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勝てば官軍 弐 【呪術修正物語】  作者: 桜山 風
第二章 懐柔
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第九話

 刀自子に招かれた翡翠はクルーザーに乗りこむ。清昌は船員を人払いし、サロンには彼ら三人だけとなった。


 翡翠は現在に至るまでの状況を簡潔に報告し、次に自分の希望を述べる。


 瀬野に復讐するために彼女と結婚したいと言われた刀自子は、わずかに眉をひそめてから、その理由を問うた。翡翠は音矢と話し合った内容を説明していく。


『ボクの妻になるということは、

 生きながら地獄に落ちるようなものだからです』


『どういうことだ?』


『ボクたちの母は異常な胎児を宿したために重度の妊娠中毒症にかかり、

 死亡しています。

 ボクの子を(はら)めば、同じ(てつ)を踏む可能性が高いでしょう。

 無事に出産したとしても母子ともに研究対象となります。

 そしてボクの研究が公的に認められれば、

 改良神代細胞を我が物にし独占しようとする外国勢力が

 ボクを脅迫するために妻を誘拐するかもしれません。

 そのくらいのことを日本政府も予想するでしょうから

 ボクと妻には警護がつきます。

 ボクは檻の中で育ちましたから他人に観察されるのは慣れていますが、

 一般家庭に生まれ育った人にとっては、

 実験動物や囚人のように扱われるのはとても辛いことでしょう。

 なにも悪いことをしていない女性を

 そのような過酷な運命に引きこむのはあまりにも気の毒です。

 (おのれ)の罪によって地獄落ちと決まっている瀬野のような女こそ

 ボクのような鬼の妻にふさわしい』


『なるほど、一理ある』


『加えて、ボクはあの女をいろいろと利用したいのです。

 音矢くんは礼文をあえて殺さずに実験用人体を調達させ、

 改良神代細胞と超克細胞のデータを得るなどの成果を得ました。

 瀬野の使いどころは性欲処理以外にも

 車の操縦手や雑用係などを考えてあります。

 そして、彼女にしかできない重要な仕事もあると、

 音矢くんは言っています』


『それは何だ?』


『女除けです』


『……そうか、確かにお前は見た目がよい。

 しかも非嫡出子(ひちゃくしゅつし)とはいえ伯爵家に繋がる身分、

 そのうえ改良神代細胞などの研究で名声と財産を得るとなると

 妻の座を実態を深く考えず手に入れようとする愚か者が

 大量発生しそうだな。

 秋波(しゅうは)を送るのみならず、

 実力行使をはかろうとする者もいるだろう。

 そんな椅子取り競争が起きるたびに

 醜聞(スキャンダル)を面白おかしく新聞に書きたてられたら不愉快だ』


『愚か者たちを追い払うのに瀬野を使えばいいと

 音矢くんは言っています。

 彼女なら、あらゆる手段をつかって自分の椅子を守ろうとするだろうと。

 それがたとえ針がビッシリと植えられた拷問椅子だとしても、

 瀬野はボクの妻という地位に固執するでしょう』


『まさに地獄の住人の姿だな。

 よろしい。瀬野小夜子をお前の妻にふさわしいと認めよう』


『ありがとうございます。

 しかし、ご存じの通り瀬野は刀自子さまを騙してのけるほど狡猾(こうかつ)であり、

 柔術を悪用して弱い立場の者を痛めつけるという凶暴性を持つ、

 まさに魔女と獣を合わせたような存在。

 一筋縄ではいかない手ごわい相手です。

 つきましては、彼女の精神を完全にボクの支配下に置くため、

 刀自子さまに協力を願いたいのですが』


『なにをすればいい?』


『古典的な手口です。

 刀自子さまが瀬野をいじめて、ボクが彼女をかばうという』


『それが有効な手段であるからこそ、

 昔から使われ続けているのだ。

 よし、任せておけ。

 幸いなことに、瀬野をいたぶる手はずは本土にいる間に整えてある。

 それを少々修正すればいい。

 瀬野が須佐家に嫁ぐとあれば私はあの女の姑役を務めることになる。

 嫁いびりというのも楽しそうだ』


『ありがとうございます。

 ボクは彼女が苦しむところを高みの見物してから、

 優し気に慰めてやりましょう。

 拷問の合間には傷を治療してやり、

 生かさず殺さず苦痛を長引かせるものだとも

 音矢くんは言っていました』


