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勝てば官軍 弐 【呪術修正物語】  作者: 桜山 風
第一章 帰還
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第十話

 時は流れ、1933年〔光文8年〕3月26日。


 犬田に渡された新聞を読み、塚元はほくそ笑んだ。


「なるほど。クーデターを起こして天皇陛下の身柄を確保し、

 [全権委任法]を発布していただければ、

 [真世界への道]の党首が三権の長となり、統帥権も確保して

 大日本帝国を支配することができるわけだな」


 全権委任法とは、ドイツ国において1933年3月23日に制定された法律だ。これが施行されれば、ヒトラー首相は合法的に独裁者となる。公平新聞のドイツ特派員が書いた記事を発見した犬田は目立つように赤鉛筆で印を付けてから、塚元に見せたのだ。


「さっそく意見書を作り、礼文さまにお伝えしよう」


 1933年〔光文8年〕。塚元は神代細胞の研究だけではなく、[真世界への道]の幹部として活躍し、礼文に様々な提言も行っている。しかし、それらはほとんどが犬田のアイデアを基にしたものだった。

 

 最初は[人のフンドシで相撲を取る]ことに塚元もためらっていた。だが、次々に繰り出す提言が礼文に認められ、[真世界への道]の行動指針となっていくと次第に調子に乗り、今ではまったく抵抗が無くなっていた。


「お役に立てて光栄です」


 うやうやしく頭をさげる犬田は、背広姿だ。チョビ髭と白手袋は昔のままだが、それに加えて前髪を額にかかるほど伸ばし、黒縁眼鏡を彼はかけている。この背広と眼鏡は津先からもらい受けたものの一部だ。


「さて、それはさておき」


 犬田が要求する内容を察したとき、塚元は眉をひそめた。


「僕にもう一度チャンスをくださいよ。

 エジソンだって

 電球を作るまでに1万回失敗したというではありませんか」 


「お前がそういうから俺も協力して10例ほど試した。

 だが結局、誰も孫株を作れず新しい機能を付け加えることができず、

 ちょいと背を伸ばす程度にとどまっているじゃないか。

 だから今後は[超克細胞]のみを研究することになったんだよ。

 これは義光総裁さまの決定だ。覆すことはできない」


 津先が作り出した細胞は[超克細胞]と名付けられた。これは孫株どころか曾孫までもを作ることができる。そのうえ投与された実験台の中からは新しい機能を付与できる者もあらわれた。怪我に打ち勝ち、それがもたらす不幸を乗り越えるという意味で、義光は新しい細胞に命名したのだ。


