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勝てば官軍 弐 【呪術修正物語】  作者: 桜山 風
第三章 勝利
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第五話

「死んでる……なんてことだ」


 せっかく目の前にあらわれたチャンスを見逃してしまった。俊樹は肩を落とす。

 後悔する彼の頭越しに、健二と香は口論を始めた。


「健二さんが強く殴りすぎたのよ!」


「いや、香さんだって鼻を蹴った。

 それで血が喉に詰まって息ができなくなって死んだんだ!」


「あれは偶然よ! わざとじゃないわ!」


 反論はしたが、香も死因が窒息である可能性に思い至る。


「私……人殺しになったの? そんな……」


 暑さと運動で紅潮していた顔を青ざめさせ、香は健二に(すが)りついた。


「私にだけ責任を取らせるつもり? 

 健二さんが変なタイミングで蹴ったから、

 私が狙っていない鼻にツマ先があたったのよ。

 だから、捕まるならあなたも一緒に」


「俺だって、そんなことになるとは思わずに蹴ったんだ。

 殺すつもりなんてなかった!」


 健二は頭を抱える。


「ああ……俺が殺人罪で逮捕されたら、親父がなんて言うだろう

 ……おふくろは泣くだろうな……」


「私にだって、家族はいるのよ……

 反抗ばかりしていたけれど、でも……」


 彼女の揺れる視線は俊樹に止まった。


「そ、そうよ! 

 俊樹さんは、最初から鹿島を殺すつもりだったわよね!

 そういうことなら、俊樹さんが()ったことにしてちょうだい! 

 ついでに後始末もして!」


「へ?」


 鹿島の横に腰を下ろしていた俊樹は驚いて顔をあげた。


「ねえ、お願い。でないと、私、私……」


 涙目で香は懇願する。


「ずうずうしい頼みだと思うんだが……しかし……その」


 言葉を濁してはいるが、健二も香と同意見のようだ。


「オレは……」


 少し間をおいてから、俊樹は首を縦に振る。


「わかった。

 香さんが言ったように、そもそも殺す気でいたし、

 そのための下工作も実行したし。

 礼文さまにはオレが殺したと言っていいよ」


 二人の偽証を礼文に告発したら、一人だけ良い子ぶっていると非難され、せっかくできた仲間に嫌われるだろう。だから要請されるままに罪をかぶる。その結果がどうなるかは[秘密の首領]さまにお任せしよう。俊樹はそう考えた。


「ありがとう!」

「すまない!」


 頭を下げる二人の前で俊樹はジャックナイフの刃を開き、鹿島の細い首筋にあてた。


「えい!」


 掛声と共に力を籠める。よく手入れをされた刃は皮膚と肉を裂いた。切り口からはドロリと血が流れる。


「手とナイフが汚れたから台所で洗ってくるよ」


 スタスタと部屋の外に出る俊樹を見送ってから、健二は我に返った。


「では、もう一度礼文さまに電話してくる!」


 慌てた様子で彼は部屋から出た。


「ちょっと、一人にしないで!」


 死体のそばから離れようと、香も後を追う。



   ◆◆◆◆◆◆



 帰ってきた健二の話では、やっと電話が通じたそうだ。礼文の到着を三人は応接室で茶を飲みながら待つ。


 俊樹はともかく、健二と香はこんな状況でノンキに喫茶などしている場合ではないと思ってはいた。だが、脱水症状からくる生理的欲求には耐えられなかった。せめて、出がらしのまずい茶を飲むことで二人は罪悪感を抑えている。


 汗で濡れた服を不快に感じてもいる。だが健二と香はそれを着替えるという心の余裕を失っていた。俊樹は合宿のための着替え以外に通学用シャツも持っているが、他の二人に遠慮して使わずにいる。


