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勝てば官軍 弐 【呪術修正物語】  作者: 桜山 風
第一章 帰還
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第二話

 車が去るのを待たず、塚元はゴム手袋もポケットから出した。


「立って」


 命令に従った犬田の周りを、彼はグルリと回る。


「ふふふ、あれだけ殴られたのに腫脹、発赤などの所見なしか……

 回復力は確認できたな。よし、真っ直ぐ歩いてみろ」


 その姿を後ろから観察する。


「平衡感覚の乱れなし、全身の統合運動に異常なし……

 止まっていいぞ。ふふふ。

 命令に従うということは聴覚や言語をつかさどる部位、

 そして判断力にも異常がないということ! 

 本当に、脳が神代細胞とやらに入れ替わっていてこれなら、

 まさに革新的な発見だ! 

 しかも研究は、ほぼ手つかずの状態! 

 俺が、俺だけが新しい道を開ける! 

 やはり、引継ぎを高速ですませておいてよかった。

 おかげで、予定より早く研究にとりかかれるときたもんだ。

 ああ、俺は幸運だ。科学者冥利かがくしゃみょうりに尽きる!」


 塚元は拳を突き上げた。


「ぃようっし! 次は各部の組織を検査するぞおおおお! 

 施設の管理者は?」


「あ、はい。本来の舎監さんは手術室でお清めしているので、

 俺が代理します」


 千川がおずおずと答えた。


「よし、そこに行く

 ……が、その前に。お清めってなんだ?」


「外の穢れを持ちこまないようにするとからしいです。

 でも、宗教関係よりも

 医学的な感染防止ってとこもあるんじゃないですかね。

 犬田を連れてくるときに」


「犬田?」


「そこの男です。さきほど礼文さんが、そう呼んでいました」


「なるほど。

 まあ、[下請けくん]なんて名前があるわけないよな。

 話の腰を折って悪かった。続けてくれ」


「はい、舎監さんとあと一人が、

 車の後部座席で代わる代わる鼻血が出るまで殴ってやったとかで。

 檻に入るときに自慢してましたから、そうとう密着してたはずですよ。

 だから礼文さまは二人に服を燃やして体を洗って隔離されるように命じたし、

 犬田にも同じようにさせたんでは……あっ!」


 慌てた口調で、千川は質問した。


「子供たちは素手で殴ってしまいましたが、

 あいつから、うつるんですか?」


「先ほどは安全を期してああ言ったが、

 もとが細胞ならばウイルスよりずっと大きくて重いから、

 空気感染はたぶんないだろうが……

 接触はどうかな。

 犬田くんも体を洗ったなら、血液感染の可能性はないだろうが

 一応、彼らも防疫処置はしたほうがいいだろう」


「でも、あいつらの分まで焼いてしまうと、

 次の着替えが足りなくなってしまうんです」


「それなら、衣服を石鹸でよく洗い、

 消毒液につけておくことだな。体もそうだ。

 幸い、今は夏だからちょいとばかりの間、

 裸でいても構わないだろう」


「了解しました。

 おい! お前たち、服を洗濯しろ! 

 その後、自分たちの体も洗うんだ!」


「「「「はい」」」」


 少年たちは宿舎裏の洗濯場に全員で移動する。


「しかし、礼文さんは[なぜ]彼を殴らせたんだ?」


「さあ……」


 なぜ、と疑問を持つことは[真世界への道]での禁忌タブーだ。自分の立場を考慮しながら千川は言葉を濁し、門のほうに目を向けた。


「あ、戻ってきました! 