「実験台たちや義知さまに残されたお前の細胞は

 すでに超克細胞に置換され、

 排出された細胞は廃棄してしまったしな。

 いまさらやり直すのは非効率だ」


「とほほ」


 犬田は顔をいったん伏せたが、再び塚元に向き直ったときはすでに笑みを浮かべている。


「そういうことなら、あきらめるしかないでしょう。

 頭を切り替えて、

 他のことで[真世界への道]の発展に貢献することにします」


 犬田はカバンを手に取り、席を立った。


「次はまた支部に行くのか?」


「はい、新事業の立ち上げが大詰めを迎えているんですよ」


 塚元は腕時計を見た。時刻は午後5時。


「昨日は義光さまの酒宴に遅くまでお付き合いしてから工員寮で仮眠。

 それから早起きして

 こっちの事務を済ませてから支部に行って仕事して、

 その合間を縫って新聞などから情報を集め、

 俺に提言のアイデアを告げてから、また支部か。

 連日それではきついだろう」


「いえいえ、まったくもって元気ハツラツです。

 [恒常石]は損傷だけではなく、疲労も回復してくれますからね。

 というわけで、僕の細胞を」


「だめだ。超克細胞にだって同じ機能があるからな」


「けんっ、けふけふ。やっぱりそうきますか」


「あ、どっこらしょ」


 掛け声とともに、塚元は立ち上がる。


「毎回の扉開け、ご苦労様です」


 一年前から、礼文が留守の間は研究所の鉄扉の合い鍵は塚元が管理することになっていた。有益な提言をくれる塚元を礼文が信頼したためだ。


「もう一つ鍵を作ってくだされば、

 僕が出入りするごとに

 いちいち先生に面倒をかけることはないんですがねえ」


「礼文さまは用心深いからな。しかたない」


 二人は雑談をかわしながら門に向かった。



   ◆◆◆◆◆◆



 銀座の事務所は[真世界への道]の本部となったが、それ以外にも彼らの活動拠点がある。


 かつて神代細胞の実験により殺人現場となった松木呉羽、北原福子、南方実篤、有田あやめ、水上文雄の家や稽古場を[真世界への道]は安値で借り上げ、新しい支部としていた。だが、芹川真奈美の屋敷だけは例外だ。一家全滅ののちに残ったのは家屋だけでない。芹川家が所有する広大な農地に軍部は目を付けた。芹川家の相続人と交渉した結果、その土地には結核などの療養所を兼ねた大規模な軍病院が建設中だ。


 五つの支部は建物の立地や規模に応じてそれぞれの役割が定められた。交通の便が良い松木邸、南方邸、水上邸は事務所になった。駅からやや離れているが一番広い北原邸は独身寮に、雑木林の奥にあるノイエ・ニュクスの稽古場は集会場とされた。


 犬田が向かったのはその中の一つ、新宿区がぐっと北西に張り出したあたりにある持合町の旧南方邸だ。壊れたドアは修理され、二階の洋室は礼文の執務室件仮眠所として使われている。


 血で汚れた畳は取り除かれ、座敷は板敷きとなった。そこに机や椅子を持ちこみ、[真世界への道]は事務作業を行っている。


「ただいま、みんな」


「おかえりなさい、犬田さん」


 挨拶をかわしてから犬田はカバンから本を出し、部下の一人に手渡す。


「村井くん、これを貸してあげる。駅前の本屋で買ってきたんだ」


 その本の題名は【日本の食材で作る 本格的リューシャ料理】。


「わあ、ありがとうございます!」


 村井は料理が好きで、ときおり南方邸の台所を使って皆に豚汁などをふるまうことがある。彼はさっそく目次を読んだ。


「へえ、ウドン粉をこねて挽肉を包んだ団子入りスープに、

 ジャガイモサラダ、豚脂身の塩漬け……

 どれも美味そうですね。こんど作ってみます」


「楽しみにしているよ。さてと」


 犬田は自分の机についた。そこには外出している間にできた書類が山積みになっている。


 先日、彼らは新たな物品を訪問販売するための予行演習を、演劇形式を使い三回行った。その感想や意見をまとめたアンケートの結果が集計されたので、犬田はその内容を吟味する。


 もちろん、他の仕事もある。自分が書いた草稿を部下に清書してもらった文章と突き合わせて間違いがないか確認したり、新規入会の名簿に目を通したり、工場から届いた試作品や雑誌広告のゲラ刷りをチェックしたり。


 彼はテキパキと仕事を処理していった。そんな彼に書類を手にして近づく者がいる。広報活動にたずさわっている路場みちば重雄だ。その顔立ちは平凡だが、別のところに特徴がある。耳たぶが大きく上部分が少し尖っていて、ロバの耳を思わせる形だ。


