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ネノシマ04―狐のこと―  作者: 白河 夜舫
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第七章【バス停】波浪

◆第七章【バス停】波浪



 終業式は午前中で終わり、夏休みが開始された。

 高校で初めて渡された通知表には、順位がついていた。

「総合で七位か。すごいな」

「ハロはすごいな」

 凪砂と朔馬は、私の通知表を見つめながらいった。

 両親がなんでも大袈裟に褒めてくれる中で育ったので、私たちは褒められ慣れているし、褒め慣れている。そしてそれはしっかり朔馬に伝染しているようである。

「女子部って、何百人いんの?」

「五百人くらい?」

 私は二人の通知表を見つめながら適当に答えた。凪砂もその問いにそれほど興味はなかったらしく「へぇ」とだけ返した。

 凪砂の総合順位は十四位で、朔馬が三十五位であった。この数字を見て、改めて進学部のレベルの高さを思い知る。凪砂は中学では常に一桁の順位であった。

「進学部は何人くらいだっけ?」

「九十人ちょいだったかな。百人いかないくらい」

 つまり朔馬の順位は真ん中より上である。彼の本業はおそらく「高校生」ではないので、学校の成績はそれほど重視していないのだろう。

「そう考えると、毅の九位ってすごいね」

「なんで毅の順位しってんの?」

「透子にも私にも、通知表の画像送られてきた。私も送ったら、女子部のレベル低いって煽られたけど」

 凪砂は「いいそう」と笑った。

 実際に毅のいう通りである。私は中学で一桁の順位を取ることはほとんどなかったので、色んなことを勘違いしないように気をつけようと思った。

「朔馬は、宮司さんに通知表送るんだっけ?」

 そういえば理玄のところで、そんな電話をしていたように思う。

「うん。後で封筒買ってくる」

「郵送するの? 通知表って、テストの成績表と違って使い捨てじゃないから、画像でいいんじゃない?」

「捨てちゃダメなんだ?」

 二人に通知表を返すと、凪砂も私に通知表を返した。

「新学期に担任に返すという、謎のシステムなんだよ。あ、保護者の印鑑が必要か。夏休みが終わるまでに、宮司と相談したらいいかも」

「この成績だと、苦言を呈されるかな」

「宮司って、朔馬に対してそんな権利あるの? 学費払ってくれるとか、そういうスポンサーでもないんだろ?」

「でも日本における諸々の責任は、宮司に一任されてるみたいだよ。高校に来る前は、色々してくれたし」

「制服の準備とか?」

「予防接種とか、色んな検査とか」

 そういうものに関してはネノシマの意向というより、宮司の独断なのだろう。朔馬が宮司に恩のようなものを感じていても、不思議ではないように思える。

「成績は平均以上なんだし、なにかいわれることもないだろ。英語って、ネノシマでは科目自体なかったんだろ?」

 ネノシマの教育水準は不明であるが、英語という科目がなくても納得である。そもそも鎖国している国である。

「英語は暗記してるだけだよ」

「俺も同じだよ」

 私も同じである。

「夏休みの間に、ゆっくり勉強できたらいいんだけどね。朔馬は俺たちのバイトに付き合ったり、茶室の依頼を受けたり多忙だからな。そういえば、四人の大学生も、尾裂のせいでケガをしたってことで確定?」

