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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第二章
44/75

44.【番外編】煌めきのスフェーン(上)

※12月の晩餐会の準備をしていた頃のお話です。

 晩餐会の準備を進める中、カレンはもうひとつ準備したいものがあった。

 ジェラルドへのプレゼントだ。


 何か贈り物を贈りたいと思ってはいたが、なかなか思うものがなかった。しかし年末の晩餐会は良い機会なので、愛と感謝を込めて準備したかったのだ。



 カレンは、自室の鏡台にある宝石箱へ向かう。

 ストラトフォードの家から持ってきたもので、デビューの際にジュエリー入りで両親から贈られた。

 宝石箱の一番下の引き出しを開けると、小さな黒のベルベットの巾着を取り出し、中身を手のひらへ出す。


 ストンと掌の真ん中に収まるそれは、グリーンの原石だ。


 スフェーン。

 その原石。


 このとても珍しい宝石は、グリーンの中に金のファイアが幾重にも煌めく大変希少なものだった。


 ※ファイア…宝石に取り込まれた光が、宝石の中を通りながら屈折と反射を繰り返しプリズムのように分散し光となって輝く様。


 カレンのデビューを控え、ストラトフォードのタウンハウスへ宝石商を呼び、母がカレンのために(自分のためでもあったが)あれこれとジュエリーを物色していた。

 母の隣で、カレンは目の前に広がる眩いばかりのジュエリーの数々をよそに、端にコロリと無造作に置かれていたスフェーンの原石に目を止めた。


 長年の付き合いの宝石商は、商売とはまた別に珍しい原石の話をするのも好きだった。

 カレンは、淑女として知識と審美眼を養うために幼い頃から数々のジュエリーに親しんではきたが、どちらかと言えば原石の話や宝石の云われの方に興味があった。


 このグリーンのスフェーンも話のネタのひとつだった。


 東方の山中でごく少量しか採れないというスフェーンは、めったに市場に出回らない。というのも、採掘数が限られているのに加え加工するには柔らか過ぎるのだ。


 しかし、目の前にあるカレンの親指ほどの大きさのスフェーンは、深みのあるグリーンの中にゴールドのファイアが夢のように幾重にも煌めき、カレンは一目で心を奪われた。


「お嬢様、そのスフェーンがお気に召されましたか?」


 母の選ぶジュエリーはそっちのけで、掌にある原石を食い入るように見つめるカレンを見て、年嵩のいった馴染みの宝石商は目を細めた。


「…とても美しいです」

 ずっと見ていられるその煌めきに、カレンは心を奪われた。


「カレン、それで何か作る?」

 母も宝石には滅多に興味を示さない娘の反応に驚きつつも、気に入ったのであれば、とジュエリーへの加工を提案する。


「奥様、そちらのスフェーンは大変柔らかいので…残念ながら加工はおすすめしません。ですが…」

 と、宝石商は上得意の顧客であるストラトフォード家への気遣いを見せた。


「この度もたくさんお買い上げいただいておりますので、特別に原石のまま、お嬢様に差し上げたく存じます。デビューのお祝いとして」


 !