「第七回路上活動予行練習の計画書を作りました。

 目を通してください」


 その言葉には、彼の故郷である北関東のアクセントが残っていた。


「初めて自分一人で立案するにあたり、

 犬田さんに作ってもらった手順書はとても参考になりましたよ。

 ありがとうございます」


「けんっ、けふけふ。

 正確には、君たちがまとめ上げた手順書だよ。

 僕が書いたのは、

 これまでの経験や実際に行った演習から学んだことと

 改善点を箇条書きにしただけのもの。

 それをきちんとした文章にしたのは

 路場くん、そして丹羽くんと根小田さんだ。

 だから自信を持って、

 手順書も計画書も自分たちの名前で礼文さまに提出するといい」


「でも、それでは

 犬田さんの働きが礼文さまにわかってもらえないでしょう」


「別に構わないよ。

[真世界への道]の信者たちは己の名誉や利益など顧みず、

 ただ秘密の首領さまの御心を実現することだけを求めなければならない。

 経典に書いてあるだろう?」


「そう……ですね」


「僕の仕事には支部長の指導も含まれている。

 君たちを立派に成長させるのが僕の使命なんだ。

 会員たちがお互いに協力することで[真世界への道]が発展していく。

 こんなにうれしいことはない」


 犬田は合掌する。それをみて、路場も同じようにした。そして


「真世界よ 来たれ!」

「真世界よ 来たれ!」


 二人は声を合わせて信者同士の合言葉を唱える。



   ◆◆◆◆◆◆



 やがて柱時計が7時を告げた。


「みんな、そろそろ帰っていいよ」


「いえ、まだ仕事が残っていますし」


「休んで体力を回復するのも社会人の義務……」


「犬田さんがそれを言いますか?」


「誰よりも残業してるのは犬田さんですよねえ」


「けんっ、けふけふ。まあ、そうなんだけれど」


「ふむ。部下たちから見ても犬田は働きすぎのようだな」


「礼文さま!」


 フスマを開けて入室した人物を見て、犬田たちは直立する。


「ああ、楽にしてよい」


 鷹揚に微笑みながら、礼文は犬田の前に立つ。


「上司が残っていれば、その下で働く者たちも帰りづらいだろう。

 だから、たまには早帰りしてやるのも

 上に立つ者の思いやりというものだぞ」


「あ、はい……」


「とはいえ、普段と違うことをするには

 何かきっかけが欲しいところだ」


 礼文は大判の封筒を犬田に渡した。


「この書類を相手方に渡してくれ。

 重要なものだから君以外に頼めない。

 それが終わったら寮に直帰しろ」


「お心遣い、ありがとうございます」


 礼を言ってから、犬田は封筒の宛名を読んだ。


「えええっ!」


 驚く彼を、礼文は満足そうに眺める。



   ◆◆◆◆◆◆



 銀座の三越、ライオン前。これが指定された場所だ。


 しばらく躊躇(ためら)っていた犬田が、その背中に手を伸ばそうとしたとき、封筒の宛名に書かれた人物が声をかける。


「お待たせ」


 それは艶やかな髪を流行りの型に結い上げた、洋装の若い女だ。西洋の女優のような長い脚をかろやかに動かし、彼女は犬田に歩み寄った。


「……瀬野さん」


 ライオンの背に触れるチャンスを逃して立ち尽くす犬田に、彼女は深く頭を下げた。


「あの時は、騙してごめんなさい」


「い、いえ、もう過ぎたことですし」


「そういってもらえて嬉しいわ。

 でも、ずっと気になっていたのよ。

 だから礼文さんに頼んで、謝罪の機会を作ってもらったの」


「はあ、それはどうも……」


「うふ。まだ面食らっているみたいね」


 すっと、瀬野は犬田に寄り添った。花に似た香りが彼の鼻孔を刺激する。目印となっていた封筒を犬田が手渡すと、彼女はそれを愛用している大きな革バッグにしまった。


「これで今日の仕事は終わりなんでしょ。ちょっと一杯飲んでいかない? 

