表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネノシマ04―狐のこと―  作者: 白河 夜舫
5/13

第五章【変な時間】波浪

◆第五章【変な時間】波浪


「この時間はやっぱり嫌な感じするな。深夜一時か」

 理玄は橋の欄干に手をかけていった。

 橋の下を覗くと、黒い影が浮遊している。

「鬼虚が無数にいる」

 朔馬はいった。

「対処できそう?」

「散らすなら、すぐにできるけど」

「歯切れ悪くないか? なんか気になることでもあったか?」

「理玄への依頼って、この橋で肝試しをした人間が、みんなケガをしたからってことなんだろ?」

「そうだ」

「人に影響を及ぼすほどの鬼虚じゃない気がする」

「そうなのか? でも、俺でもわかるほど、嫌な感じはするぞ」

「鬼虚の数が多いからね。でも橋なんて、みんなこんなものだよ」

「肝試しをした四人がケガをしたのは、この橋は無関係だっていいたいのか?」

「そんな気がする」

 朔馬は再び橋の下をみつめた。

「橋の下というか、川の近くまで下りてみるよ。原因があるかも知れない」

 朔馬は「ちょっといってくる」と私を見た。そして「待っててね」と続けた。

「わかった」

私が答えると、朔馬はひょいと欄干を越えて、橋から飛び降りた。

「え! そんなこともできんの?」

 理玄は欄干から身を乗りだして叫んだ。

 先ほど朔馬は、真似をするなと私に釘を刺したのだろう。さすがにここから下りようとは思わないので、なかなか信用がないらしい。

「心配してるわけじゃないけど、無事なのか?」

 理玄は橋の下を見つめたままいった。

「たぶん大丈夫ですよ。こんな高いところから飛び降りるのは、初めて見ましたけど」

 私も橋の下を見つめていった。

「学校は明日、休みだよな? ケガしても大丈夫、なのか?」

「私は休みですけど、朔馬はどうだったかな。土曜日もたまに学校いくんです」

「そういえば、そんなこといってたな。三人で行動することもあんまりないんだっけ?」

「そうですね。家以外で三人でいることは少ないですよ。登下校も別々です」

「下校はわかるけど、登校も別なの?」

「私が一本早い電車でいってます」

「弟と同じ電車が、嫌なの?」

「電車で立つのが嫌なんです」

「一本ちがうと、そんなに違うもん? 本数も多くはなさそうだが」

 一拍おいて「そうだと思います」と答えた。

 理玄も私も、その発言がおかしいことに気がついた。

 どうして私は凪砂と電車を別にしたのだろう? と自問する。

 凪砂と同じ電車で登校することが嫌だったのだろうか。

 私と距離をとる凪砂を、無意識に避けていたのだろうか。そうだとしたら、自分は思う以上に薄情な人間なのかもしれない。

 凪砂や毅が不機嫌な時は必要以上に近づかないようにするのが、自分なりの処世術であった。

 しかしここ数年、凪砂に距離をとられていると感じる間、私はただ悲しく、その事実を受け入れるしかなかった。

 きっと凪砂から、登校の電車を別にしようといわれたら深く傷ついたと思う。だから自分から離れたんだろうか。

 橋の下を見つめたまま静止していると、理玄が不安げに私をみた。

「あ、なにも見えないです。さっきと変わりません」

 私は顔を上げていった。

「本当? こっちに気を使わなくてもいいけど」

「いえ、本当になにも見えないです。ちょっと考え事してました」

「こんな時に、なに考えてたわけ?」

「最近、前みたいに凪砂と話すようになったなって」

「思いのほか、どうでもいいこと考えてたな」

 誰かの悲劇は誰かの喜劇だとか、そんな言葉を思い出した。

 自分なりに真剣に悩んでいたので、他人からするとそんなものだなと安心する。

「男の子なんて、家族と全然話さないヤツもめずらしくないだろ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。凪砂は反抗期だったってことだろ? よくある、よくある」