 詳しいことはあの人に聞いてください。

 あの人がここの総責任者です」


 厄介な事案を上役に押しつけ、千川は本来の業務に戻ろうとする。


「俺も、奴らが洗濯と洗浄に手を抜かないか監視するために

 あちらへ行きますので、はい。

 あとはよろしくお願いいたします」


 塚元は、大男の背後から声をかけた。


「それよりも、

 隔離された二人が通った手術室までの経路を消毒してくれ。

 霧吹きにエタノールを入れて、散布するんだ」


「了解です!」



   ◆◆◆◆◆◆



 消毒が済むまでの時間つぶしに、疑問に思ったいくつかのことを塚元は礼文に質問してみた。はかばかしい答えは返ってこなかったが、そろそろ頃合いだと彼は判断したので荷物を持ち、仏頂面の礼文に案内を促した。犬田を引き連れて彼らは研究室に入る。ちょうど作業を終えた千川は檻の鍵を礼文に渡した。


「御留守中に電話が」


「だから、報告は後でいい」


「了解」


 千川は一礼して少年たちのところに向かう。


「おや」


 二つの檻には、津先と茅ヶ崎がそれぞれ入っている。


「これでは犬田を収容できない。茅ヶ崎、津先と同じ檻を使え」


「いや、その必要はない。

 そもそも、檻ってなんだよ。まるで囚人じゃないか。

 隔離して検査はするけど、

 それ以外の時間は普通の部屋で過ごさせて大丈夫。

 富鳥さんの話では、

 研究棟の上にある居住区が空いているはず。

 見取り図も、もらった」


 塚元はポケットから紙を出す。彼の言葉に津先が反応した。


「は、はい。図書室以外は使っていません」


「それなら……この一番端と、その隣に行ってくれ。

 俺は図書室寄りの部屋をもらう。犬田は」


「檻の中だ」


 礼文は戸棚を開けて、手錠を二つ取り出した。


「犬田、後ろを向け」


「そんなもの、いらないだろう」


「先生。

 富鳥氏はあなたに全面協力しろとは言われた。

 しかし、この男は、きわめて凶悪な男だ。

 研究所で暮らす全員を守る責任者として、

 私は犬田を自由に行動させるわけにはいかない」


「うーん。そんな風には見えないがなあ。

 第一、さっきから犬田はずっと

 あなたの命令に従っているじゃないか」


「それは見せかけにすぎない。

 こいつは大人しい様子で油断させ、敵を倒すことを得意としている。

 富鳥さまは下請けと呼んでいたが、

 その仕事内容は、

 まだ無害化する前の神代細胞の副作用で凶暴化した患者を殺すことだった。

 これまでに15人を犬田は始末している」


「ええっ!」


 驚いた塚元は、直接犬田に質問する。


「君、本当にったの?」


 問われた男は真顔でうなずいた。


「…………、…………」


 礼文と犬田を交互に見てから、塚元は決断した。


「それでは、あなたの顔を立てて拘束を認めよう。

 だが、後ろ手錠は困る。

 それでは採血にも血圧測定にも差し支えるからな。

 前側にかけてくれ」


 不満そうな表情を浮かべ、礼文は手錠をかける。


「床に伏せろ」


 命令に従った犬田の脇に礼文はしゃがむ。


「あなたは膝が悪いんだろう。

 その姿勢はきつい。

 先に檻の中の二人を出してやれば、作業を任せら」


「ここにはここのやり方があるのだ。

 研究以外のことには口出ししないでもらいたい」


 よかれと思って言ったことを礼文にはねつけられて、


「はいはい。リョーカイしましたよ」


 むっとした様子で塚元は答える。


 無言で礼文は檻の鍵を開けた。津先と茅ヶ崎が外に出ると、犬田は足首の鎖を鳴らしながら小さな歩幅で片方の檻に向かう。


「そっちではない!」


 叱責された犬田は頭を下げて、もう一つの檻に入った。


 彼の後ろ姿から顔を背けて、塚本はつぶやく。


「俺は独り言をいう癖があるんだけどさ、

 檻の構造は同じなんだから、

 別にどっちでもいいだろうに。

 独り言だから答えなくていいけど」


「……」


 檻に鍵をかける礼文からは、怒りが立ち上るようだった。塚元は意に介さないが、津先と茅ヶ崎の顔色は青ざめる。


 塚元に向き直った礼文が


「そして日常茶飯事に用いるありふれた道具でも、

 彼が手にすれば強力な武器となる。

 くれぐれも余計なものを与えてはならな」


 説明をしている最中に研究室のドアが激しくノックされた。


「会議室で、また電話が鳴っています!」


 千川の声だ。彼は逃亡犯なので外部との接触を避けねばならない。だから、礼文は津先に電話番を任せることが多いのだが、感染源である疑いをまだ払拭ふっしょくできないので、今は彼をあちこち移動させることができない。


それで、


「すぐ行く」


 礼文は自ら動かざるを得なかった。


 杖で乱暴に床を突くようにして歩きながら、礼文は考える。


(弁護士事務所が、

 事が成ったのだからさっさと水晶を返せとでも要求してきたのか? 

