22.【番外編】ジェラルド見守り隊
※「マロン」あたりのお話です。
ジェラルドの執務室。
部屋の主はおらず、側近のフリードと第一騎士団長のアイザックがいた。
二人は領主であるジェラルドの幼い頃からの気のおけない仲間であり臣下だ。
フリードはいつも通り書類仕事をしているが、アイザックは何をするでもなくソファで寛いでいる。
「なぁフリード」
アイザックが話し掛ける。
「はい?」
フリードは書類から顔を上げずに返事をする。
「姫様ってさ…」
フリードは何だ?という顔でアイザックを見る。
「ジェラルドのこと、好きだよなぁ」
「…たぶん」
「でも、緊張してるよな、いっつもジェラルドの前では」
「……」
それは、そうだった。
それでも、最近は本来のカレン様の姿で接することも増えたように見受けられる。
ジェラルドは、そのギャップにやられている節もある。
「まぁ…少しずつじゃないんですか?ついこの間までは全く知らない仲でしたし」
フリードはパラリと書類をめくる。
アイザックは納得いくともいかないとも取れる顔だ。
「ジェラルドのやつ、あんな我慢強かったっけか?」
これにはフリードも少し笑う。
「力で押せる相手でもないですし…慎重なのは、裏を返せばそれだけ確実に手に入れたいってことでしょう」
「はは、あのジェラルドがねぇ」
フリードは手を止め、ふむ、と考える。
ジェラルドが他の女性に対してどうだったか、という問題ではない。
と言うのも、フリードの記憶する限りでは、ここまで親しい間柄の女性関係はジェラルドにはなかったはずだ。…恐らく。
縁談の話は数限りなくあったが、戦況が慌ただしいことを理由に断っていたのは知っている。奥様(ジェラルドの母親)がご存命の頃は、しばしば嘆かれていたが、如何せん本人にその気がないのでどうしようもなかった。
しかし…カレン様に関しては、はじめから違っていた。
ウィリス卿から縁談の打診があった時は正直驚いたし、ジェラルドは恐らくまた断るだろうと踏んでいた。
しかし、当初こそ興味が無さげな風だったが、カレン様のことを話した際にまず興味を惹かれたのはわかった。
次いで実際に夜会でカレン様を見て、王都のストラトフォード邸で会ってからは、まるで変わった。
カレン様の何に興味を持ったかは…わからない。
わからないが、明らかに前のめりになった。
正式に陛下からカレン様との婚約の命が下された後もそれは変わらなかった。
アイザックが揶揄半分なのは、決してジェラルドが我慢が効かないという訳ではなく、恐らく戦法においては容赦ないところからだと思われる。
…女性相手に、ジェラルドはそこまでデリカシーのない男ではない。
れっきとした貴族の教育を受けているし、しかも相手は王都でも指折りの家柄の淑女なのだ。
ただ、カレン様の前では我らが見たことのない顔をする。
それにやはり…あの目だ。
カレン様を見るジェラルドの目は、かなりあからさまだ。
カレン様が同じ空間にいる時は常に目が追っているし、間近で接する時はカレン様の反応如何で目の表情が変化する。面白いほどに…
本人に自覚があるかどうかはわからないが、他を気にするわけでもない。
ザックは我慢強いと言うが、ジェラルドはチャンスは決して逃さない。実際、少しずつ、着実にカレン様との間合いは詰めている。
そこら辺は、さすがに辺境伯閣下の攻め方のような気もする。
とにかく、夢中であることは間違いない。
一方で、カレン様は…戸惑っているように見える。
ジェラルドほどの男の熱情を受け止めるのは相当の覚悟を要することは想像に容易い。何も考えていないただの令嬢ならばいざ知らず、辺境伯夫人の何たるかをわかっておられるならなおのこと。
ただ、両片思いなのは目に見えて明らかだ。
これは間違いない。
あとは、ジェラルドが仕掛けるか、カレン様が思い切るかはたまた屈するか…きっかけさえあれば…
「賭けるか?」
フリードの思考を破るように、アイザックが面白半分で持ち掛ける。
「…賭けませんよ。我らは見守るのみです」
フリードの答えに、ちぇっとアイザックはつまらなそうだ。
「…それより、油売ってていいんですか?騎士団の会議は?」
フリードの言葉にアイザックはハッとする。
「あ!やべっ!」
言いながら、飛ぶようにバタバタと執務室を去った。
「…ったく」
フリードは呆れながらため息を吐き、書類に視線を戻した。
しかし…
と、ふと顔を上げる。
まぁ…遠からず、カレン様を本当の意味で手に入れることは間違いないな…
フリードは一人、ほくそ笑んだ。