初めての深緑と薄碧
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2024/03/09 鵜居川みさこ
シーズン中盤の夜会。
公爵家主催の夜会は、豪華な雰囲気に見合った上位貴族の紳士・淑女でさんざめいていた。
カドリーユとリールを踊ると、カレンはいったんホールから離れた。
ワルツを誰かと踊る気にもなれず、ましてや一緒に来た兄とのダンスなど論外だ。
ストラトフォード侯爵令嬢、レディ・カレン。
今年で19になる彼女は、社交シーズン3年目を迎えた。
そのきらびやかな見た目とは真逆の、陰鬱な心持ちで隣室へと向かった。
美しく盛り付けられた軽食の並ぶテーブルをぐるりと見回すと、冷えた白ワインの入ったグラスを手に取り、半量ほどを一気に飲んだ。
ふう…なんだか疲れるわ…
ダンスも楽しめず、顔見知りの令嬢達と噂話に興じる気にもなれない。
貴族令息達の視線は感じるが、筆頭侯爵家の気高い令嬢に気軽に声を掛ける気概のある若者はおらず、またカレンも恋の鞘当てなど真っ平だった。
社交界デビューから3年目のシーズン、カレンはほとほと社交に嫌気が差していた。
このシーズンは妊娠中の義姉に代わり、兄に伴われて、義務的に夜会に顔を出している。
兄は妹に構うことなく、挨拶や顔繋ぎに忙しい。
仕方ない、座って待とう。
ワインを片手にホールへ戻ると、壁際の椅子へ腰かけた。
ふと見ると、兄が誰かとなにやら話込んでいる。おそらく仕事上の情報交換だろう。
兄は少し眉間に皺を寄せているが、お相手はいたって自然体のように見える。
あの方は確か…
辺境伯のダヴィネス閣下だわ。
シーズン初めの王家主催の祝賀会で、遠目に見た記憶をたどる。
少し離れたこの場所から二人を眺めると、その違いがよくわかることに気づく。
兄はいかにも高位貴族のすらりと洗練された雰囲気を持つが、対して辺境伯閣下は、軍人らしく鍛え上げられた体躯だ。
夜会服に身を包んでいても、どこか重厚で野性的な男らしさが滲み出ている。かといって上流階級の趣きの範疇からは出ていない。
今までお目にかかったことのないタイプだわ…などと思いつつ、カレンは顔の下半分を扇で隠したまま辺境伯閣下を観察し続けた。
カレンから見えるのは引き締まった精悍な横顔で、その稜線は一見彫刻のようだが、無造作にかきあげられた少しクセのあるダークブロンドに縁取られ、端正ながら奔放な印象を与える。
特筆すべきはその瞳で、離れた場所からでも認められる深緑色。
実は複雑な色合いが認められるであろうその瞳を、近くでじっくり見てみたいな…などと思考を解放していると、その瞳がふいにカレンへと向けられた。
「!」
ほんの数秒。
目が合った直後、一気に全身の毛穴が開き、カッと体が熱くなり慌てて目を伏せた。
なんなの、コレ…!
思わぬ己の反応に、焦りと戸惑いしかない。
苦し紛れに手にしていた残りのワインを一気に呷った。辛うじて扇で顔は覆っているが、それでも全ては隠れてはいない。
淑女たるもの、決して人前で感情をあらわにしてはならない。
そんなわかりきった作法さえも、一瞬で崩れ去った。
深緑…ダークグリーンの瞳。
吸い込まれるかと思った…。
もう一度見返す勇気などなく、落ち着きを取り戻すことに集中する。
「カレン、帰るぞ」
ツカツカと近寄ってきた兄が告げる。
「え?もう?」
いつもはやれ情報収集だ顔繋ぎだと、目一杯社交に勤しむ兄の予想外の行動にきょとんとした。
「ああ、別の急用ができた」
言うが早いか、カレンをエスコートし、パタパタと周囲へ流れるように挨拶して馬車待ちへと歩きだす。
カレンは去り際にそれとなく見回すが、辺境伯閣下の姿はなかった。
・
ウィリス卿ことショーン・ストラトフォード次期侯爵が、ある男を相手に熱心に話し込んでいる。
相手は辺境伯、ジェラルド・ダヴィネス閣下だ。
「上の妹が隣国へ嫁ぎ自身もデビューしてから、カレンは王都の社交の場では笑うことが少なくなった…周囲の期待に応えるように“全てにおいて完璧な侯爵令嬢”で通っているが…一方で淡々と義務をこなしているように見える」
「…私にどうしろと…?」
ショーンのひとり語りとも取れる妹話に、ジェラルドは呆れ気味に問う。
「ああいやすまない。過保護な兄の独り言だ」
自覚はあるのか。
日頃は沈着冷静な姿を決して崩さない次期ストラトフォード侯爵…王太子の側近でもあるウィリス卿は、妹については確かに極度の心配症らしい。
「今日は妹君は?」
「あそこの壁際にいる。最近は好んで壁の花になりたがる」
ショーンが目線で壁際の妹を差すのを追って、ジェラルドもツイ…と目線を流す。
瞬間、長い睫に縁取られた薄碧の瞳とぶつかる。
と同時に、カレンの目が一際大きく見開かれた。
「?」
ジェラルドは、カレンが何に驚いたのかはわからない。
カレンはすぐに目を伏せ、顔のほとんどは扇で隠された。
ジェラルドは好奇心の延長で、不躾にならない程度にそのままカレンの様子を探る。
艶のあるダーク・ブラウンの髪に、兄に似たすらりとした体型、薄碧色の瞳と同じライトブルーの品のあるドレス…まさに頭の先から爪先まで、上流階級それも最上級の令嬢風情で、その典雅な佇まいは他の令嬢とは一線を画している。
これは…過保護にもなるか…
政治的な手札としての保護か、単なる妹バカか、恐らく両方。
と、カレンは扇の向こうで、華奢なグラスのワインをクイッと一気に呷った。
おや。
ジェラルドは、その令嬢らしからぬ行動を目にすると、眉を上げ思わずふっと笑った。
これはなかなか…
ジェラルドは端正な顔に笑みを浮かべたまま、足早にその場を立ち去った。
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