oo5- フィーバータイム―無念の酒場
――これは仕事ではない、な。
提灯、ランタン、風鈴、看板。夜の街。
周りが暗くなればなるだけ活気づく、深夜のフィーバータイム。
「お面に着物、気分は祭り、踊ってはだけて飲み放題、今日もイカれたファスティーパーティー!!」
帽子を被った二人組は不揃いな背丈ながら肩を組んで歌っている。そして怪しげな看板の前に立ち止まった。
「いいかエルガー? 仕事とプライベートは切り替えが大事だ。じゃないと奥さんとうまく行かない」
――そう、なのか? なんか言ってることと行ってるところがおかしくないか。
「そうそう。お前はまだ童貞かもしれないが、それじゃあ到底大人にはなれねえ」
――お前はまだ子供じゃねえのか。
「今日もバカ騒ぐぞ! ラロゼぇ!!」
「そっちこそ寝んじゃねえぞ、ゲディ!」
二人はとなりにあったお祭り騒ぎ場というネオンの看板が掛かけられた店に入った。
――あ、そっち。
……
――こういうとこ初めてきたけど、思ったよりうるさいな。
宴会場はガラガラ声で歌っている連中の音が鳴り響いていた。みながみなマイクを取り合って、もうなにを言っているのか分からない。
「こういったところは初めてですの?」
となりに座ってきた女性が、物腰柔らかな口調でそう言った。
「ええ、まあ、こんなに人がいるとこに来るのは初めてですね」
「あまりお好きではありませんの?」
「そう、ですね。みなさんは楽しそうでなによりですが」
「それはもったいない。せっく来たんですから楽しまなくちゃ、ね?」
「そ、そうすね」
おれはカシスソーダを飲んだ。
ここにいる人たちはハメをはずしてい様に見えるが、ゲディとラロゼ以外はみんな仮面をつけていた。この女性も表情が見えないからか、声は色っぽいけどちょっと不気味だ。
「おいおいおい!!! エルガーぁぁぁ!! お前も大人になれよぉ! 酒だぁ、酒ぇ! 樽魔持って来い!」
ゲディは両手にボトルを持ち、完全に酔っ払った口調で叫びながら近づいてきた。
――この人さっきボトル一本飲んでたよな。なんなら二本目どうしようか悩んでたけど。
服装は紳士っぽいけど、それじゃ燕尾服がもったいねえよ。
――でも、こんなもんなのか?
みんな呂律が回ってないし、瓶を投げたり、首を締めたり、楽しそうにしてるし、酒が入るとこんなもんなのか?
「いいかぁ、エルガーぁ。つまらない、くだらない、うだつが上がらない! って、そりゃ当然だ! もっと詰め込め! スキマ時間なんかぁ作ってるから暇でしょうがねえんだ。考える時間なんか無いぐらいに予定を詰め込んでみろ。あっという間に人生なんざぁ終わってくれらあ。楽しい時間は早く感じられるだろお? それが一番早く死ねる方法だ。俺が言うんだから間違いねえぇ」
「イエエエエーーーーーイ!!! そうだぞエルガー! これからは仕事と遊びだーー!!」
ラロゼはゲディに乗じてそういうと、ばっと飛び上がって両手に持っていたボトルの中身をぶち撒けた。
会場からやじが飛び、こちらでは拍手が起こり、あちらではブーイングの嵐。
どいつもこいつもだらっとしてるが愚痴のように吐き出てくる言葉には感情がこもっている。
人間って、こんなもんなのか。ハメをはずして、息抜きをして、騒いで、寝る。
わいわいがやがや、なんやかんやで毎日やっていく。
死んでも人間って変わらないのかもな。
「よぉしぃ! エルガーの就職をぃわってくぁんぱぁーいー!!」
「イヨっ、イヨッ、イヨッーーイ!! SHOW!!!」
…
……あー、頭がまわんねえ。上手く喋れそうにねえな。
会場は暗く、家畜の飼育場みたいにあちこちでイビキが鳴っていた。
よろよろ立ち上がり、ドアのほうへ向かった。
体がふらついている。
足元に寝転がっていた人に躓いた。
「うぅ……マッマ……」
どんちゃん騒ぎが終わった後の虚しさというのがこんな感じなんだろう。
「ぁぁ……かね、……かね」
現実的な問題は数字にはっきりと現れる。寿命、時間、借金、収入、戦闘値。
付き合った女の子と好きだった女の子の数があまりにも不釣り合いだったり、
何年も通ってたスーパーにはタイムセールがあって、実はいつもの半額で買えたことに数年経って気づいたり、
なんでも出来る気がしていた時期と、なにもやる気が起きなくなった年齢になった時だと、
残りの寿命と自分の年齢とが逆転していたりする。
数字って物悲しいな。
「ぁ……あかね……」
人のことを思っていた時間とそれが届かないと悟った時の数秒は良くも悪くも大きな差がある。
世の中、差があって成り立ってるんだ。それが人間の性だきっと。
おぼつかない足で外に出た。
――あー、やべえ。酒ってこんなに気分が悪くなるもんなのか。もう飲みたくねえ。
でも、これが避けては通れない現実だ。なんでも代償があるのだ。
まあ、その方がいい。なにもないよりは。
内蔵が一度胃袋の中に入っていたものを押し戻そうとして、逆流した津波が込み上げてきた。
会場の裏側で嘔吐魔神になった。
すっきりした。ただ、口の中が便所だ。マーライオンは大変だ。
あと、腹もやばい。
…
ふう、これで上下スッキリ。
水の流れる音がこんなにも爽快に感じられたのは初めてだ。
洗面台で顔を洗った。
鏡に写った自分は久しぶりに見た。
俺ってこんな顔してんだ。いやこんな顔だったっけ。覚えてないや。
自分がどんな顔だったかなんて覚えてないよな。
顔なんて表情でいつも変わるし、年とともに変わるもんだしな。
いつまでも変わらない自分と一緒に居続けなきゃならないなんて、それほどつまらない人生はない。
「よぉ、あんま鏡ながめてると落っちまうぞぉ」
ラロゼがやってきた。ふらっふらっしている。
「お前大丈夫か?」
「お? イェルガーぁか、おらぁへぃきだ。おうっ、うっ、ゔぇぇ」
そうか。呂律がやばいが、嗚咽もやばそうだな。
「そうか。じゃ、じゃあ、おやすみ」
「ぅーいっ、おぉ? しぇなあ?」
酒は未成年が飲むもんじゃないな。
トイレから出て宴会場に戻った。
机も椅子も人もぐちゃぐちゃでみんな雑魚寝だが、前より静かだ。
おれも眠い。
今日はやけに疲れたな、仕事の時よりも……。