午後12時、魔法が解けた時に 中
ふぁあと欠伸をして、ザードは城下町に来ていた。この前貸してもらった本を読み切ったため、今日で返そうと本屋へと向かっているのだ。
先日の舞踏会を終えたレイラだが、ヘンリー王子と踊れなかった、何度挨拶しても相手にしてくれなかったと、ずっと愚痴を呟いている。その腹いせでザードにやつ当たっていて、ここ数日は寝不足だ。次こそは絶対に踊ってやる、と意気込んでいる彼女。そういう執拗さが嫌われているので、叶うことは無いだろうが、触らぬ神に祟りなし。何も言わないよう心がけている。
店に入れば、リックも大欠伸をしているところだった。ザードに気付くと「いらっしゃい」と声をかけてくれる。
「リック兄さん、何だか眠そうだね」
「あぁ、ちょっと最近忙しくて。まぁ大丈夫だよ」
そうして本を返し、栞をありがとうと感謝すれば、リックは嬉しそうな顔になる。
「押し花、すっごく綺麗だったよ!あの花、兄さんが育てたの?」
「あぁ。この春から育ててようやく花を咲かせたから、そう言ってもらえて嬉しいよ。そうだ、丁度別の花でも栞を作ったんだ。ザードは本を沢山読むなら、栞も多めにあった方が良さそうだし。良ければ受け取って欲しいな」
「本当!?嬉しいな、リック兄さん」
そうして渡されたのは、また別の押し花が付いている栞だ。こちらに来てから誕生日を祝われたこともないザードにとって、自分だけのモノをもらえるなんて、本当に貴重だ。それもかけがえのない人からとなると、喜びも一入だ。
「僕、兄さんにもらってばっかり。いつか兄さんにも、何か贈ってあげるね!」
「ハハッ、ありがとう。でもこうして毎日のように来てくれるだけでも、俺は嬉しいから」
そんな2人を引き裂くかのように、突如ズカズカと本屋に入ってきた令嬢。
「失敬します、ここにザードという少年はいますかしら」
それは、グロッサヌ伯爵家の令嬢レイラ。怒りと不機嫌に満ちた彼女の表情に、2人はビクッと震える。「レ、レイラ様」と口を開いたザードに、彼女は突如近くにあった本を投げつけてきた!
「ザード、貴方・・・使用人の分際で私の命令に従わずに、こんなところで何をしているの!?ろくでもないコトに時間を潰して何がしたいの?お前はグロッサヌ伯爵家のために、下働きしていれば良いのよ!!」
言葉と共に感情が昂ぶっているようで、ズンズンとザードに近付いたと思えば、ガッ!!と彼の腕を強引に掴んだのだ。「痛がってるだろ、やめろ!」とリックが庇うように立ちはだかる。
「私を誰だと思ってるの。レイラ・グロッサヌ、グロッサヌ伯爵家の令嬢よ!貴族に平民ごときが刃向かうんじゃないのよ、どきなさい!本なんていらない知識を植え付けるのよ、下働きに知識なんて必要ないの」
「何を言っているんだ。本好きな奴に本屋が相手して何が悪い?それに、下働きに知識は必要ない?お前、人を何だと思ってるんだ!?」
「お前ですって!?貴族に対して、なんて減らず口を!オマケに何なの、その汚い顔は!」
ビシッとリックの首元に扇子を突きつけ、レイラは次々に罵倒し始めた。
「ドス黒い髪に血のような色の瞳、白くもない肌に汚いそばかす。身の毛がよだつような気味悪さ、ご両親の顔はさぞかし哀れでしょうね。貴方みたいな不出来者、こんなに美しい伯爵令嬢に近寄る資格もない。さっさと這いつくばりなさい!!」
持っていた扇子で、今にもリックを叩こうとした直前。庇おうと前に出たザードが、バシッ!と頬を叩かれた。あまりの勢いに倒れ込むザードに、「大丈夫か!?」とリックが必死に駆け寄る。
「お、お願いです・・・悪いのは、僕です。だから・・・リック兄さんを悪く言うのは、やめてください。僕がリック兄さんの元に、好きで通ってたんです。
それに・・・リック兄さんは、素敵な人です。色んなことを話してくれるし、同時に僕の話も聞いてくれる。とても、素敵な人なんです。見た目だけで、人の出来を決めないでください!」
あたかも、リックを庇う言い様だ。それに苛立ちを覚えたのか、レイラはさらに扇子で彼を叩く。やがて全てを終わらせるように、パチン!と扇子を閉じた。