 カレンは驚いて顔を上げた。


「まあ、それでは申し訳ないわ」

 母も驚いている。


「いえいえ、気に入っていただけたのであれば私どもも本望でございますよ。これからもどうぞご贔屓に」

 と、さすがに商魂逞しい。


 以来、カレンはこのスフェーンを宝石箱に大切に保管して、たまに取り出してはその煌めきを眺めていた。



 あれから何年か経った。

 しかしカレンの掌にあるスフェーンは、今も変わらずその煌めきでカレンを魅了する。


 本当に不思議…


 カレンはスフェーンのファイアを見つめて、これに良く似た瞳の持ち主を思い浮かべた。


 まるでジェラルド様の瞳だわ。


 ジェラルドへの贈り物を考えた時、クラバットピンを思い付いた。ピンにあしらう宝石…どうせならジェラルドの瞳の色に合わせたい。


 ジェラルドの瞳は…平たく言えばグリーンだが、エメラルドやペリドットではない。もっと複雑な色合いをしている。

 カレンは思いを巡らせるうち、このスフェーンの存在を思い出した。色といい、ファイアといい、まさにピッタリだ。

 原石のままでも十分美しいが、生かせるのであればジェラルドへの贈り物にこれほどふさわしいものはないと思った。


 しかし…原石を磨いてピンに仕上げるのは…宝石商は石が柔らかくて難しいと言ったのだ。あの後、何人かの王都の宝石職人にもあたったが、やはり断られていたのを思い出す。


 このダヴィネスにも宝石商はいくつかある。鉱山と隣接する地域もあるので、宝石も流通しているし、王都からの発注も請け負っている。

 ただ、スフェーンを加工できる職人がいるのかどうか…。


 カレンは午後のお茶を飲みながら、誰に相談しようかと思案する。

 ジェラルドの身に付けるものはモリスが一番良く知っているので、相談して宝石商を紹介してもらうことにした。

 早速ニコルからモリスへと言伝てをする。特に、今回はサプライズなのでジェラルドには気取られないように、と釘を刺した。


「それは素晴らしゅうございますね」

 相談すると、モリスは満面の笑みで馴染みの宝石商を紹介してくれた。


 カレンは翌日、城塞街にある立派な店構えの宝石商を訪れた。ニコルを伴い、護衛はハーパーだ。


 モリスが如才なく先触れの知らせを出してくれていたので、店主は快くカレンを迎えた。


「いらっしゃいませ、レディ」


 店内には2組の客がいたが、カレンは奥の個室へ通された。


 カレンの行動はジェラルドに筒抜けなので、今日は手持ちのジュエリーのお手入れに…という名目だった。


 まずは証拠作りのために、持ってきたジュエリーをニコルから受け取り、テーブルへ広げた。


「これはまた…」

 と、口髭を蓄えた店主は目を輝かせた。


 カレンの所有するジュエリーはどれも一級品で、中には母から譲り受け受けたものもある。

 わかる者が見れば、その美しさや価値は一目瞭然だ。


 店主は預かりのための目録を作り、ジュエリーを丁寧に預かった。


「さて、レディ、他のご用向きをお伺いいたします」

 店主は心得た風に話を振ってきた。


「お願いしたいのは…」と、カレンは例のスフェーンをレティキュールから取り出した。


 黒のベルベットの巾着のまま、机へ静かに置いた。


「失礼しても?」

「ええ、どうぞ」


 店主はスフェーンを見ると、大きく目を見開いた。


「…これほどの大きさのスフェーンは初めて見ます」

 と言い、次いで「失礼いたします」とジュエリールーペで石を覗く。


 しばらくして石から顔を上げると

「…素晴らしい。大変貴重なものです」

 少し興奮した面持ちだ。


 カレンは単刀直入に聞くことにした。

「これを加工できる職人はいますか?」

 と、クラバットピンにしたい旨を伝えた。


 店主はふーむ、と眉根を寄せて考える。


「…レディ、せっかくのお申し出なのですが…ご存知のとおり、スフェーンはとても柔らかくて…」と、カレンが今まで何度も聞いた理由を、申し訳なさそうに述べた。


「やはり、そうですか…」

 カレンは幾分気落ちしたが、予想はしていたのでそこまでガッカリはしなかった。


「あ、いやしかし」


「え?」


 店主ははっと思い立ったが、いい淀んでいる。


「…もしかすると、あの男ならあるいは…」と、腕組みをして熟考する。


「いるのですか?職人が」

 カレンは答えが聞きたくてたまらない。一縷の望みかもしれない。


「いえ…いるにはいるのですが…大変な偏屈でして…」

 と、苦虫を噛み潰した様な顔をした。


「偏屈?」

 カレンが聞き返すと、店主ははぁーとため息を吐いた。


 聞けば、お抱えの職人ではないが、特に難しい加工の際に頼んでいる者がいるという。ただ、料金がべらぼうに高く、しかも気に入った仕事しか引き受けないとのこと。

 これまでも王都からの発注で頼んだことはあるが、単に豪華さをひけらかしたいだけの貴族の依頼はにべもなく断ったとのことだ。かと思えば、知り合いの結婚指輪は破格で請け負ったりもしているとのこと。


