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辺境の瞳~カレンとジェラルド~  作者: 鵜居川みさこ
第一章
21/75

21. follow your heart

 カレンは、ジェラルドの寝室前の廊下を右へ…左へ…と、音を立てないようにウロウロと歩いていた。

 すでに夜半を過ぎており、ジェラルドも私室へ引き上げたのを見計らっての行動だった。


 まったくもって怪しい。

 夜間警備に気づかれてもおかしくはない。


 カレンは今朝、パメラの邸からジェラルドとともに戻った。


 それからずっと、今夜のことを考えていた。


 - 心のままに -


 レディ・パメラの言葉がずっと胸にある。

 ジェラルドに応えたい、でもそれ以上に、カレンが心からジェラルドを欲していた。


 カレンの心はとっくに決まっている。


 侍女のニコルは主の顔を見て何かを察したのか、湯浴みの際入念にカレンの肌を磨き上げた。

 さらに、隣国の王太子妃である姉ヘレナから送られた“特別”な寝着をカレンに着付けた。


「お美しいです、お嬢様」


 まるで誘うようなその姿は恥ずかしくてたまらないが、ニコルに励まされ、心を奮い立たせる。

 ガウンを羽織り途中までニコルに伴われたが、最後は一人でジェラルドの元へ向かった。


 …が、主寝室の大きな扉を前に尻込みした。


 はしたないと思われるかしら…今さらだけど…


 かなりの時間ウロウロした末、ノックをする手を掲げた。

 …できない。


 心臓はずっと早鐘を打ち続け、緊張の糸が身体中に巡らされている。


 …ふう…

 やっぱり無理かも…


 どうしても最後の勇気が出ない。

 カレンは、掲げた手をゆっくりと下ろし、自室へ戻ろうと踵を返した時、ガチャリと内側から扉が開いた。


「!!!」


「いつ入ってくるのかと思えば…」


 ジェラルドが面白そうにカレンを見下ろす。

 気配はとっくに気取られていたのだ。


 すでに寝ていたのか、寝着は下だけで上半身は何も身に付けていない。


 カレンは驚きのあまり声も出ず、目を大きく見開いた。


「あの、あの、…帰りま」

「ここまできてそれはない」


 言うが早いかカレンの腕を取り扉の中へ引き込むとバタンと閉めた。


 カレンは扉を背に、ジェラルドの片手で腰を抱かれる。薄い寝着を通して、ジェラルドの手の燃えるような熱さを感じる。

 もう片手はカレンの頭の上で扉に付けている。

 体に隙間はない。

 勢い、カレンの両掌はジェラルドの素肌の胸に充てられていた。

 硬い筋肉が隆起する逞しい胸の、しっとりと暖かな感触が掌に広がる。


 見上げたジェラルドの瞳が欲望で波打っているのに、何かに耐えた顔をし凄まじい色香を放っている。

 カレンはこれ以上ないほど緊張しているのに、胸のときめきが収まらず、呼吸が浅い。


「カレン、本当に?」


 この状況ですら、ジェラルドは聞いてくれる。


 この人になら、何をされてもいい


 カレンはゆっくりとまばたきで応えた。


 潤んだライトブルーの瞳にジェラルドを映し、顔は紅潮している。

 下ろしたダークブラウンの髪がゆるやかに波打ち、小さな顔から首、胸元へと流れる。

 純白の寝着は限りなく薄く、繊細ながらひどく扇情的だ。


 ジェラルドは扉に付いていた手をカレンの頬に沿わせ、そのまま首の後ろに回した。