「ここでの話は終わらせましょう、この扇子も使い物にならなくなるから。貴方には失望したわ、帰ったらしばらく自由はないと思いなさい」
見下すような瞳をした後、そうしてレイラは男達を呼びつけ、抵抗する気のないザードを無理やり連れて行かせた。止めようとするリックだが、ザードが何をしないよう、目で必死に訴えることに気付く。一端の平民が貴族に逆らうことは、許されないのだから。
ふとザードが落としたであろう栞を見つければ、彼女は拾い上げ・・・ビリィ!!と真っ二つに破り捨てる。
「貴方みたいな不出来者が作った粗末なモノなど、ゴミでしかないわ。これ以上、グロッサヌ伯爵家に関わらないで頂戴。では」
そうしてレイラは勝ち誇った笑みを浮かべながら、本屋から出て行く。リックは震えながらその栞を拾い、唇を強く噛み締めていた。
○
その後、怒りが頂点に達したレイラは、ザードを屋敷の最奥にある座敷牢に押し込んだ。長年使われていないため、カビと埃まみれの薄暗い場所だった。ドブネズミが床をうろつき、頭上には大量のクモの巣が張る不衛生さ。雑用から解放された一方で、外出も出来ず世話もほとんどされない、そんな環境。
「・・・リック兄さん」
彼はここに閉じ込められてからずっと、リックのことばかり心配していた。貴族であるレイラ・グロッサヌにも、恐れず怒ってくれた大切な人。だがレイラの怒りを買ったことに間違いない、もしかして知らない間に酷い目に遭わされているんじゃないか。そう思ってずっと不安だった。
大好きな人が酷い目に遭うなんて耐えられない。だからあの時、ザードは必死に彼を庇った。そして何も抵抗せず、この扱いを受け入れた。
閉じ込められて、どれくらい経った頃だろうか。ふと座敷牢へと、軽い足音が聞こえてくる。そして倒れ込む彼に、クスクスと嗤いながらレイラが声をかけた。
「ザード、ここでの生活もお似合いね。あぁそうだわ、今夜は王族が主催の舞踏会があるの。屋敷にいる者全員で行ってくるから、食事は出さないから。まぁそもそも、ここでの生活にそんなに食事はいらないわよね」
言いたいことだけ言って、レイラは去って行く。座敷牢には、ザードの空腹の音が空しく響くだけ。
(ここで、僕は・・・死ぬのかな)
死ぬのなら、リックにもっと感謝を伝えるべきだった。ちゃんと好きだと言っておくべきだった。こんな状況になって初めて、自分の気持ちに気付いた。後悔しても遅い。今はただ、何も出来ない現状と今までの自分を悔やむしかない。
あぁ、もっと早く、この思いを告げていれば・・・。
ボゴォッッッッ!!
突然の轟音で、崩壊した壁。久しぶりに見えた外には、底辺伯爵の屋敷には似合わない、豪華な馬車が停まっていた。
「・・・・・・え?」
壁の残骸を蹴飛ばすのは、滑らかな金髪に真白な肌、サファイアのような瞳を持つ青年。胸には王族の紋章が入ったブローチ、間違いなくグリトニアの王族だ。彼は真っ直ぐで、それでいて心配そうな瞳で、横たわるザードを見つける。
ボンヤリとしていたザードの記憶が、少し前に初めて会った、ヘンリー王子の姿を呼び起こす。
「これくらいの壁なら、魔法で破壊できる。急に驚かせて悪いな」
「・・・え、な、何で?」
一国の王子が、何故こんな場所に?今夜は王城での舞踏会では?様々な疑問が次々と浮かぶ中、ヘンリー王子は弱ったザードをそっと抱え込む。
「え、あ、あ・・・・・・」
「腹も減ってるし、喉も渇いてるだろうな。それに酷い汚れだ・・・すぐに城まで運ぶ」
「え・・・!」
王子は有無も言わせず、ザードを馬車へと連れ込む。助けてくれている?でも、城まで連れて行く?何も分からず混乱するばかり、全てに流されるばかり。
それでもここから連れ出してくれる人の温もりは、紛れもない本物だった。
読んでいただきありがとうございます!
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「下」は明日夜に投稿する予定です。