 それは筋が通らない話だ)


(結晶化した神代細胞の中に隠れてしまったあいつは

 私だけでは運べないし、

 かさばるものを事務所に置けないとも言われている。

 翡翠が孤島に引っ越すときに軍人が手伝いにくるから、

 そのとき研究所へ彼らに立ちよってもらって

 引き取らせるということになっていたはずだが)


「もしもし。おや、健二くんか? どうした」


[真世界への道]の信者代表を務める男は、ひどく動揺した口調で報告する。


『れ、礼文さん

 ……鹿島を、俊樹が殺してしまいました!』


「なに!?」



   ◆◆◆◆◆◆



 不自由な脚をもどかしがりながら、礼文は急いで研究室に戻った。


「私は重要な仕事ができたので外出するが、

 犬田を檻から解き放ってはならないぞ! 

 手足の拘束も外すな! 

 いや、それでも油断はならない。

 こいつは身動きできない状態でも口説くぜつ駆使くしして

 人をたぶらかすのだ! 

 だから犬田の話に耳を貸すな!」


 乱暴に閉められたドアに向かって、塚元はうそぶく。


「そんなこと言われたって、

 これまでの研究をまとめた報告書は焼けて、もう無いんだろう?

 だったら犬田に尋ねるしかないじゃないか」



   ◆◆◆◆◆◆




「手間取らせおって……とにかく、やっと戻ってこれたぞ」


 駐車場から、礼文は研究所を見た。


 開け放たれた窓から、裏庭に光が漏れているようだ。腕時計を見て礼文は時刻を確認する。


「11時を過ぎているのに、まだ起きているのか」


 不安を抱えて、礼文は手術室に向かう。玄関から入り、廊下を歩く間に話し声が聞こえた。


「神代細胞の染色法について知りたいんだが」


「それが、僕たちのほうには伝わっていないんですよ。

 たぶん、必要な薬品の製造法は

 研究日誌に書いてあったはずなんですが、

 実験開始が決まって早い段階で、

 礼文さんが日誌を持って行ったせいで

 原文を読むことができずにいまして」


「そうか……ああ、残念だ。そして憎い。

 あの[変装強盗団]め。

 よくも貴重な研究資料を焼いてくれたな」


 なにげない会話だが、礼文はそれを聞いてゾッとした。


 犬田が最後に言葉を発したのは翡翠を罵らせた時だ。それ以後は、車内では悲鳴をあげるだけ。この研究所についてからは無言を貫いていた。その様子を見て、礼文は犬田は暴力と屈辱によって人格を砕かれたのだと思い、ひとまずの安心を得ていたのだ。


 しかし、今の犬田はまったく正常に口をきいている。つまり、たったの4時間ほどで壊したはずの心が回復してしまったということだ。


「お疲れ様です」


 前方に意識を集中しているときに背後から声をかけられ、礼文は驚愕した。

 しかし、無様に飛び上がるようなことはしない。体を一瞬硬直させただけで、そっと振り返る。


「……お前か」


 後ろにいたのは千川だ。


「私が出かけている間に」


 礼文の言葉をさえぎるように、白衣と白帽を身に着けた塚元が手術室から現れた。


「おお、お帰りか。何があったか知らないが、遅くまでご苦労様」

 