 いいお店があるのよ。

 今晩はおごるから、それで私を許してほしいの」


「え、本当に」


「こっちよ」


 犬田はフラフラと、瀬野に導かれるままに歩き出した。


 連れていかれたのは、路地裏にあるオデン屋だった。瀬野は小上がりのテーブルを選び、犬田に着席をうながす。続いて彼女は彼の隣に座った。その際さりげなく犬田の体に身を寄せたが、瀬野は笑顔を絶やさない。



   ◆◆◆◆◆◆



「ああ、きれいな人と美味しいものを食べて、ゆったりと酒を飲む。

 いいなあ。幸せだなあ。

 ずっと仕事ずくめだったし、

 宴席と言えば雇用主のご機嫌取りばっかりで、

 気が抜けなかったんですよ」


 オデンの盛り合わせをつつき、瀬野に酌をしてもらったお猪口をかたむけて、犬田はご機嫌な様子を見せる。


「でも、すっかり変ったわね。

 目印の封筒と、あらかじめ聞いていた特徴がなければ、

 きっと見つけられなかったと思う」


「けんっ、けふけふ。そうでしょう、そうでしょう」


 犬田は白手袋をはめた手でチョビ髭をなでた。


「なにしろ、まだ僕は20歳。

 自分より年上の人を部下として指導するためには、

 ハッタリめいた貫禄が必要なんですよ。

 それで、この髪型と眼鏡と髭を付け加えたんです。

 僕の素顔はご記憶の通り、平凡そのものですからね」


「確かに、年齢不詳の雰囲気が……

 あ、うちの事務所宛てに来た徴兵検査のお知らせは

 礼文さんに渡したけれど、

 結局、どうなったの?」


「例のものが見つかると危ないってんで、

 研究所のお医者さんに

 僕が百日咳にかかったってことにしてもらいました。

 検査の前日に兵事課に連絡を入れてもらって欠席し、

 後からそのお医者さんが作成した診断書と身体検査表を提出して、

 なんとか通りましたよ」


 大正の後の元号が光文になった世界では、このようなことが許されている。


「どっちにしろ乙種ですから油断はできないんですけどね。

 満州の件がありますし。

 うちに出入りしている軍人さんによると」


「ああ、国際関係の話題はやめて。うんざりしちゃう。

 それより……聞かないの?」


「何をですか」


「ほら……翡翠くんが今どうしているか、とか」


「ああ、そんな人もいましたね」


 犬田はそっけなく答えた。


「あの人と仲が良かったのは過去のことですよ。

 現在の僕には関わりがない。

 今の僕にとっては[真世界への道]を発展させるほうが重要なんです。

 自分の働きで、組織がどんどん大きくなる。

 それが僕にとっては面白くて、楽しくてしかたない。

 強制されたわけでもなく、好きでこの仕事をしているんですから

 残業、過重労働、どんとこいですよ。

 けんっ、けふけふ」


「そ、そうなの?」


 彼が新田音矢だったときと、あまりにも態度が違いすぎる。不審に思った瀬野は犬田を試してみたくなり、翡翠のことを話題にあげた。


「うふふ。あの子はねえ。とっても懐いてくれてるのよ。

 私が物資を定期連絡船で運んでいくと、

 汽笛を聞きつけてトンネルの途中まで迎えに来てくれるの。

 でも、言いつけを守って、

 荷下ろしした船が漁場に向かったのを確認した私が呼ぶまでは

 隠れているわ。

 だって、船長さんにあの姿を見られたら困るでしょう? 

