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アウトランサー あるいは敗北神話  作者: ニタヲ
PIP EMMA
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oo6- 交錯の森


 ………………

 

 鳥の鳴く声が聞こえる。


――うぅー、だるい。腰がいてぇ。こんなとこでっ……て、どこだここ?


 青蔦が壁に這い、天井は抜け、舞台の屋根だけ家の軒先ほど残っている。

 地面は草の絨毯(じゅうたん)と化し、朝露が日光を浴びてきらきら光っている。

 ずいぶん昔に使われていた宴会場が廃墟となり、自然の侵食によって新しい遺跡に生まれ変わろうとしている。

 

 自然と人工物が組み合わされたこの景色も中々いいものだ。と、そんな感心しているばあいではない。


――また飛ばされたのか?

 《新雪郷(ニュースノー)》にいたときは予定空き(ブランク)過ぎだったが、この仕事は流石に仕事詰め(ブラック)過ぎだな。こっちにきてから景色がころころ変わる。

 

 

――ん、これはなんだ?


 白っぽい棒みたいなものがあちこちに散らばっている。

 髪の毛に隠れた蛆みたいだ。たくさんある。


――うん、これは骨だ。また酷いところに来たな。自分の寝起きの場ところくらい選べないのかね。

 


 あたりをうろちょろしていたら電話ボックスのほうでベルが鳴った。中に入って受話器をとった。

 

「はい、もしもし」

「よお、起きたか? エルガー」

「おはようございます。おかげでぐっすり眠れました」

「そうか、そりゃよかった」

「ところで、ここってどこですかね?」

「どこって昨日の宴会場じゃん」

「それにしてはずいぶん寂れてますけど」

「ああ、まあそういうもんだからな」

「そうなんすか。まあそれならいいですけど」


――いいのかは知らんが、どこかに飛ばされたわけではないらしい。しかし、そんな一夜で廃れることってあるのか。


「それで、きのう言おうと思ってたんだけど――お前のその服じゃカッコ悪いから新しいやつ用意しといた。それ取りに行ってくれ」


――すいませんね、格好わるくて。


「ああ、ありがとうございます。どこに取りに行けばいいですか?」

あばら家(バラック)なんだけど行き方わかる?」

「ええ、わかるわけないです」

「そんなに鼻っからわかるわけないなんて決めつけることはないだろ? まあこっちから地図送るわ。それじゃ」


 そこで電話を切られた。


 

 地図送るわって――どうやって送るんだろ、と思っていたら、電話台から手帳サイズのプレートが出てきた。


――こういうの教えてくれないんだよなあ。

 

 プレートには何も書かれていなかった。

 

 なんだこれ、どこが地図なんだ。

 光の反射具合で見えるとか――全然見えないや。

 まあいい、とりあえず散策でもするか。飛ばされた訳じゃないなら歩いてたらどっか見つかるだろ。べつにそんな急用でもないんだしな。


 と、どこからか鳩が飛んできた。

 鳩は近づいてきて俺の指先のプレートを引っさらい、地面に降りてそれを食べ始めた。


「ツイテコイ、コイ、コイコイ」 


 鳩はそういってから羽ばたき、向こうの方へ飛んでいった。

 

――こういう使い方をするんですかね? 誰か教えてくれ。


 鳩のあとに付いていった。

 肩まで伸びた草が生い茂っているところをまっすぐ進んだ。

 草で視界が遮られるし、すごく歩き辛い。


 途中、朽ちた家屋が散見された。蔦と苔で緑色に塗られているようだった。屋根を埋め尽くした苔から花が咲いている。


 鳩が左にそれた。

 草むらの生い茂るところから木々の並びたつ山の境に来た。

 草の刈られたところに白い椅子が置かれていた。

 鳩はちかくの木に止まったので、自分も椅子に座って休憩した。 


 風になびいて草が波立つと草原が大きな川のように見えた。


 これが緑の世界。どこもが息づいている。

 朽ちていく建物も、草むらも――なんの手入れもされていないのに。

 

 人が何事もなくただ食い、飲み、寝るだけの日々だったなら、自堕落的になるだけでそんなに活気づいた人生には見えないだろう。楽なのはいいが、楽しい訳じゃないのならちょっとした悔いも残る。

 しかし、自然にはどこにも後悔という念が感じられない。

 草も木も、石も土も全てがじっとしているのに。

 

 寝ているだけで満たされる日々はいい。

 生きているだけで息苦しいのはどうかしている。



 梢に止まっていた鳩は木々の間を器用にすり抜けていった。

 後を追い、獣道のようなところを進むと、開けた場所に出た。 


 古ぼけたつぎはぎだらけのアバラ屋(バラック)があちこちに立ち並んでいた。

 どこの小屋の屋根にもアンテナや旗やらが突き立っていた。


 鳩はひょいと、真ん中辺りのパラボナアンテナに止まった。 

 