「しかし、腕は確かです。このスフェーンを扱えるかは未知数ですが…」


 なるほど。面白い。


 カレンはその職人に興味を持った。


「いかがいたしましょうか?レディ?」


「……」


「レディ?」


「会えるかしら?その方に」


「職人にですか?」

 店主は驚いている。

 後ろでニコルが息を呑んでいるのもわかった。


「ええ、そう。まずはこちらを通すのが筋だとは思うけど…」

 カレンは、それでは断られそうな予感がしていた。


「レディのたってのご依頼なので、ご紹介差し上げたいのはやまやまですが…なんせ相手は山師のような職人でございまして…」

 と、店主は慌てている。


 …そうね…。モリスの紹介でもあるし…

「わかりました。それでは一度、こちらから依頼をしてみていただけるかしら?…依頼主は伏せてください。返事は手紙でお願いします」

 と、カレンが言うと、店主はホッとした顔をし「かしこまりました」と答えた。


 ・


「お嬢様、びっくりしました」

 帰りの馬車で、ニコルが呆れ顔をした。

 さきほどのカレンの「職人に会いたい」発言のことだ。


「だって…興味あるわ、その職人。頼みの綱でもあるし」


「それにしても、お立場をお考えくださいませ」


「はいはい、わかってるわよ」


 ニコルはカレンの口返事に、もう!と文句たらたらだった。


 ・


 数日後、宝石商に預けたカレンのジュエリーと共に、例の職人についての手紙がダヴィネス城のカレンのもとへ届けられた。


 答えは「否」だった。


「やっぱりね…」

 カレンの予想は当たった。


「お嬢様、ダメだったのですね」

 ニコルはお手入れを終えたジュエリーを宝石箱へ戻していた。


「うーん」

 どうしようかな…。


 カレンは何とか例の職人に直接会う方法はないかと頭を悩ませる。


 と、宝石商からの手紙の入った封筒に、便箋とは別に小さな紙切れが入っているのに気づいた。


「?」


 カレンはその小さな紙切れを取り出し、目を通す。


『ジャック・エバンズ

 城塞街北街区76-2』


 カレンは目を大きく見開いた。

 これは…!