 船に積んだ食料の量からして、

 孤島にいるのは一人くらいってわかるだろうし。

 それなのに子供だけで出てきたら怪しまれるものね。

 それに、鍵の場所は翡翠くんも知っているけれど、

 勝手に磯に行ったりしないし。

 危ないからダメって言ったら、聞き分けてくれた」


 彼女は酒に強い。だから今、瀬野の頬が桃色に上気しているのは翡翠に対する想いのあらわれだ。


「本当に素直になったのよ。あんたがいたときとは大違いだわ。

 やっぱり影響を与える相手が私だけだと、

 本来の善良な性格に戻るのねえ。そうして

 『磯での収穫ができないから、

  タンパク質や塩の補給は瀬野さんだけが頼りなんだ。

  ボクのために遠いところから様々な物資を運んできてくれて、

  いつもありがとう』なんて、

 あの笑顔でお礼を言ってくれるのよ。

 可愛いったらないわあ。

 今のままでも素敵だけれど、

 もしも成長できたなら私の恋人としてふさわしいのに。

 立派な紳士となった翡翠くんと、この私が

 腕を組んで銀座を歩いたなら、

 きっとみんなが振り向くでしょうよ」


 願望を語りつつ、ふと視線を犬田の手元に向ける。彼は取り皿に入れた玉子を割り、細かく砕けた黄身のかけらを一つずつ箸でつまんで口に運ぶ作業に集中していた。


「本当に興味ないみたいね」


 興ざめした瀬野は、自分も箸をとった。


 彼女の話が終わったと見るやいなや


「そんなことより、これを見てくださいよ!」


 犬田は背広の襟に付けたバッジをつまんで誇示する。


「これは[真世界への道]統括監査事務主任を示す印です。

 本部に詰めている幹部たちはまだ若く、

 ほとんどが大学生で実務経験がないからってんで

 僕が指導係を申し付けられました。

 それも、ただ事務処理をチェックして回るだけではなく、

 レクリエーションを通じて

 組織的行動ができるように指導していくという役目もありますね。

 [真世界への道]に入ったときは

 ほとんど人間扱いされていなかったのに、

 まじめに努力し実績をあげて、

 僕はとうとうここまで出世したんです! 

 もし、50年後くらいに[真世界への道]が社史を編纂したら、

 この犬田黒助という名は最重要人物として記載されるでしょうね」


「へえ、それは大したものじゃない。お祝いしなくちゃね。

 ささ、飲んで飲んで」


「おっとっと」


 瀬野に注がれた酒を、うれしそうに犬田は飲み干した。頬を赤く染めた彼は、調子に乗って自慢話を続ける。


「やはり男の価値は成し遂げた仕事の量と質、

 そしてそこから得られる収入で決まるもの。

 あとはオマケにすぎません。けんっ、けふけふ。

 ここだけの話なんですが……

 革新的な事業を[真世界への道]は始めるんですよ。

 これが成功すれば、きっと多額の利益を得られるでしょう」


「あら、すてきな話ね」


「機密保持のために詳しいことは言えませんが、

 ぜひ瀬野さんに聞いてもらいことがあります。

 その計画は、僕が立案したんですよ。

 もちろん、さまざまな人から助言をもらい、

 彼らの知識も動員して粗削りだったアイデアを磨き上げ、

 とうとう実現に至ったわけです。

 しかし、計画の核心部は僕が思いついたもの。

 いままでの世界に無かった事業を、

 僕は生み出したんです! 

 この功績がみとめられれば、

 きっと礼文さんも僕が信頼に値すると理解してくれて、

 研究所の合い鍵を使用する許可をくれるでしょう!」


「そうなるといいわねえ。さあ、もう一杯いきましょう」


 瀬野に酒を進められるうちに、犬田の言葉はシャックリでとぎれるようになっていった。


「……そう、[真世界への道]を本当に……動かしているのは……

 僕。

 う、ひっく、うい……実態は、上なんて、おかざりにすぎない………

 でも、それはかりそめのこと……ういっく

 ……いずれはすべてを……僕が…………うう、目が回るなあ」


 深呼吸してから、犬田は瀬野の手を握った。


「瀬野さん……あなたは美しい。

 ……あのときからぼくは…ずっと………

 今はもっときれいになった……ひっく。

 ……もしも、僕が、あいつらを追い出して

 すべてを我が物とし、大金持ちになったら……

 僕のものになってくれま」


「てい」


 皆まで言わせず、瀬野は空いている手で犬田の首筋を打つ。


「きゅん」


 小さな悲鳴をあげて、彼はテーブルに突っ伏した。


 犬田に握られた手をオシボリでぬぐうと、瀬野は店員を呼んだ。


「ツレが酔いつぶれたから、しばらく寝かせておいてあげて。

 勘定は私が払うから」


「へい、かしこまりました」


「領収書もちょうだい。宛名は上様で」


「へい。少々お待ちを」


 酔いを感じさせない足取りで外に出ると、彼女は公衆電話ボックスに入る。




   次回に続く






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