第七話
鹿島殺害から8日後、礼文は自家用車で北原邸に様子を見に行く。
途中で車を止め、殺虫剤を購入した。門を開けて車を中に入れ、彼は深く息を吸う。幸いなことに、死臭はそれほど強くはなかった。生い茂った草木の発する香りに覆い隠されているようだ。殺虫剤を手にした礼文は現場へ向かった。
あの日、幹部たちに作らせた土饅頭はわずかに凹んでいた。死体から腐汁がしみだしてカサが減ったせいかもしれない。それを補うように、無数の新芽が早くも伸び始めている。栄養があるから雑草は良く茂り、いずれ地面を覆い隠してくれるだろう。
その周囲に小さな土山がいくつかあるのを礼文は発見した。ステッキでその一つをつついてみる。直径5センチほどのトンネルが出てきた。どうやら、死体に集まる虫を目当てにモグラが寄ってきたらしい。
これなら害虫の大量発生で死体を発見される心配はない。
(リューシャの荒野とは違い、
日本の風土は速やかに死体を片づけてくれるようだ。
それなら邪魔をしないほうがよいな)
殺虫剤を使用するのは止め、蔵の中にしまう。
次に彼は公園脇支部に向かった。
エンジンの音を聞きつけて、三人の幹部が玄関で礼文を迎える。
「ふむ」
彼らの目は生気を取り戻し、視線が揺らぐこともない。
応接室に指導者を招き入れ、報告が始まった。
「私たち、防音室も掃除しておきました!
「もうすっかりきれいになって、シミも匂いも残っていません」
香と健二が得意げに語る。鹿島を殺害した二人に礼文は手紙を送り、精神的なダメージを癒しておいた。それは効果があったようだ。
「ですから、
他の会員たちをここに招いても差しさわりはないでしょう。
これからも活動の拠点として使えます」
俊樹も言葉を添える。
「できたら……
先日の騒動でお流れになった合宿もやり直してみたいのですが」
「かまわんよ。そのことも含めて話し合っていこう」
指導者の許可をもらい、三人の表情は明るいものになる。
◆◆◆◆◆◆
8月19日。その夕暮れ時に、公園脇支部へ礼文は訪れる。
車の音を聞きつけた会員は、玄関を開けて勢ぞろいで迎えた。
「お待ちしておりました。準備はすでに整っています」
出席者は香、健二、俊樹、丹羽、根小田、路場の6人だ。
7月に企画されていた合宿では参加人数がもっと多かったのだが、日付がずれたために予定が合わない者もいたので今回はこのメンバーとなった。
「まず二階の和室で会議を行ってから食事、
その後に花火などのレクリエーション、
10時に消灯という予定になっております」
「うむ」
うなずいた、その頭の芯が痛む。今日の朝から礼文は体調不良を感じていた。焦る義光をなだめるために津先へ改良神代細胞を投与するという実験が突然に始まったこともあり、用を済ませたら支部に長居をせず早めに研究所へ帰って休むつもりだ。
急な階段を上がると正面が防音室だ。その奥は普通の洋室で、昔は松木家の母が使っていた。父の部屋は階段から180度回転した玄関の真上にある。家族たちの使う部屋と廊下を隔てて十八畳の大広間があり、ここは客用となっている。六畳ごとにフスマで仕切られ、広さの調整ができるような設計となっていた。今日は1対2の割合にしつらえ、十二畳のほうに長い座卓と座布団を置いて会場としていた。
上座に礼文は座る。その右側に議長の健二、俊樹、丹羽。左側には書記の香がノートと筆記用具を前に座り、その隣には根小田。路場は座布団を根小田から少し離して末席に腰を降ろした。
礼文の挨拶、健二による活動報告と順調に会議は進み、いよいよ本題を切り出す時が来た。礼文は発言予定者に目を向ける。指導者の視線を受けた俊樹は、深呼吸してから挙手した。議長に許可をもらってから、彼は口を開く。
「……今日、オレはみんなに謝りたい。
オレはずっと……みんなを騙していた」
「えっ! 何よ! [騙す]ってひどいじゃない!」
香は深く考えることなく、単語だけに反応して非難する。
「どういうことなんだ?」
それ以外の者は俊樹に注目する。その彼は助けを求めるように礼文を見た。
「これは君が自ら望んだ試練。
[秘密の首領]さまも見守っている。
さあ、勇気をだしたまえ」
「はい」
意を決した俊樹は、頭の飾り紐をほどいた。上げていた髪の毛が垂れ、彼はキノコのような髪型になる。それにつれて、表情も気弱なものへと変化した。
「オレの本当の姿はこうなんだ。
