000- Board to death.[死ぬほど退屈だ。]
000- は説明や用語が多めです。読まなくても問題ありません。 001- からでも読めます。
選べ
人生の後悔か
精心の崩壊か
人が求めるべき理想か
己が叶えたい願望か
そして叶ってしまった結果とを
しかし、選択肢ぐらいは
自分で想像できるだけの
想像力を持ち合わせているのなら
細尾をしっかりしろ
言葉では語られないことが
この世には多いのだから
――雪の降る世界――
雪が降り続けて世界は淡々としていた。
毎日が単調で冬みたいに色味がない。
家の中は死んでいる。窓の外は沈んで見える。
毎日が退屈だ。
欲しいものはない、成りたいものもない。
生きるのに必要な生活環境はもう充分整っている。
何をすればいいのだろう。
幸福に生きればいいのか。
好きなことをして?
それで自分の気持ちを満たせばいいのか。
人は原始、常に刺激に満ち溢れた環境にいた。
――しかし今はどうだ?
なにもが視覚的な刺激に留まるばかりだ。
異世界を飛び回って敵を倒してミッションをクリアし、壮大で幻想的な世界に浸る。
可愛いアバターを眺め、崇める。
ビジュアルのいいキャラクターになりきる。
こんなものの何が楽しいのだ。
もうちょっと動物らしく毛づくろいでもしている方が人間らしい。
――では現実はどうか?
人間のたくさん集まる都市部に行き、色んな思想の持ち主たちと交流する。
オシャレをし、おしゃべりをし、美味いものを食い、飲み、騒ぐ。わいわいがやがや、わけあいあいと。
共感で繋がった輪から無感情な者は去っていく。
みながみな共感持ちとは行かない。
増幅器がないと上手く順応できない奴もいるのだ。
一方は興奮していくが、もう一方は閉塞していく。
恋人、友人、家族、コミュニティ、会社……。
切磋琢磨し、励み、打ち込み、泣き、笑い、楽しむ。
冬らしくない温かい社会で暮らす。
楽しかった思い出は『記憶』に残り、楽しく見える所は『記録』に残す。
――そして?
楽しいと感じられる時間を増やし、
寂しいと感じてしまう時間を潰す。
そう思ってしまった気持ちはもうどうしようもないから、
こう思えるような時間を創れば良いのだ。
現実の一方向な時間と心の自由な時間とを使い分けするのだ。
見たいものは見たい用に切り取り、
聞きたいことは聞きたい様に解釈する。
美的感傷だとか、演劇的人とか、
浸酔虚飾やら、神聖凌辱(女子童貞用人工現実)やら、
なんでもかんでも雪洗いすりゃいいってもんじゃないのにな。
世界が科学化されて行く過程において、
”僕たち”は合理的な思考と情緒的な記憶とを持ち合わせられるようになった。
瞼と蓋を使い分け、仕方のないこととやり様のあるものとに適切な対処をするようになった。
見たいものならシャッターを切り、
臭いものならシャッターを下ろす。
”僕たち”がやる必要の無いことと、”彼ら”がした方が効率的なこととを任せるようになり、
社会を〈支える者〉と、社会の〈恩恵を享受する者〉とが共存している社会。
委任、委譲、委託。
『ごたくはいいから任せとけ!』がこの世界の合理的文句だ。
請負、代理、請負の代理。
有意義な時間を自分に与え、無意味な時間は他に託す。
違う人と生き、違う場所に行き、違うことをする。
美味いものを食う奴と、上手いことを言う奴はさぞ人生が幸福なことだろう。
活発な人生は目と口という開閉可能な器官を刺激することから生まれるようだから。
――それで、延々とそんなことを繰り返す?
いや、よろしい、今やはり分かったことがある。
僕には人間は向いていないのだ。
人間に飽きたのだ。
退屈な人生に……。
――
そんな時には散歩がいい。
しかし、あたり一面白い。それだけだ。
見るものは特にない。
昔は生えていたであろう街路樹が今では街灯に変わった。
シンプルになったのだ。それでいい。
BABA屋がまだBOBO屋だった頃、誰も散髪してくれなくて国も木々も乱立していた時代から、何でもかんでもバリカンで刈り取っていく時代を経て、今はご覧の通り白髪染めの流行る時だ。
これじゃあスキンヘッドだが、代わりにどこでもスキーを楽しめる。
だが誰もいない。がら空きだ。
別にこれ以上建てるものもないのにどこもが更地なのだ。
ここには影もない。平和だ。
ほんとにどこもが真っ白だ。
地面もガラスの残骸も。
頭の中も、頭の上も。
心の中もすっからかんだ。
口から出てくるのは息だけだし、何もかもが不発に終わるのが目に見える。
『散歩なんか三歩で終わる』って、誰も言わなかった。
こんな中で散歩してる奴なんていないからな。
と思ったら、小さな女の子が二人で遊んでいた。
雪だるまを作っていた。
何もない世界で楽しみを見出す天才たち。
何でもある中で楽しみを創出しなければならない自分。
なにが違うんだろう。
そんなことを考えていたらちょうど〈心鏡照明板〉が設置されていた。
近づくとまっさらな画面上に〈心の足跡〉が現れていった。
足跡の色は傷跡色だった。
雪の上に飛び散った血しぶきみたいだ。
今の〈感情曲線〉 はまだ静波形でゆるやかに波打っていた。
しかし、恒常同期率は低かった。
予測行動類型はなだらかに下降し続けている。
画面を見つめていたが、視線が段々と自分の心の内へと向いてくる。
…
〈心理適性検査〉では最低の判定をくらった。
自分の〈心行色〉は垢色だった。
そんなことは分かり切っていたが、ハッキリと形色数で示されると、自分の中にあった曖昧な自分自身への評価が定まるものだ。
こんな社会になる前なら、”平凡な人”というだけで普通に暮らしていたことだろう。
――しかし、この時代では違うのだ。
自分はこの素晴らしい社会には合わないのだ。
雪が積もったところで俺の人生はツモらないのだ。
ただ積年の羨みが募るだけだ。
もし雪が融ける時があるならば、その時は全ての人間から脳みそも溶け出てしまえばいい。