 触れ合う直前まで目は合わせたまま、口づけを交わす。

 ジェラルドの胸に充てた手が知らず握られ、それを合図に深い口づけへと変わった。


 ・


 頭がぼーっとして、ふわふわする。

 それに、とても温かいものに全身を包まれている。

 でも、倦怠感が激しい。


 いったい、私は…


 醒めきらない頭で目を覚まし、視線だけ巡らせる。

 見覚えのない部屋だ。


 ここは…


「!」


 どこに居るのかを自覚し、とっさに起き上がろうとしたがまったく体に力が入らず、しかも後ろからぴったりと強く全身を抱き締められていて動けない。


「…まだ起きないで…」


 まだあなたを感じていたいんだ…

 耳のすぐ後ろから、滑らかな低音が響く。


 カレンは今の状況を把握したとたん、固まった。

 どうしようもなく恥ずかしくなり、どうしたらいいのかわからない。


 これでもかというほどにジェラルドの愛を一身に受け、時間もわからないし、いつ眠ったのかもわからない。

 ただ、ずっとジェラルドの名を呼び、ダヴィネスの緑の平野と切り立った山の稜線…それがずっと目の前に広がっていて、喜びと幸せに包まれていたのは確かだ。


 愛する人に愛される…こんなに素晴らしいことがこの世にあったなんて…


 カレンは驚愕した。


 ただ、はっきりと目覚めてしまった今、とにかく恥ずかしい。


 とその時、カレンのお腹が盛大に鳴る。


「…」「…」


 ジェラルドがクスクスと笑う。

「あなたのお腹は正直だな」


 お腹の虫は、どうにもしようがないのだ。


 仕方がないな、とジェラルドはカレンの肩に頬にキスし、さも惜しそうに体を離して起き上がる。

 カレンはジェラルドの支えがなくなったことで、自然と仰向けになった。


 後ろから、逞しい肩から背中、腕…今の今までカレンを抱き締めていた男の肉体をうっとりと眺める。

 肩の辺りに大きめの傷痕がある。おそらく刀傷だろう。


 カレンは好奇心のまま、重だるい腕だけ伸ばしてその傷痕にそっと触れた。


 ぼこぼことした傷痕は、赤く生々しく、痛々しい。


「これか?」

 ジェラルドは肩越しに傷痕を見やる。

「これは…初陣の時にやられた。まだ子どもだったから抜かったな」


 カレンは、黙って指先で傷痕をゆっくりとなぞる。

 私、まだ知らないことが多いんだわ…


「そんな風に色っぽくなぞると…また歯止めがきかなくなる」


 ジェラルドが振り向くと、倦怠感に身を任せた一糸まとわぬ姿で、ジェラルドの背中に腕を伸ばすカレンが横たわっている。


 ジェラルドは眩しさに眼を細めた。


 長い髪が枕に広がり、本人は自覚がないであろうその瞳はライトブルーの色味が濃くなり、うっとりとジェラルドを見ている。濡れたような唇は少し開いたままだ。


 ジェラルドはたまらず、覆い被さりキスをした。

 すぐに応えるカレンが愛し過ぎる。


「…カレン、続けたいが…あなたのお腹が先だ」


 そう言うと、カレンのみぞおちにそっとキスを落とし、ガウンを羽織ると立ち上がった。


 扉に向かいながら、ふとカレンの体の傷痕を思う。

 脇腹には、以前聞いた馬に蹴られたという痕…確かにあった。小さくはないが、すでに肌色に近かった。

 もうひとつは背中…ちょうど肩甲骨の下辺りにあった傷痕…第二王子に付けられたナイフの傷痕だ。美しい背中に一筋の赤い線…言い様のない怒りが、腹の底からふつふつと沸いてくる。