 彼は自分が観察した結果を早口で説明する。


「とりあえず、

 刺激を与えすぎないように小さな火傷を作って

 再生能力を確認してから、

 血液や皮膚などの必要な試料を採取し、調べているぞ。

 いや、神代細胞というのはすごいものだな。

 焦げたのは一瞬で、

 見る間にカサブタになって剥がれて、

 新しい皮膚が生まれて、まあ見事に元通りだ。

 あれを使えば

 きっと、富鳥氏の息子さんを治すことができるだろう」


「それは良かったですねえ」


 千川が礼文の頭越しに返事をする。


 この二人は結託している。[真世界への道]創設者であり理論的指導者の礼文を差し置いて、だ。


 大いに不満を抱いた礼文は無言で塚元を押しのけるようにして入室した。


「あ……」


 手足を拘束されたままの犬田は、怯えた様子で後ずさりした。裸の背が檻の奥、板壁にぶつかる。


 口がきけるほどに回復はしたが、まだ自分に対する恐れは維持されているようだ。礼文はそのように判断した。


「む?」


 犬田の手に握られているものに礼文は目を止める。


「なにを奴に与えた?」


「雑巾だよ。

 ここは、特に檻の中は汚いからな。

 俺が顕微鏡を見ている間はあいつに暇ができるから、

 掃除を命じたんだ」


「私は警告したぞ」


「ああ、

 [日常茶飯事に用いるありふれた道具でも彼が手にすれば強力な武器となる]

 だっけ? 

 でも、たかが雑巾だぞ。

 どうやったら人に危害をくわえられるっていうんだよ。

 そんな方法があるなら、具体的に教えてくれ」


「それは」


 礼文には思いつかなった。悔しさを一瞬感じたが、自分は犬田のように外道な発想を持たない善良な人間なのだから当然だ、と礼文は心の中で言い訳をする。


「神代細胞は傷を治すことがわかっているけれど、

 細菌感染についてはまだ不明なんだろう? 