 午前中、理玄から連絡がきていた。

 肝試しをした四人にも、みみず腫れが現れていたことを確認したという内容であった。

「そう思う」

「でも朔馬とハロは、あの子と会話もなにもしてないんだろ? 見られただけで、呪われるって強烈すぎないか?」

「昨日、理玄にも似たようなことをいわれたから、少し考えてたんだけど。もしかしたら鵺の影響かもしれない」

「鵺って、そんなに周囲に影響を及ぼすの?」

「人間には特にね。凪砂の見鬼の才が、目覚めたきっかけも鵺だったと思うよ」

「そういえば、そうだな」

「理玄は鵺に噛まれたわけだし、あの辺に鵺がいたことは確実なんだ。でも鵺がどれくらい妖怪に影響を与えるのかは、いまいちわからないな」

「尾裂ってキツネなんだろ? あのキツネたちに聞いてみる?」

「あ、そうか。それなら、妖狐に聞いてみようかな。答えてくれるかわからないけど」



 入れ替わりの件でお世話になったこともあり、朔馬と幡兎神社に顔を出すのは、なんとなく私の役割になっている。

バスのエアコンで冷やされたせいか、幡兎神社はいつも以上に気温も湿度も高く感じた。

「毎日ご足労いただき、ありがたいことです」

 兎国神は深々と頭を下げた。

 私も頭を下げて、和紙に包んだお米を兎国神に渡した。兎国神は恐縮しながらも「ありがとうございます」と、小さな手でそれを受けとった。

「こちらこそ妖狐の居場所になってくれて感謝してるよ。妖狐は今、眠ってる?」

「どうでしょうか?」

 兎国神はごそごそと袖を探った。そして妖狐の依代である、人型の和紙を取りだした。

「起きてるか? 聞きたいことがあるんだ」

「うるさい。なんの用だ?」

 妖狐は朔馬の呼びかけに反応した。

 幡兎神社の相性は悪くないらしく、妖狐は順調に回復しているようである。しかし日中であるせいか、妖狐は依代に入ったままである。

「鵺って、尾裂に影響を及ぼすことってあると思う?」

 朔馬は前置きなく質問した。

「尾裂? 人に憑いている尾裂なら、かなり影響を受けるだろうな」

 妖狐は即答した。

「かなり?」

 朔馬は確認するようにいった。

「人間は昔から鵺を嫌うからな。人に憑いた尾裂は敏感になったり、凶暴になるのが普通だ」

 人間が鵺を嫌うのかはわからないが、いい予感のする名ではないように思う。

「なんだ? 近くに尾裂がいるのか?」

 朔馬は私をみた後で「いる」と妖狐にいった。

「鵺の影響を受けている尾裂は、それなりに厄介だろうな」

「対処法を知らないか?」

「知っていても、教える義理はない。ただ、そうだな……その尾裂をつれて、あの稲荷社にいってみるといい。なにか、わかることがあるかも知れぬぞ」

「あの稲荷社って? お前が傷を癒していた稲荷のことか?」

「そこではない。雲岩寺のふもとにある稲荷社だ。せいぜい、苦労しろ」

 妖狐は電話を切ったように、それ以上はなにも話さなくなった。



「尾裂に、鵺が影響してるのは確定かな。依頼されたらといわず、尾裂を見つけ次第、対処しようかな」

 兎国神と手を振り合った後、朔馬はいった。

「どんな風に対処するの?」

「鵺の影響が落ち着くまで、憑いてる人間から離してみる。問題あるかな?」

 朔馬は私をみた。

「その辺のことは、私にはわからないかな。でもこの事実は、念のため理玄に連携した方がいい気がする」

 朔馬は思考するように視線を浮かせた。

「今から、雲岩寺にいってみようかな」

 朔馬はぽつりといった。

「それも、いいと思う。でも、訪ねる前に連絡してみた方がいいかも」

 朔馬は「そうだね」とポケットを探った。

「こういうのって関わり始めたら、きっとキリがないよね」

 彼は画面に目を落としたまま呟いた。

「そうかもしれないけど。知ってしまったら、無視する方が難しいかも知れない」

 朔馬は「うん、そうかも」と、自分を納得させるようにいった。

「あ、理玄宛てじゃなくて、四人のところに送っちゃった」

「凪砂にも伝わるし、ちょうどいいよ」

「理玄も仕事中だろうし、すぐに返事はこないかな。俺は宇月山の様子でも見てこようかな」

「宇月山なら、このままバスでいったら?」

「今から乗るバスって、駅が終点じゃないの?」

「駅方面じゃなくて、ここまで乗ってきたバスは宇月山にいくと思うよ」

 あまり自信がなかったので、バスの路線図を確認した。確認すると、宇月山東側と西側というバス停が存在した。

「本当だ。西側で降りればいいかな」

 帰りは別の路線の方が帰りやすいので説明しようと思ったが、着いていった方が親切だろうと思い直した。鵺に関することなので、断られるかと思ったが朔馬は私の提案を受け入れた。

