午後12時、魔法が解けた時に 下
舞踏会は今か今かと、ヘンリー第三王子の登場を待っていた。既に開始してから数時間が経過しているというのに、主役が未だに現れないからだ。もうすぐ、彼が出られる限界である午後12時を迎えてしまう。
(ヘンリー王子、まだかしら?今日こそ一緒に踊ってもらって、婚約者候補にしてもらわないと)
レイラも同じように今か今かと待っていると、少し遠くでざわめきが起こる。遂にいらっしゃったのかしら!と期待感でその方を向き・・・唖然とした。確かにヘンリー王子はいた、前回見たとおりの美貌で。
だが、彼の隣には・・・数日前から屋敷の座敷牢に押し込んだはずの、不届き者な下働きがいたのだ!
夕方、ヘンリー王子に連れ出されたザードは、カボチャの馬車で城に着いた。その後、ちゃんとした食事を与えられ、久しぶりの風呂に入り、さらには用意された綺麗な正装を纏う。そして現在、ヘンリー王子にエスコートされて、舞踏会の会場に足を踏み入れたのだ。ただの下働きである自分がどうして?と思いながらも、王子の手は振り払えない。
多くの視線が突き刺さるのは当然だろう。王族のヘンリー王子が、見慣れぬ少年をエスコートしているだから。あまりの注目度と場違いさに、ザードは震えるばかり。それでも手を握るヘンリー王子は優しく、「俺の傍にいろ」と声をかけてくれる。それで少しずつ、落ち着き安心することが出来た。
その空気を引き裂くのは、やはりレイラだ。ガッと群衆を押しのけ、彼らの前に立ちはだかる。その行動こそ、不敬だと気付かずに。
「ザード、何をしているの!?私の屋敷から勝手に抜け出した挙句、ヘンリー王子の隣にいるなんて!!一体どういうつもりなのかしら!?」
怒り狂った様子に一瞬怯えるザードだが、サッとヘンリー王子が前に出る。
「私語は控えろ、これから俺が話す」
王子の鋭い命令口調に、レイラはウッと押し黙る。これから何を話すかと思っていると、ふとヘンリー王子はザードの顔を見る。
「・・・ザード、すまなかった」
「え?」
突然王子に謝罪され、ザードは戸惑った。出会ったのは前回の舞踏会だけ、それにペンを拾ってもらったのだ。何も謝罪されるようなことをされたこともない。
「ど、どうしてですか?」
「お前を辛い目に遭わせてしまった。レイラ・グロッサヌに長いこと不当に扱われた挙げ句、あんな不衛生な牢に何日も閉じ込めてしまって」
ザワザワと周囲がざわめきだした。レイラが驚愕と信じられない表情を浮かべつつ、「ち、違いますわ!正当な罰です」と言い訳を始め出す。彼を閉じ込めたことは、否定しないようだ。
「で、ですが・・・殿下には、何もご関係は」
「いいや、俺はお前を助けられなかったんだ。あの時、もっと必死に止めるべきだった。そうすればお前は、あんな場所に閉じ込められなくて良かったのだから」
「え、あ、あの・・・?」
ボーンボーンボーンボーン・・・・・・
直後、響き出す鐘の音。いつの間にか午後12時を迎えていたようだ。「ヘリック様!」と、王子に長く仕えるメイドが思わず声を上げる。
刹那、ヘンリー王子を包む魔法の光。それは徐々に輝きを増していき・・・彼の身体はゆっくりと変化していく。金髪は黒髪へ、青い瞳は赤く染まり、真白な肌は色付いていく。やがてヘンリー王子は、ザードの見知った彼に姿を変えていた。
「・・・リック兄さん?」
「あぁそうだよ、ザード。これが、俺の本当の姿だ」
周囲のざわめきが、一斉に大きくなった。レイラはわなわなと震え出す。何せあの姿の彼を罵倒した挙げ句、手を出しかけたのだから。
彼は淡々と、自らの素性を話す。ヘンリー王子の本名はヘリック・グリトニア、異国の側室である黒髪の母似で産まれた。側室は彼を産んで力尽き、ずっと1人のメイドに育てられてきた彼。グリトニア王族とは遠い場所で暮らしていたが、国王の息子であることから、グリトニア王国に参上することになった。
しかし、ヘンリー王子の姿を見た迎えの使者は「随分汚い顔だな」「変え子ではないのか?」と、彼を傷つける言葉を言い出した。兄と違い、黒髪だから。赤い眼だから。薄暗い肌だから。そばかすがあるから。母への恨みなど無い。ただ兄や父と似た姿だったら良いのに、それだけ思った。
偶然にも、彼には国王から受け継いだ膨大な魔力がある。そこで彼は、魔法で姿を偽るようになった。滑らかな金髪に真白な肌、サファイアのような瞳を持つ美男子に。そうして公だけでなく家族の前でも、自らの姿を変え続けていた。この姿だったら、悪口など言われなかったから。