自分の過去を知る人がいない[真世界への道]では
明るいお調子者を演じていたが、
実際は恒星学園小等部時代からずっと陰気な……いじめられっ子で……
それは現在も続いている。
大学の英文学教室では、
いやがらせをされても反撃できない弱虫で……」
感情が高ぶり、指先が震えだす。
「でも、ふとしたきっかけで入会した[真世界への道]で、
みんなに暖かく迎えてもらって、
オレはとても嬉しかった。
しかし、それは虚像に過ぎない。
ここでいくら頑張って、みんなに認められても
オレの外側に作られた嘘の自分がほめてもらっているだけだから、
中に隠した本当の自分は満たされない。
だからますます行動は過激になっていくだろう。
礼文さまにこのことを注意されなければ、
いずれ決定的な失策をやらかし、
みんなに重大な被害を与えてしまったかもしれない。
だから、オレは……この席で間違った自我を否定し、反省する。
[自我反省]だ」
これは香の言葉を受けて根小田が作り出した用語だ。
鹿島が乱入した会合の折、後片づけを引き受けた丹羽と根小田と路場はそれぞれ報告書を礼文に手紙で提出していた。それを読んだ礼文は、[真世界への道]の結束を強化するためにこれを採用した。身内だけに通じる特殊な単語を使うことにより、意味を理解できない愚かな一般人と理解できる賢い会員との差異を強調し、選民意識を高めるのだ。
「そうだったのか」
健二の目に、憐みの色が浮かんだ。彼も陸軍内務班でシゴかれた経験を持つからだ。
「外部生だけではなく、
内部進学した生徒たちの中でもいじめがあるのかあ。
あーあ、恒星学園大学なんて入るんじゃなかったなあ」
「まったくだ」
丹羽の嘆きに、路場も同調する。
「ええ? どういうことなの?」
根小田の質問に、丹羽は答えた。
「俺と同郷で帝都の別の大学に進学した人から聞いてわかった。
帝都にある大学の中でも恒星学園はかなり特殊らしい。
すごく閉鎖的で余所者に厳しい校風なんだよ。
国文学部でも
小等部からずっと恒星学園で育ってきたやつらだけでつるんで、
少数派である大学受験組は迫害されている。
サークル活動でもあからさまに差別されて、
同じ一年生でも内部進学者のほうが上、外部生は最下級。
それは二年、三年と上がっても変わらないから、
外部生の先輩たちはみんな嫌気がさしてサークルを辞めてしまった。
だからいつまでたっても俺たちの発言は尊重されない。
そういうわけで、俺は大学以外の居場所が欲しくて
栂尾教授に紹介された
[真世界への道]に入ったわけだ。
そして良いところだとわかったから、同じ立場の路場を誘った」
「風邪さえひかなければなあ」
唐突に路場はつぶやいた。
「そうと知っていればこんな大学を受験しなかったんだが、
あいにく帝都から遠い俺の地元には
正確な最新情報が伝わってこなかった。
恒星学園の実態がわかったときには時すでに遅し。
高額な入学金と年間教育費を払いこんだあとでは、
いまさら退学するなんて申し訳ないから親に言えない」
「……」
俊樹は自分の告白から話題がそれてしまったことに不満を抱いた。しかしここで文句を言ったらワガママだと非難されそうなので、とりあえず沈黙する。
「しかたがないから、
[石の上にも三年]に一年足して我慢しているんだけれど、
卒業しても楽になれそうにないんだよ。
先ほど言った知り合いに聞いたんだけど、
恒星学園の卒業生は企業にも官庁にも評判が悪い。
立身出世を夢見て上京したのに、下手すると就職浪人だ」
「ああ、【大学は出たけれど】ってやつか」
健二が例として挙げたのは1929年〔光文4年〕に公開された映画の題名だ。
「普通の大学を卒業しても職にあぶれるやつがいる御時世だが、
うちはその中でも特にダメなんだ。
[父権主義]が教育理念で、
それは普通の日本社会でも同じなんだけど、
うちは度が過ぎている。
理事長が絶対権力を持つ父として学園に君臨し、
無垢な子供である生徒たちはその指導に平伏する。
外部生に対する差別というのは、
要するに継子いじめってやつだな。
そういう感覚のまま世間に出るから、
卒業生たちが平社員のうちは
上役の指示に従順でよろしいと褒められていた。
しかし彼らが年功序列で管理職に昇進すると、
とたんに評価が落ちた。
上司があやふやな思い付きを軽く口にしただけなのに、
彼らはその指示を本気で[金科玉条]と受け止め、