 カレンはソファから立ち上がり、書斎机の引き出しから、城塞街の地図を取り出した。


「お嬢様?」


 ニコルは主の急な行動を訝しむ。


 城塞街北街区76-2…ね。なるほど…

 カレンは立ったまま、顎に手をやり、しばし考える。


 下手に隠しだてをすると、後で必ずバレて皆に迷惑を掛ける…

 カレンは一計を案じた。


 あとは、ジェラルド様にいつ相談するかよね…


 ・


 その日のディナーはいつも通り穏やかに過ごした。


 その後、ジェラルドの寝室で愛を交わし、心地よい微睡みの中、カレンはジェラルドに相談を持ちかけることにした。


 我ながらズルい手だとは思うが、このタイミングが最もジェラルドから諾の言葉を得やすいと思ったのだ。


「…ジェラルド様」


「…ん?」


 ジェラルドの腕枕で、体をぴったりと寄せていたが、さすがにこのままでの相談ははしたないような気がして、カレンは一旦体を起こした。


「?」


 ジェラルドは体を離したカレンを不思議そうに見る。


「ご相談があります…」


 ジェラルドは口の端に笑みを浮かべ、カレンの目をじっと見た。

 先ほどまでの色香を含む潤んだ瞳とは違い、少し真面目な顔をしている。

 ディナーの席で、何か言いたいことがあるのでは、と思ってはいたが、このタイミングでとは、よほど言いにくいことなのか…


 ジェラルドは眉を上げて「聞こう」と言うと、今の今までカレンの頭のあった腕を曲げ、自らの頭を支える形で横向きになり、座ったカレンと向き合った。


 カレンはふぅと、息を吐くと、話を始めた。


 ある宝石の原石の難しい加工を依頼するために、ダヴィネス城の出入りの宝石商からの依頼では断られた、城塞街に住む「偏屈な」職人と会いたいということ。


 ジェラルドへの贈り物と悟られないよう、用心して説明する。


 ジェラルドはカレンの様子を見て、黙って話を聞いていた。


 …なんとも艶かしい姿で頼みごとをするものだ。


 ジェラルドは内心笑っていた。


 愛を受けたばかりの一糸纏わぬカレンは、乱れた長い髪を体に沿わせ、どこもかしこも輝いている。


 ジェラルドはカレンの二の腕から、指ですーっと辿り、手を柔らかく握った。


「!」

 カレンはその感触に、思わずピクリと反応した。


「…あ、あの、ジェラルド様?」


「あぁ…それで?」


 話をちゃんと聞いてくださってるの???


 カレンはこの作戦の行方の危うさを、今更ながら少し考えた。


「あの、それで…その職人の情報を少し得たくて…前に行った{ 黒猫亭 }へ、また行きたいのです。職人の住所と目と鼻の先なので…」


 今度はカレンの滑らかな腿から腰へ手を滑らせていたジェラルドの手が、ピタリと止まった。


「何?」


 ジェラルドの硬い声に、カレンはギクリとする。


 { 黒猫亭 }は、以前カレンが呑み比べの騒動を起こした居酒屋だ。あの時はジェラルドに大層心配を掛けた。


「…とにかく、職人についての情報が無くて…たくさん人の出入りするあそこなら、何かわかるかと。護衛はネイサンに頼みたいです。私も…早い時間になるべく目立たない格好で行きます」


 カレンの顔はすでに知られている。

 無用の騒ぎは避けたかった。


 ジェラルドはむくりと起き上がった。

「カレン」

「はい」


 ジェラルドはふーっと大きなため息を吐き、髪をかき上げた。

 その色っぽい仕草に、カレンはドキリとする。


「本気で言っている?」

 目線をカレンへ据える。


 ん?

 カレンは思わず少しムッとしてしまった。

「本気です!」


 ジェラルドは思わずふっと笑い、いたずらっぽく瞳を揺らめかせ、カレンを抱き寄せて膝に乗せた。


 すっぽりとジェラルドの腕に収まったカレンは身動きが取れない。


「カレン、また酔っぱらいに絡まれたらどうする?」

「既に顔を知られているので、おそらく…大丈夫です。ネイサンも居ますし」


「その職人に会えたとして…危ない人物だったら?」

「諦めて直ぐに退散します。ネイサンと一緒に」


「……」

 ネイサン、ネイサンといちいち気にさわるが、ネイサンは護衛として信用できるのは違いない。


「その原石の加工に、なぜそんなにこだわる?」


「ッ!」

 これにはカレンも言葉が詰まった。

 しかし、この、ジェラルドに上から見下ろされ、腕に閉じ込められた状況では、なんとも言い訳のしようがなく、逃げようがない。


「…秘密です」

 とっさに答えた。


「!」

 思わずカレンを抱く手に力がこもり、カレンがピクリとしたのがわかった。


「…よかろう」


「え?」

 カレンは思わず聞き返して、ジェラルドを見上げた。この流れではダメだと言われるかと思ったのだ。


 深緑の瞳の色は濃くなり、また欲望で揺らめいている。


 あ、スフェーンのファイア…!

 と、思った時には口を塞がれていた。


 カレンは身動きが取れない状態で深く口付けられ、翻弄される。


「ん…」

 カレンから官能の色を読み取ったジェラルドは、素早くカレンを組み敷いた。


「護衛には私が付こう」

 にっこりと笑うと、カレンの首筋にキスを落とし始めた。


 えっ????


 カレンは訳がわからぬまま、またもやジェラルドの愛の渦へと引きずり込まれた。


 …この作戦、やっぱりダメだったのかしら???

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