 犬田がそう言っていたぞ。

 暴走患者は発症から処分までの時間が短いので

 細菌の繁殖については調べられなかった。

 犬田たちも正式な医者がいない環境で実験を強いられていたので、

 わざと破傷風菌などに感染して経過を見るなどという

 危険を冒すことができなかった。

 むしろ掃除と消毒、そして食品衛生管理を徹底して、

 自分たちの身を守っていた、と。

 それ以外の理由もあるし、

 とにかく不衛生な環境は研究の差支えになるんだ。

 だから掃除させる。

 掃除には道具が必要だ。したがって与える」


「だが」


「もちろん、塩素系漂白剤などの危険物は与えないぞ。

 とりあえず水拭きだけだ。やらせるのは」


 言おうとしたことを先回りして否定されたので、礼文は矛先を変えた。


「そもそも、お前の指導がなっとらんから掃除が行き届かないのだ!」


「うへえ」


 首をすくめてから、千川は頭を下げる。


「申し訳ありません!」


「いや、これはそれ以前からの管理状態に問題がある。

 千川さんに聞いたんだが、

 便器を掃除させるときに

 『舐めても平気なくらいに磨き上げろ』と命じたんだな?」


 塚元が口をはさんだ。


「へえ、そのとおりで」


「そして汚れが残っていたので

 『このありさまはなんだ! 貴様、舐めてみろ!』と叱ったら、

 ほんとに口をつけて舐めたそうだ。

 これでは軍隊式のシゴキも通用しないだろう」


 不快そうに、彼は顔をしかめる。


「あいつら、殴られれば痛がるし、

 怒られれば作業のやり直しはするんですが、

 とにかく効率が悪くて……

 言われたことを機械的に行えばいい、

 結果が悪ければ罰を受けるけれど、

 その瞬間さえ我慢すればそれで済む、

 あとは野となれ山となれみたいな。

 ……ええと、どう言えばいいんでしょうねえ」


「学習性無力感だ。

 自分がなにをしても事態は好転しないと覚えてしまったから、

 なにもかもあきらめて、流されるままになってしまう」


 千川の知識に無かったことを、塚元は補足してやる。


「先ほど、小腹が減ったので軽食を頼もうと

 反対側にある元工員宿舎に行ったら、

 誰もいなかった。

 千川さんに聞いたら、

 子供たちは倉庫に監禁されて夜を明かすそうじゃないか。

 どういうわけでそんな管理をしているかも聞いたら、

 舎監さんは以前からこうしていたからだとしか

 答えてもらえなかったので、

 隔離されている彼のところに行って説明を求めた。

 茅ヶ崎くんにも質問した。それで理解した。

 ここの教育は、生き生きした心を壊し

 自発性を奪うために設定されたような酷いものだ。

 このままでいたら、彼らは神経衰弱を発症してついには自殺しかねんぞ」


 腕を組み、胸を張って塚元は宣言した。


「実験台候補たちを保護するという観点からも、

 研究所の持ち主である富鳥氏から業務委託を受けた

 この俺は、生活の改善を求める。

 そもそも不衛生で栄養補給もままならない環境では、

 俺の健康まで損なわれてしまう。

 何事も体が資本だ。

 病気になったら脳だってまともに動かなくなって

 研究にさしつかえる」


「何を、勝手な」


 礼文は反論しようとしたが


「富鳥氏は、

 『塚元先生には全面協力するように』とおっしゃられたよな」


 雇用主の権威を盾にされては逆らえない。


「ああ、その通りだ」


 だから、どんなに悔しくても引きさがるしかなかった。


「明日から俺は、

 [SS式染色法]とかいう

 神代細胞を通常の細胞と染め分ける技術の考察に取り組むことにする。

 返す返すも研究日記が失われたのは惜しいが、

 なんとなく[ギムザ染色]の応用な気がするんだ。

 だからいろいろ試してみる。

 それに必要と思われる薬品のリストを書いたから、

 買ってきてくれ」


 おまけに、使い走りのような仕事を押し付けられてしまった。メモを礼文は受け取って、背広のポケットに入れる。拒否したくとも、千川は指名手配中で外出できないし、津先は隔離中なので自分がやるしかない。


「俺はこのまま神代細胞を観察するが、

 礼文さんたちはもう寝ていいぞ。明日は買い物をよろしく」


「……ああ」


「では、失礼します」


 千川は愛想よく会釈をすると、さっさと廊下に出る。礼文は彼の後に続く形になってしまい、イラついた。


「いやあ、

 それにしても神代細胞ってやつはすげえですねえ。

 俺も回復実験を見せてもらいましたが、

 本当にアッという間でしたよ」


 振り返った千川の顔には、礼文を見限って塚元にへつらっているやましさなどカケラもない。


「富鳥の旦那様は、

 俺をかくまってくださった大恩人であります。

 その息子さんが大火傷をして苦しんでらっしゃるそうで、

 お気の毒でなりません。

 だから俺も微力ながら、

 自分のできることでしたら、なんでもお手伝いしたくあります」


「ふん」


 礼文は人の善意や同情などを利用するが、根本的なところでは信じてはいない。

 だから


(塚元も千川も、私よりバカ親父のほうが偉いと考えている。

 だから積極的に研究を行い、

 あるいは手助けをすることによってバカ親父の機嫌をとり、

[真世界への道]内での地位をあげようとしているのだな)


 そのように解釈する。だが、


「一日でも早く、結果が出せるといいな」


 自分を蹴落とすための密告を恐れて、心にもないことを彼は口にした。


「ええ、ええ、そのとおりですとも」


 礼文の言葉の表面だけを理解して、千川は大きくうなずく。


 自分の部屋に入った礼文は、ドアにカギをかけた。私物として持ちこんだ寝巻に着替え、明かりを消してソファに横たわる。


 瞼の裏に広がる闇を見つめながら、礼文は考えた。


(今、私は非常に不本意な状況に置かれている。

 だが、あきらめないし、絶望もしない)


(なぜなら、バカ親父の行動パターンを私は知っているからだ)


(近い将来、かならずあいつは逆方向に舵を切る。

 それを予測し覚悟を決めている私と違い、

 バカ親父の本性を初めて見せつけられた塚元と千川は

 大いに動揺するだろう)


(その心の隙を突き、私はあの二人を支配する)


(大丈夫。私ならできる)


 礼文は枕の下に手を差し入れた。そこにある愛銃の冷たい感触を確かめながら、彼は眠りにつく。




  次回に続く


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