最前線の状況を知る部下が不利な戦況を伝え転進を求めても
その報告を握りつぶして上には全て順調と伝えてしまう。
結果として大損害を出し、
あやうく倒産になりかけた会社もあるそうだ。
そういうわけで、
恒星学園の卒業生を採用する企業は大幅に減ってしまった。
官庁では利潤を求められていないが、
まあ似たようなことがおきている」
深いため息をつく丹羽に代わって、礼文が口を開く。
「現状を憂える父兄は、恒星学園に抗議をした。
『公立なら無料なのに、
小学生に相当する時期からずっと高い学費を納めてきた。
優秀な教師陣と清潔で純粋な環境で、
国家繁栄のため一途に奉公する良き青年を育成するという
教育方針に共感したからだ。
しかしその結果、
就職先から拒否されて社会の一員になれない人格に育ってしまった。
どうしてくれる。責任をとれ』とな」
これは丹羽にも初耳の情報だ。
「え、そんなことが? 俺は全然知りません」
「恒星学園の体質を考えてみろ。
不満の声があれば揉み消すに決まっている」
「ですよねー」
納得した丹羽は深くうなずいた。
「しかし、外部の情報統制は出来ない。
そのようなわけで受験者数が相当減っている。
教職員に目標数を強制的に設定して勧誘させているが、
効果ははかばかしくない。
だからと言って生徒父兄に受験者を勧誘させたりしたら、
その理由の説明を求められる。
となれば、せっかく統制した情報を公開せざるを得ない。
理事長は進退窮まった」
「……」
礼文の話を俊樹は無言で聞いている。表面は取りつくろっているが、内心は不満でいっぱいだ。
理事長がどんなに困ろうが、恒星学園が潰れようが知ったことか。それより自分の告白はどうなったんだ。せっかく勇気を出して本当の姿を見せたのに、みんなそれほど驚かなくて、丹羽の愚痴に耳を傾けている。
そんな悔しさのあまり便所にでも逃げこもうとした時、俊樹は礼文の視線を感じた。
「であるからして、俊樹くんに重要な任務を与えることにする」
「え?」
うつむいていた顔を上げる。礼文の発言で全員が自分を見ていた。
「私たち[真世界への道]は、
これから恒星学園全体の意識改革を行う。
総裁さまが理事長から依頼されたのだ」
「ええ! そんな大仕事をですか!」
丹羽が叫んだ。
「具体的な方針は順を追って指令を出す。
俊樹くんの仕事は、
私たちの働きかけがどのように影響を与えているか、
学生たちの反応を観測することだ。
[真世界への道]が介入する前に、
まずは先乗りとして他の学生たちが現在の状況についてどう感じているか、
積極的に聞きこみを行ってくれ。
この任務は継子あつかいの少数派外部生では困難が予想される。
内部進学生である君の働きに期待しているぞ」
「……それは…………」
「「「?」」」
口ごもる俊樹を見て、彼らは戸惑った。
「どうした?
いつもの君なら即座に『了解しました』と答えてくれるはずだが」
「……無理です。できません」
礼文の問いかけに、彼はおずおずと答えた。
「……先ほど申し上げた通り、
オレは恒星学園では弱虫のいじめられっ子でしかないんです。
聞きこみのために話しかけたって、
誰もまともに答えてくれやしませんよ。
言葉尻をとらえて、口真似してからかったり……
あからさまなデタラメを教えてきたりするのが目に見えています」
「やってもみないうちから、できないと決めつけるな!」
礼文の怒号が響く。俊樹だけではなく、他の五人もビクリと体を震わせる。
「これは[秘密の首領]さまから下された試練……」
言葉の途中で顔をしかめ、礼文は額を押さえた。
そして、なにかを追い払おうとするかのように頭を振ってから
「悪いが、今日はここまでとする」
礼文はステッキを手に取った。
「見送りは必要ない。
私は帰るが、君たちは合宿を続けてもよろしい」
動揺した6人を残し、礼文は去った。
「俊樹さんのせいで礼文さまが機嫌を損ねてしまったじゃない!
どうするのよ!」
「……ごめんなさい」
香に非難されて、彼はうつむく。
「あ、あのな……その……」
議長としての責任感から、健二はなにか言おうとしたが急には思いつかない。
これまでは、なにか困難が起きた時はその解決策を俊樹が見つけてくれていた。
しかしその本人が普段の調子を取り戻せずにいる。
だから健二は自分の頭で必死に考え、提案した。
「そうだ!」
次回に続く