 第二王子…会ったなら絞め殺す…ジェラルドは固く誓ったのだった。


 扉を開けると、訳知り顔のモリス、心配げなエマ、より一層心配げなニコルの三人が居る。


「今何時だ」


「夕方の5時です」

 扉のすぐ横にいたフリードが答えた。

 ほぼ1日近く経っている。空腹にもなるはずだ。


 ジェラルドはベッドに横たわったままのカレンが気になり、ガウンの前を急いでかき合わせると、一旦自分だけ出て扉を閉めた。


 一回咳払いをし、皆に言う。


「…つまり、そういうわけだ」


 なんとも歯切れが悪いが、ジェラルドの姿を見ればそんなことは一目瞭然だった。


「ようございました。何か召し上がられますか?」

 モリスが微笑みながら問う。


「ああ頼む…それより…」


「カレン様のことはお任せくださいませ」

 エマと頷くニコル。


「ああ…いや、だめだ」


「「「???」」」


「…ジェラルド、いったん休戦です。まだ夜は長いんですから」

 察しのいいフリードが呆れながら諌めた。


 ジェラルドが本懐を遂げたことは大変喜ばしい。しかし、カレン様への思いの強さを知る者としては…

 ジェラルドは口より行動の男だ。このままだとカレン様の身が危うい…と、フリードは踏んだ。


「…わかった」


 不承不承という感じでフリードに同意し、一同はほっとする。


「ではまずはカレン様ですね、失礼いたしますよ」

 エマは心得た、とばかりにニコルと顔を見合せて、ジェラルドの横を通るとさっさと寝室へと分け入り、ジェラルドだけ中へ入れると扉を閉めた。


「…!」「!!!」


 全裸でベッドにしどけなく横たわるカレンは、女の目から見ても神々しいほどに美しい。


 ただ、ジェラルドの付けた赤い印が至る所に認められ、あまりにも生々しく痛々しい感は否めない。


「ジェラルド様!!」


 エマが鬼の形相でクワッとジェラルドを振り返った。


 ジェラルドはきまりが悪そうに視線を漂わせる。


 エマはまったくもう…と言いながら、カレンに近寄り上掛けを手早く掛けた。

「カレン様…お痛わしい…」


「お嬢様…」

 年若いニコルには刺激が強い。初めて目にする主の姿に戸惑いすら感じている。


 ここからはエマの手腕が遺憾なく発揮された。


 カレンを休ませることが最優先で、取り急ぎ上掛けに包まれたカレンをカレンの寝室までジェラルドに運ばせた。


「カレン、すまない…」


 宝物のようにカレンを運び、ベッドへそっと下ろしながらジェラルドが詫びる。


「そんな…」

 体こそ鉛のようで思うようにならないが、新世界へ足を踏み入れ、それは愛するジェラルドによってもたらされたことで、体の内側は間違いなく歓喜に満ちている。


 申し訳なさそうなジェラルドが愛しくて、カレンはやっとのことで重い腕を動かし、乱れたジェラルドの髪を撫でた。


「…カレン…」


 危うくまた二人の世界になりそうになったその時、背後からエマが咳払いをした。


 ジェラルドはハッと我に返ると、ふう、と息を吐き、

「休んで。続きはまた今夜」

 と、甘くカレンの耳元へ囁き、額へキスを落として部屋を去った。


 ・


 ジェラルドは手早く食事を取り、身支度を整えて執務室へ入った。


 いつものように、フリードとアイザックがいる。


「…すまない、時間の感覚がなくなった」


「ご心配には及びません。急ぎの案件も無いですし」

 フリードはいつもの調子だ。


 一方、アイザックはニヤニヤ顔が止まらない。


「なんだ」


「いやな、お前いつでも出陣できそうな顔だぞ」


「…そうか?」

 精悍な顎に手をやり答える。

 いやに素直な反応に、アイザックは肩透かしを食らう。


 確かに、あまり睡眠を取っていないとは思えない、生気が漲った顔ではある。


「自覚なしかよー…からかいがいがないなぁ…でもさぁどうなのよ、心境の変化とかさぁ」


「ザック、いい加減にしないと痛い目に合いますよ」

 フリードは、いくら気心の知れた間柄とはいえ、アイザックのあけすけな物言いが気に入らない。


 ただ、ジェラルドはさほど気にしていないらしく、ゆったりと自分の肘掛け椅子に腰かけると続けた。

「…そうだな。私は戦場でも神への祈りは捧げたことはないが…」


 二人は興味深げに耳を傾ける。


「今は大声で感謝を捧げたい気分だ。私にカレンを与えてくれたことに」


 フリードは大きなため息を吐き、アイザックはうろんな目付きで続けた。


「あ~あ、聞くんじゃなかったよ、ごちそうさん」


 フリードはそれ見たことか、と呆れ、ジェラルドは満足そうな笑みを浮かべた。

お読みいただきましてありがとうございます。

第一章はこれにて。

以降、第一章の【番外編】を数話の後、第二章となります!

引き続きお楽しみいただけますように……

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