 理玄は心底どうでもよさそうだった。しかしその口調がどこか毅に似ていたせいか、妙に納得してしまった。

「反抗期だったんですかね……」

 そういった後で、毅に「反抗期?」といわれたことを思い出していた。その時も、私が凪砂とちがう電車で登校していると話していた時だった。

「そういう時期ってあるだろ?」

「私にはわからないですけど」

「ね、そうだよね。でも、そういう少年も多いって話だよ。多かれ少なかれ、家族が煩わしい時期ってあるんだよ」

 理玄がそういう間に、橋の下がふわっと発光した。

「どうした?」

「発光しました。朔馬がなにかしたんだと思います。あ、戻ってきた」

「は!?」

 朔馬は天空の糸を引いたらしく、橋の数メートル上空に放り上げられてきた。彼は空中で体をひねると、重力に逆らわずに着地した。

「なんなの!? なにがどうなって、そうなったんだ? とにかく、大丈夫なのか?」

 朔馬はズボンのほこりを払うと「大丈夫」と短く答えた。

「鬼虚の他に、明確な何かがあるわけじゃなかったよ」

「ハロが発光したっていってたけど、なんなんだ?」

「鬼虚を一時的に散らしただけだよ。でも橋や川には色んな因縁があるから、また寄ってくると思う。やっぱり今回の依頼と、橋は無関係な気はする」

 朔馬がいうと理玄は「うーん?」と唸った。

「じゃあ、帰るか」

 理玄は思考を切り替えると、きっぱりいった。

「え、いいの?」

「うん、除霊の依頼分は働いたからいいわ。ありがとな」

 理玄が車に向かって歩き始めたので、私たちもそれに続いた。

「しかし、よくこの高さから飛び降りれるな? そういう術とかあんの?」

「うん。いろんな術があるよ」

 朔馬の頭にどれほどの術が入っているのは、想像することも難しかった。


「バイト代って都度払いがいい? こっちとしては月末払いがありがたいけど」

 車に乗ると理玄はいった。

それが私へ向けられた言葉だと、理玄がこちらを振り返るまで気づかなかった。前回も、今回も、私は本当になにもしていない。しかしここで金銭の受け取りを拒否しても無意味に思えた。