 やがてエンジンの音が近づき、家の前で止まる。三人は応接間から飛び出し、急いで玄関を開けた。


「礼文さま! 私は……」


「静かに」


 厳しい口調で命令されて、香は口をつぐんだ。


 不機嫌な様子で、礼文は階段を上がる。何が起きたか、現場はどこか、すでに電話で報告は受けている。幹部三人は神妙な面持ちで後に続いた。


 ドアを閉め室内を見回してから、礼文は質問する。


「健二くんの報告では、

 俊樹くんがナイフで鹿島を殺したそうだが、

 相違ないか?」


「あ……はい」


「そうですそうです」


「オレは、このジャックナイフで鹿島さんの首を切りました」


 俊樹がうやうやしく差し出したナイフの刃を電球の明りで確かめてから、礼文は冷たい声を発する。


「健二くん、香くん。嘘はいかんな」


「ええっ!」「なん……」


 言い当てられて、二人は絶句する。


「そして俊樹くん。

 真実の一部だけ語って事実をごまかすのもいけない。

 それはチェリー・ピッキングといって詐術の一つだ。

 ある意味では、単純な嘘よりたちが悪い」


 苦虫を噛んだように、礼文は言葉を吐き捨てた。


「ははあっ。申し訳ありません!」


 やはり、あっけなくバレてしまった。覚悟を決めて俊樹は土下座する。

 呆然としていた二人もそれに習う。


「[秘密の首領]さまは、すべてを見通す眼をお持ちになられています。

 その啓示を受けられる礼文さまを騙そうなど、

 まさに不遜(ふそん)、不敬の極み。

 どうか、いかようになりとオレの処分を!」


 土下座して詫びる俊樹の横で、健二は硬直した。


「お、俺はなんてことを……」


 そして自分の額を床に叩きつける。


「ごめんなさい!ごめんなさい! ううう」


 彼は子供のように泣き出した。


「どうかお許しを! 悪気は無かったんです!」


 香も泣き出した。


 三人三様の謝罪を見て、礼文は肩をすくめた。


「この程度の嘘を見破るのに

 わざわざ[秘密の首領]さまをわずらわせるほどのことはない。

 私自身の経験と知識をもってすれば

 真実を解き明かすことも容易だ」


 (おのれ)が[秘密の首領]の代弁を務めるだけの腹話術人形ではないことを主張し、自分自身の実力をひけらかしたくなったので、礼文は名探偵ぶりを発揮する。


「刃に血曇りがあるし、

 傷口の大きさにも合っている。

 だから俊樹くんのナイフで鹿島の首が切られたことは間違いないだろう。

 しかし、それは死後のことだ」


 礼文は床にこぼれた血を指さす。


「まだ心臓が動いているうちに頸動脈が切断されたら

 勢いよく血がほとばしり周囲を紅く染める。

 だが、その痕跡はない。少々床が汚れただけだ」


 礼文の言葉には実体験からくる重みがあった。


「鹿島の顔や体に打撲傷が多数あるが、

 それは健二君と香くんの仕業だな。

 二人の拳と手のひらは腫れているし、靴下も血で汚れている。

 こぼれた鼻血を踏み、返り血もあびたせいだろう。

 しかし俊樹くんの拳と靴下はきれいなままだ」


「え」「あら」「おっ」


 三人はそれぞれ自分の姿を確認し、礼文の言葉が正しいと理解する。


「だって鹿島さんが悪いんです! 

 私がいくら説得しても耳を貸さず、

 返事さえしてくれなかったんですよ!」


「まったくの無言を貫かれて、

 俺もつい……カッとなって……」


「無言? ふむ」


 礼文はステッキで体を支え、かがみこんだ。

 空いている手で鹿島のコメカミを調べる。


「それは健二くんが左頬を殴ってからのことだな。

 その前は普通に話すことができたはずだ」


「は、はい! その通りです! 

 気絶からさめて、それからずっと返事しなくて」


「なん……ゲホゲホ」


 疑問を咳払いでごまかした香を睨んでから、彼は立ち上がる。


「しゃべらなくなったのは、

 打撲によってここにある骨が折れたからだ。

 それができるのは健二くん。香くんの力では無理だろう」


 礼文は自分のこめかみを指さした。


「下顎の骨には二つの突起があり、

 それが折れると口がうまく動かせなくなる。

 痛みも激しいからまともに話せる状態ではない」


 礼文自身は医学教育を受けていない。だが、彼の同志であるアリョーシャは医者だった。敵捕虜の尋問が困難になったとき、アリョーシャは診察によって原因を突き止めた。過去の経験を参考にして、今回も同じことが起きたと礼文は判断したのだ。


「そんな! 

 俺だって軍で殴られてきたけれど折れたことはないし、

 他の新兵だって」


「年寄りの骨はもろいものだ」


 実際、あのときの捕虜も老人だった。


「あ! ああ……そうで」


「つまり! 

 骨折するほどの衝撃を頭部に受けたから死んでしまったんですね!」


 健二の言葉をさえぎって、香が口をはさむ。


「いや、鼻の真後ろは脳。

 しかも生命維持を司る部位があるところだ。

 そこを強く蹴られたなら、

 脳組織が壊れ呼吸や心拍の調整に不具合が生じるだろう」


 これもアリョーシャからの受け売り知識だ。


「ひ」


 息をのんで、香は自分のツマ先を見つめる。


「じゃあ……私が、やっぱり」


 ガン ガン


 礼文はステッキで床を打ち鳴らす。


 幹部たちの視線を集めておいてから、重々しく口を開いた。


「君たちは罪人だ」


 宣告を受け、三人はこうべをたれる。


「[秘密の首領]さまの使徒である私に偽りを述べ、

 真実をごまかそうとした罪を償うため、

 [真世界への道]に誠心誠意で尽くせ。

 もしも働きが足りなければ、死後地獄に落ちるであろう」


「ははあっ! つつしんで承ります」


「?」「?」


 健二と香は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたが、俊樹を見習って、とりあえずひれ伏した。




  次回に続く



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