「ココ。コココ。コココココ」

 

―そこに行けってことですね。見た目は鳩だけど、声は鶏だ。


 ゴミ屋敷みたいな家の扉の前に行き、ノックした。


「こんにちはー……誰かいますかー……?」

 

 扉を引いた。

 中は薄暗く明かりはない。


「すいませーん、こんにちはー……」


 誰もいない。ほかのとこ調べるか。


 ガンッ、ガンッ。 

 

 床下から音がする。


 ダンダンッ、ダンダンッ。

 

 よく見えないが家の隅の方でなんか揺れてる。


「ぉぉ〜ぃ。ぉぉ〜い」

 

 声のする方に寄ると、厳重そうな金庫があった。


「ぉお〜い」

 

 取ってをつかんで引っ張ったが開かない。


「あのう、開かないんですけど〜」

「”M・A・D・A・M”じゃぁ〜」

 

 暗証番号付きってことか?

 暗くて見づらいけど、確かにダイヤルがある。

 文字を合わせて扉を引いた。

 中にはなにもないし誰もいない。


「おお〜い、降りてこ〜い。ここじゃぁ」

 

 金庫の中のほうから声がする。

 手を入れて中を確かめると、底が空洞だった。

 ここに入れってことか。

 人ひとり分は入れそうではある。下がどうなってるか分からんが。


「ぉお〜ぃ」

「はぁーい」

 

 まあ大丈夫だろ。そいじゃ行きますか。

 ちゃんと梯子が付いていた。

 下に降りると狭い通路があった。

 そこを進んで行くと扉があったので、ノックした。


「おお、入れ」

 

 お爺さんの声がした。

 

「失礼します」

 

 そこは工房というに相応しい場ところで、壁も床も天井も色んな工具や雑貨で飾られていた。

 古風なもの、シンプルなもの、ごちゃごちゃしたもの、これまでに見たこともないような物ばかりが溢れていた。


「おお、来たか。お主が来たということは電鈴鳩(リコーダー)はちゃんと道案内できたということじゃな」


――あれってそんな試作品かなんかだったの?


「はあ、そうみたいですね」 


 そんなことよりもあたりに散らかっている遺物のほうに目がいってしまう。それを見て爺さんは俺の目線の先にあるものの説明をしはじめた。


「それは痴愚剥ぐ時計(モルストリップ)じゃ。人間の愚鈍な脆さ(モロン)をあぶり出してくれる――秀逸じゃよ」 


 爺さんはカッカッカッと笑った。


 この人も帽子を被っていて、あの二人とは違って魔法使いが被っているような三角帽だった。

 片目をずっと閉じているところからして怪我でもしているか、あるいは無いのか。


「こっちなんかも面白いぞ。《イカれ落としクレイジー・クレイジング》だ。こいつで垢まみれ(ダーティー)な奴をゴシゴシ洗ってやれば、こりゃまたびっくり伊達(ダンディ)な男にさま変わりじゃ。実に愉快この上ない」

「あはは……」


 この爺さん、格好は魔法使い(ウィザード)だけど、中身は変わり屋(ウィアード)だな。


「あのう、服を用意してくださったと聞いたんですが……」

「おう、そうじゃった。どこにやったかの」


 爺さんはガサゴソと辺りを探し始めた。

 爺さんが服を探している間、おれはあたりを見回していた。きっと少年たちは憧れるであろう光景だ。小さいころにここに来たら秘密基地にするのは間違いない。


 それにしてもすごいな、この雑多な感じ。ここに来るだけでどの時代の代物をも補完できる気がする。一時代で世界中をまわるよりはるかに貴重なものが手に入るだろう。

 たかだか100年生きてきただけの人間には得ることのできない知識と想像力をかき立てる遺物とが混在している。


「あった、たしかこれだったと思うが、いっかい着てみてくれ。サイズは合うと思うが」

 

 白地の襟付きローブをわたされた。

 背面に鳥居のかたちをしたAのロゴが刺繍されている。

 ちょっと大きい気がしたが、来てみるとちょうどいいサイズだった。からだが軽く感じるし、妙に落ち着く。


「おお、いいじゃないか。さすが仕立て屋(テーラー)が見立てただけはあるの」

「すごいしっくりきますね、この服」

「そりゃそうじゃ、特別につくったものじゃからな。《境界服(ボーダーコート)》だ、火でも雨でも中和する優れものじゃ」


 消防服とレインコートの良いとこ取りってことか。

 これはいい服を貰った。


「ありがとうございます」

「じゃ、ワシからも一つ頼みごとをいいかね?」


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