「じゃあ、月末でお願いします」

「了解。そういえば、君らが俺のところでバイトしてるって公言しない方がいいよな?」

 朔馬は答えを求めるように、助手席から私をみた。

「親には許可をもらったんで、問題ないですよ」

「親にはなんていったの?」

「雲岩寺でバイトをすると」

「内容は聞かれた?」

「聞かれませんでした。時間は聞かれたんですけど、呼ばれたらいくといったら納得してくれました」

「寺でバイトって聞いたら、安心すんのかもな。俺が気にしてんのは、君らが見鬼であることを周りに知られない方がいいよな? ってことなんだけど」

「知られると不便ですか? 私の場合、見鬼だと自覚したのが遅かったので、最近まで誰にもいってませんでした。凪砂にも」

「そうなんだ? というか、生まれつき見鬼ってわけじゃないんだ?」

「はっきり自覚したのは、中学三年生の初詣でした」

「半年前か。そりゃ、誰にもいわないか」

「あ、でもたけしにはちょっといいました。変なものが見えるって」

「毅か。だれ?」

「私と凪砂の幼なじみです。今は、朔馬のクラスメイトでもあります」

「なるほど」

「理玄は生まれつきなの?」

 朔馬は聞いた。

「たぶんな。でも今も昔も、君らほどはっきり何かがみえることは多くない。でも小さい頃は、変なこといって気味悪がられてた」

「変なこと?」

「他人が見えないもんが見えるとかいったら、怖がられたり、奇異な目で見られるんだよ。そういう経験があるから、さっきの提案したんだけど」

「見鬼の才があると、日本では気味悪がられるってこと?」

 朔馬はためらうことなくいった。全員が見鬼だというネノシマでは、わからない感覚なのだろう。

「多少な。でも俺も学習するから、中学になる頃には口にしなくなったよ」

「そうなんだ」

「今はこうして、飯の種の一つにしちまってるけどな。でも日本では見鬼であることは秘密にしていた方が生きやすいと思う」

 理玄は息を吐いた。

「それに朔馬は、宮司から口止めされてるだろ?」

「口止めされたのは、ネノシマからきたことだけだよ」

「出嶋神社も案外ゆるいな。でも個人的な意見としては、見鬼であることは黙っておいた方がいい気はする」

「じゃあ、公言しないでください」

「だよな。そうしよう。凪砂にも連携しといて」

色んな苦労をしたのだなと、そう思わせる言葉だった。



「あ、コンビニ寄っていい? 親にチケットの発券、頼まれてたんだわ」

 私たちが「どうぞ」というと、理玄はコンビニの駐車場へ入っていった。

 暗闇に目が慣れていたので、コンビニの灯りは目を細めるほどには眩しかった。

「君らも降りる? トイレとか平気?」

 私たちが首を振ると、理玄はエンジンをかけたまま店内へ入っていった。

「チケットのハッケンってなんだろう?」

 その説明をしていると、理玄が「わるい」と車に帰ってきた。

「紙づまりか、なんかの不具合でちょっと長引きそうだわ。コレ食べて待ってて。悪いが、エンジンは切るぞ」

 理玄は私たちにカップアイスを渡すと、再びコンビニへ戻っていった。店内では発券機を前に絶望している店員の姿があった。私たちは溶ける前にアイスを食べ始めた。

「うわ。なんか、すごい味……」

 朔馬がこういう反応をするのはかなりめずらしい。

「なに味? 私は白桃だったけど、ちがう味?」

「えっと、黒ゴマ?」

 朔馬はコンビニの光でアイスのパッケージを確認した。黒ゴマ味のアイスについては、なんの情報もなしに口にしたら驚くかも知れないと納得した。

「食べられそう? 交換しようか?」

「かなり変な味だし、大丈夫だよ」

「それ、大丈夫じゃないでしょ。私は黒ゴマのアイス、嫌いじゃないからいいよ」

 朔馬は迷った後で「いいの?」と遠慮がちにいった。

「いいよ」

 アイスを交換していると、視界の隅で見たことのある人がコンビニに入っていった。

「あ、あの子だ」

 私がいうと朔馬もコンビニの入り口に視線を向けた。

「こんな時間なのに起きてるんだ」

「夏休みだからかな? それにしても変な時間だけど」

「あ、おいしい。コレ、さっきのより百倍おいしい。交換してもらってよかったの?」

「いいよ。アイスなら、なんでも好きだから」

 百倍おいしいといわれると、交換してよかったと思う。凪砂や毅とこういうやりとりをしても、感謝された記憶は皆無である。

「ありがとう。アイスなら、苦手な味ないの?」

「うん。チョコミントとか、あずきとか、なんでも好き。朔馬は? アイスなら何味が好き?」

 朔馬は悩んだ後で「それ以外なら、ぜんぶ好き」といったので、私たちは短く笑った。

「本当に口に合わなかったんだね」

「強いていうなら、さっぱりしてるアイスが好きかな」

「シャーベット系? ジュースを凍らせた感じの」

「そういうの好き。でもこれも美味しい」

「フルーツ系もさっぱりしてるもんね」

「なんで理玄は、その味選んだんだろう? なんか間違えたのかな?」

 よほど黒ゴマが口に合わなかったらしい。

「このシリーズはパッケージが似てるから、適当に取ったんじゃない?」

「なるほど。そういえば、このシリーズは高いけど美味しいって、凪砂がいってた気がする。理玄は守銭奴かと思ってたけど、そうでもないのかな?」

 理玄に対して同じ印象を持っていたので、朔馬の感想に同意であった。

「稼ぐのも、使うのも、どっちも好きな人なのかもね」









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