しかし姿を変える魔法は、時間経過で解けてしまう。どんなに長くとも、持つのは午後12時まで。表舞台の長居を避けたかった彼は、唯一事情を知るメイドと協力し、ずっと病弱のフリをしてきた。こうして上手いこと誤魔化し続けていたのだ。
そして年を重ねていき、兄の子供が出来た。どうせ彼らが順当に王位継承する、自分は王族に不要だと思った彼は、平民として生きる準備をしていた。リックという呼ばれ名を使い、メイドの知り合いを頼り、あの本屋で働いていたという。
病気か何かでいくらでも消える理由は思いつく。いつかヘンリー王子は、そっと消してしまおう。そんな時に現れたのが、ザードだった。
「初対面で助けたのは偶然だったし、最初は普通の客だったよ。でも毎日来てくれて、唯一素顔で接する友達になって、親しくなっていって・・・いつの間にか、心の支えだった。
そしてあの時、俺の容姿を彼女が侮辱したとき、お前は庇ってくれたよな。この姿の俺を素敵だと、人を見た目で決めるなと言ってくれた。暴力からも庇ってくれた。
そんな奴に暴力を振るい、あんな悪質な座敷牢に押し込み、衰弱死させようとした不届き者が、目の前にいる。ソイツがのうのうと生きることを、俺は許せなかった」
ビクッとレイラは震えた。王子の鋭い目付きと向けられた憎悪から、グリトニア王族の怒りを買ったことなど明白。この空気に押しつぶされそうで、「で、ですがっ!」と悪あがきも始める。
「あ、あの時、貴方は自らを王子だと名乗っていらっしゃらなかったではありませんか!姿も魔法で変えてましたし・・・ヘンリー王子だと分かっていれば、私はっ」
「王子じゃなければ、外見を侮辱して良いと?自分より弱い立場の者は、どんなに虐げても良いと?どれだけ性根が腐っている」
レイラは何も言えなくなった。言えば言うほど、周囲はドンドン敵になるからだ。顔を青ざめさせ、そのまま崩れ落ちてしまった。
「もう良い、連れて行け」という王子の一言で、レイラは周囲にいた兵士に連行された。完全に彼女の姿がなくなると、王子・・・いやリックはザードの手を引いて、人だかりから去って行く。今宵の舞踏会の終わりを告げて。
そうして、誰もいなくなったバルコニー。ふぅと息をついたリックが、改めてザードの隣で話す。
「本当にすまなかった。もっと早く助け出せていれば、ザードには辛い目に遭わせなかっただろうし。それに、沢山隠し事をしていて・・・混乱しただろう?」
「・・・うん、かなり驚いた。あの座敷牢を突然壊したこととか、リック兄さんがヘンリー王子だったとか、驚いてばっかり。あの時怒ってた兄さん、いつもと違って少し怖かったな」
少々やり過ぎたか、と反省したリック。しかしザードはすぐに笑顔になり「でも、嬉しかった」と、リックの手を握る。
「僕、あんなに思われてるって分かって嬉しいんだ。僕、もっと兄さんの役に立ちたい!」
「・・・良いのか?俺はおそらく、グリトニア王族から廃嫡される。地位も財産も、何も残らないぞ?」
「構わないよ!だって僕は・・・兄さんと一緒にいたい!大好きな貴方の隣で、生きていたいから!」
しばらく驚いた顔をしたリックだったが・・・すぐに微笑み返し、何かをザードに渡した。それは、あの時レイラによって破られた栞。再度作り直したようで、修復した跡が残っている。
「俺も、ザードといたい。ずっと、一緒に」
そしてそっと、ザードを胸に抱き寄せるのだった。
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数ヶ月後、レイラ・グロッサヌは王子への侮辱罪などで、国外追放を言い渡された。犯罪者を出したグロッサヌ伯爵家も没落し、ほぼ取り潰しの状態に。今後一切、彼らは誰かを搾取する権利は無いだろう。
それにより下働きから解放されたザードは、リックのいる本屋にて働いている。好きな人と共に好きな本に携われて、とても幸せな日々を送っているという。
「そういえばリック兄さん・・・グリトニア王族からは、もう出たの?」
「あぁ。舞踏会で大騒ぎを起こした上、病弱を装って国務を怠けていたのは、王族として相応しくないって判断されてな。今はただの平民だ」
「・・・ただの平民じゃないでしょ。僕が1番、信頼している人なんだからね!」
少し照れるザードに、リックはどこか可笑しくなり、クスクスと微笑む。同時に彼への愛しさを感じ、グッと体を引き寄せる。
「俺も、1番愛している奴といられて幸せだよ」
その本屋には今日も、穏やかな時間が流れるのだった。
fin.
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただければ幸いです。
次回作もボーイズラブものになる予定です。