 鬼と鬼婆の会話を、清昌は鼻白む面持ちで聞いていた。



   ◆◆◆◆◆◆



 翡翠の回想は音矢の声掛けによって終わった。

 小夜子関連の話題はいったん打ち切られ、当たり障りのないことを話しながら食事を終える。


 その後、育てている野菜を見せてほしいと翡翠に申し出て、二人は裏庭に出た。


 刀自子の家の北側には普段使わないものを収める蔵がある。その横だが母屋の影がかからない範囲に植木鉢は並べられていた。


「ああ、これですか」


 小ネギやミツバを眺めるふりをしながら、彼はズボンのポケットに入れておいた[増幅石]を握り締める。これはエーテルエネルギーの反応を感知する能力を高めるものだ。以前は翡翠しか使えなかったが、今の音矢は昔より多くの神代細胞を体に持っているので使用に問題はない。


 人体が放つエーテルエネルギー反応は建物内のみから検知された。


「いいところに置きましたね。

 ここなら奉公人さんたちに立ち聞きされる心配なく話せます。

 植木鉢の野菜だけではなく、

 雑草や昆虫の観察をしていたと言えば、

 ここに留まる理由の説明にもなりますし」


「そうか? 意図したわけではないが、役に立つならよかった」


 安心した音矢は、打ち切った話題の続きを語る。


「しかし、孤島での弁護は大した演技でしたね。

 まったく不自然なところがありませんでしたよ」


「それが……演技をするつもりだったが……

 彼女が刀自子さまにいじめられて泣いているところを見たら……

 本気でかばってしまった。

 どうにもかわいそうでならなかったんだ」


 翡翠は額を押さえる。


「なぜだろう。わからない。

 ……どうしてなんだ。今でも憎いのに」


 そんな彼の様子を見て、音矢は暖かい微笑みを浮かべた。


「工藤さんも

『人の心を動かすのは、まぎれもない真実と真心なんだ』

 って言ってましたよ。

 翡翠さんが本気でかばったから、

 せ……小夜子さんも懐いたんです。

 理由はどうあれ、上手くいったのだから良いではありませんか」


 まだ結論を出す時期ではない。そう判断した音矢は別の話題に切り替える。


「今、何時ですか?」


 翡翠は刀自子にもらった腕時計を見た。


「もう少しで1時になる。

 話し合いの後の食事会がそろそろ終わるころだな」


「いえ、あの人が呼ばれているのですから、

 例によって遅刻するでしょう。

 その到着待ちで、まだ始まってさえいないかもしれません」


 音矢の言葉は半分だけ当たっていた。



   ◆◆◆◆◆◆



 虎ノ門にある帝都プレシャスホテルで刀自子が開いた会議は定刻通りに始まり、各方面から送りこまれた代表者たちは彼女の要請を受け入れてくれた。これは、あらかじめ刀自子が行った事前の根回しが功を奏したからだ。


 その後の食事会も和やかに終わった。小会議室から職場に戻ろうとする代表者たちと入れ替わるように、彼は現れる。その遅刻癖はすでに知れ渡っていたので、いまさら(とが)められることはない。簡単な挨拶を交わし、代表者たちは部屋を出ていった。


 遅れてきた客が席に着くと、彼を案内してきたボーイが銀色のドーム状をした蓋、いわゆるクローシュの一つを開けた。その下にあるのはサンドイッチだ。他の皿にはマリネやテリーヌなど保温の必要のない料理や焼き菓子などが盛り付けられている。ボーイは持参したポットから熱い紅茶をカップに注ぎ、一人だけ残った刀自子のカップも満たし、一礼して退出した。


「ちょうど良い時間にいらっしゃいましたね。

 おかげで無粋な役人や粗暴な軍人たち抜きで、

 ゆっくり話すことができますよ。

 この小会議室はあと二時間借りていられますから、

 ご安心ください」


 刀自子の言葉は音矢たちに対するときのようなものではなく、状況に合わせた丁寧語になっている。


「うふふう。刀自子ちゃんは優しいな。

 大概の人たちはぼくがちょっと遅れただけで目くじら立てて怒るからさあ。

 さっきの人たちも言葉では責めないけれど目がすごく冷たかったし、

 予定時間が来たからってさっさと帰っちゃうし。

 何事にも、ゆとりって大事だよねえ」


 富鳥義光は悪びれもせず、自分の非を棚に上げて他人を批判した。




  次回に続く。


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