19、言わずと知れた筆頭侯爵家のご令嬢です。ストラトフォード家の一男二女の三人兄妹の次女、末っ子ですね。兄のショーンはご存知のウィリス卿、上の妹のヘレナ嬢は6年前に隣国の王太子妃として輿入れ、カレン嬢はデビュー3年目の社交界の華ですが…」
ダヴィネス城の執務室で、忙しい政務の最中、昼食を手早く取りながら書類に目を通すジェラルドに向かい、フリードが説明し始めた。
もう何度目かわからない、ダヴィネス領主への縁談話。
あらゆる令嬢との縁談を『忙しい』の一言で断り続けてきたジェラルドへ今回紹介するのは、筆頭侯爵家のご令嬢だ。
この縁談は、侯爵家の次期当主ウィリス卿からの直接の打診だった。
ダヴィネス領主ジェラルドは、今年で27才の男盛り。
戦況の落ち着いた今、そろそろ身を固めても良い頃合いだろうと、側近のフリードは侯爵家からの申し入れをいったん預かった。
ジェラルドはなんだ?とフリードを見る。
「“孤高の侯爵令嬢”の二つ名で呼ばれています」
「孤高…?」
ジェラルドは不思議そうに聞く。
「はい」
どこを取っても大変ご立派なご令嬢ですが、ご立派過ぎるようで…
とフリードは続ける。
「高貴な身分に加え、王族にも近い間柄…陛下や皇后陛下の覚えもめでたく…王女殿下の遊び相手もされていました。加えて姉は隣国王太子妃となれば、そのブランド力の高さは天井知らずです。気軽に声を掛けられる相手ではないので、今の王都には釣り合う令息はいないかと」
「そこまでか、それで孤高か」
「ええ。加えて、あの過保護な兄、なにより…本人に積極的な結婚の意思はあまり感じられないとのことです」
「…ふーん」
ジェラルドは興味があるともなしとも取れる相づちを打つ。
それに加えて…とフリードは続ける。
「第二王子が随分前から、執着しているのはわりと知られた話で」
「なに?第二王子だと?」
「はい。単に幼馴染みからの恋慕ともとれますが…」
第二王子セオドアについてはいい話を聞かない。
これは何か裏がありますね、ウィリス卿の過保護ぶりも無関係ではないでしょう…また探っておきましょう。
とフリードは呟く。
「しかし、ご令嬢ご本人に関しては悪い噂は皆無です。むしろいい噂しかないですね。使用人にしろ、王家の関係者にしろ、行きつけの店にしろ…」
「へえ」
ジェラルドは書類をいったん横に置き、フリードの話をまともに聞いている。
「見た目に反してかなり気さくな性格のようです。ウィリス卿は…実は社交嫌いだとも言ってましたね」
ジェラルドは思わず吹き出した。
筆頭侯爵家の令嬢が社交嫌い…聞いたこともない。
「特に、ストラトフォードの領地ではかなりの自由さで…使用人や領民にも分け隔てなく接し、王都での仕事が忙しい侯爵や兄の名代もこなしているとか」
フリードは、父はカレンには甘いんだ、とこぼしたウィリス卿を思い出す。
「趣味は…表向きは読書に刺繍、オペラ鑑賞、チェスはかなりの腕前で…まぁこれらはごく普通ですが…領地では暇さえあれば乗馬に明け暮れて、育成牧場の方も手伝っているそうです。あ、確か狩りもするとか。勇ましいですね」
ジェラルドは、話を聞きながら腕組みをした。
侯爵令嬢が狩り…イメージがまったく掴めない。
「交友関係はごく限られています。身辺には大変気を付けてるようですね…親友と呼べるのは1人で、えーと、アリシア・ミラー伯爵夫人。領地繋がりで」
「ミラー…カーヴィル卿か」
「はい」
…食えない奴だが仕事はできる。悪い男ではない。
確か結婚してから人が変わったようだと耳にした。
「これで一通りです」
フリードは締めくくった。
「…会えるか」
「! ええもちろん、そうですね…シーズン初めの祝賀会…は難しいかもしれませんが、その後の夜会のいずれかで。ウィリス卿と調整します」
珍しく乗り気のジェラルドに、フリードは驚きながらも期待を持つ。
我が主君の春を願って…。