 宇月山へ向かうバスの中で涼んでいると、思ったより早く目的地についた。

 バスを降りた途端、むせ返るような暑さが全身にまとわりついた。

「案内してもらってなんだけど、鵺が山の中にいるかもしれないから、ここで待ってて」

 私はバス停のベンチで彼を待つことにした。今は日陰を作ってくれる時間帯ではないらしく、ひたすら暑かった。

 朔馬を待つ間、用もないのに携帯端末に触れていると、画面上部に通知がでた。朔馬へ向けた、理玄からの返信であった。

 本日なら、いつ雲岩寺にきてもかまわないとのことである。繁忙期だといっていたが、本日はそうでもないらしい。

 ここから最短で雲岩寺にいける経路を調べると、結局バスが良さそうであった。

 しばらくすると朔馬が「お待たせしました」と戻ってきた。鵺の捕獲はできなかったが、手応えはあったようである。

「なんとなくだけど、今週中には罠にかかりそうな気がする」

 理玄から返信がきたことを伝えると、朔馬もそれに目を通した。

「このまま雲岩寺にいくなら、乗り換えはあるけどバスがいいと思う。でも、だいぶ走ったよね? 帰って、ひと休みする?」

 そうはいったが、朔馬自身は涼しげな顔をしていた。

「このまま雲岩寺にいってもいい?」

 その確認には、着いてきてくれるのか? という意が込められていた。私はすぐに承諾した。

 理玄には、私と朔馬が雲岩寺に向かうこと、そしてだいたいの到着予定時刻を伝えた。

 理玄からはすぐに、返信がきた。

あの子も雲岩寺に呼んでみる、とのことであった。。


 私たちは雲岩寺道というバス停で、バスを降りた。

 雲岩寺道は、雲岩寺へ続く坂道のふもとに存在するバス停である。雲岩寺の最寄りのバス停は、雲岩寺前というバス停である。しかしその路線については二時間に一本程度しか走行していない。そのためバスで雲岩寺へいく場合は、雲岩寺道を利用する者が多い。

 バス停から雲岩寺へ歩き始めると、私はほどなく変な汗をかき始めた。

 体調がおかしいかもしれない。

 そう意識すると、後頭部がじんじんと痛んでいることにも気がついてしまった。バスの強烈な冷房と、外の暑さによる一時的な体調不良だろうと結論づけてみた。しかし、なにを考えても体調が良くなるわけではなかった。

「朔馬。ごめん。ちょっと、体調がおかしい」

 ちんたら歩いていたが、私はとうとう足を止めた。

「え! 大丈夫?」

「少し休んでれば、大丈夫」

 朔馬は心配そうに「背負っていこうか?」といった。

 雲岩寺へ続く坂道を、私を背負って進むのは困難に思えるが、朔馬なら出来るのかもしれない。しかしその申し出は丁重に断った。勝手についてきた上に、迷惑をかけるのは嫌だった。

 私は朔馬に促され、日陰に座った。朔馬は「ちょっと待ってて」と、どこかへ走っていった。

 目を閉じても目が回る感覚があるので、早めに座れてよかったと思う。痛みを吐くように呼吸をしていると、朔馬が飲み物を買ってきてくれた。

 私は礼をいってそれを受けとった。

「ありがとう。本当に、少し休んでれば大丈夫だと思う」

「でも、顔が真っ青だよ。ちょっと理玄に電話してみる」

 申し訳ないと思いつつ、それを阻止する元気はなかった。

 朔馬は「でないなぁ」と端末を見つめた。ふと見上げたその腕には、先日みた赤いみみず腫れがあった。

「朔馬、腕」

 彼は自らの腕を見つめたあとで、私の左腕を指した。私の腕にもみみず腫れが存在していた。

「尾裂が、どこかにいるのかな?」

 朔馬は端末をポケットにしまうと、注意深く辺りを見渡した。結局理玄は電話にはでなかったらしい。

 私は以前と同じく、自らの腕に呪陣をかいた。みみず腫れが消えると、体調の悪さもだいぶ軽減した。

「あ、だいぶ楽になった」

「ほんと? ならよかった」

 朔馬に手を伸ばすと、彼は「お願いします」と私に腕を預けた。

「ありがとう。あの子が、あそこのアパートに住んでるなら、窓から俺たちが見えたのかな?」

 朔馬は目と鼻の先にあるアパートを見つめた。

「もしくは一度呪いを受けたせいかな? 近寄ったら、なにもせずとも尾裂の攻撃対象なのかも」

 朔馬は色んなことに思考をめぐらせているようだった。そうしている間にも、理玄に告げた雲岩寺到着時刻は迫ってきていた。

 体調はだいぶ良くなったが、雲岩寺までの坂道をのぼりきる自信はまだなかった。

もう少し休んでから雲岩寺にいくというと、朔馬は再び不安げな顔を向けた。

「でも一人じゃ心細いだろ?」

「こっちから持ちかけた約束だし、待たせたら悪いから。本当に大丈夫。あとからゆっくりいくよ。なにかあったら、すぐに連絡するから」

「理玄に会えたら、車で迎えにきてもらおうか?」

 私は「大丈夫」とくり返した。

 朔馬は迷いながらも「ずっとイヤホンしておくから、なにかあればすぐに電話して」といった。

 彼は何度か振り返り、雲岩寺へ走り出した。

 朔馬の姿が見えなくなったことを確認すると、私は深く息を吐いた。先ほどより楽になっているのは事実であるが、多少の気だるさがある。無理をする必要もないので、しばらくその場でぼぅっとしていた。

 朔馬に買ってきてもらった飲み物を持ったまま、再び目を閉じる。眩暈がないことを確認して、それほどの問題はないと確認する。

 ジワジワと鳴く蝉の声に耳を澄ませていると「あの」と、遠慮がちに声をかけられた。

「あの、大丈夫ですか?」

 こちらをじっと見つめるその瞳に、なにも読みとれない表情に、うるさかった蝉の声が遠のいた。







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