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ネノシマ04―狐のこと―  作者: 白河 夜舫
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第三章【妖狐】波浪

◆第三章【妖狐】波浪


 放課後、稲荷社にいくことは頭にあった。

 しかし西弥生神社に立ち寄って、家に帰るとすぐにソファーで眠ってしまった。まだ建辰坊が戻ってきていないことに、私は小さく落ち込んでいた。

 帰ってきた二人に稲荷社にいけなかったことを詫びた。しかし彼らは気にした様子はなかった。おそらく私を待つことはなかったのだろう。私がいなくても問題はないので、それはそうである。


 日が暮れるころ、凪砂は「走ってくる」と玄関をでていった。

 十分くらいで帰ってくるかと思ったが三十分ほど経って、ようやく帰ってきた。久しぶりに走ったら楽しくなり、やめどきがわからなかったらしい。

 凪砂がシャワーからでた後、すぐに夕飯になった。その時点で凪砂はかなり眠そうだった。夕食後、案の定凪砂はソファーで眠ってしまった。


「夜も稲荷社にいくんだよね? 大変そう?」

「大変じゃなさそうだよ」

 朔馬は一人でいく方が苦労はないだろう。

 しかし朔馬一人で妖怪の対応をさせるのは、なんとなく嫌だった。それはきっと、凪砂も同じ気持ちであるように思う。

 着いていってもいいかと尋ねると、朔馬は了承してくれた。


 この辺に稲荷神社があることは知っていたが、立ち入るのは初めてだった。

 しかしそんなことよりも、妖狐の姿に驚かされた。

白く透けた妖狐は、社殿を囲い込むようにして丸くなっている。この社殿は自分のものだと、そう主張しているようにみえる。

「こんな大きい妖怪、初めてみた」

 私は馬鹿みたいな感想を述べた。

「うん、思いのほか大きいな」

 朔馬は一の鳥居をくぐる前に足を止めたので、私もそれにならった。

「なにか、私にできることある?」

 朔馬は妖狐を見つめたまま「えっと」と、私を傷つけない言葉を探しているようだった。

「あれだけ身体が大きいと、攻撃範囲が分かりにくいから、この辺に身を守る呪陣をかいて、その中にいてくれる?」

 彼のいう通りにすると、朔馬は鳥居をくぐって社殿へと近づいていった。

 社殿で丸くなっていた妖狐は、朔馬に気づくと視線を向けた。

「人間か」

 妖狐は不愉快そうにいった。体が大きいせいか、その声は不思議な響きを持っていた。

「こんばんは」

「見鬼だな」

 妖狐はそういうと、地面をパタリと尻尾で打った。そこからはポコポコと、編み笠をした小さな黒い人型が現れた。

 朔馬は驚く様子もなく、歩みを進めた。朔馬が近づくにつれ、人型は大きくなっていく。朔馬がさらに距離をつめると、それらは彼に襲い掛かっていった。

 朔馬は浅く腰を落とすと、両人差し指の第一関節を擦って抜刀した。右手にはうっすらと光る、白鞘の日本刀が現れる。何度みても不思議な現象である。それから朔馬は、とんでもない速さで黒い人型を斬っていった。

 それらを斬り終えると、朔馬は妖狐を見据えた。

 妖狐は威嚇するように鼻にシワを寄せた。

「無意味に殺したくない。襲ってくるな」

 朔馬はいった。

「大した自信だな。妖術を使う人間がまだいたとはな。何者だ?」

「ネノシマからきた。名は朔馬」

「ネノシマ? なるほどな。鵺がうろついているのも、お前の差し金か?」

「それはちがう。鵺がいるなら、すぐに捕獲する。どこかにいたのか?」

 妖狐は探るような目で、しばらく朔馬を見つめていた。

「鵺退治は、俺の任務だ」

 妖狐は力を抜くように、大きく息を吐いた。

「鵺は宇月山うづきやまにいた。ここで体を休めているのは、その鵺にやられたせいだ」

「ここで体を癒していたのか」

 妖狐は「そうだ」と不機嫌そうにいった。

 朔馬は右手に持っていた肢刀を消すと、妖狐に近づいた。

「どこをやられたんだ?」

「どこというわけでもない。かなり体力を持っていかれた」

「お前、日中は巻き物を依代にしてるよな? なぜだ?」

「もう一度鵺とやりあおうと思ってな。考えごとをしていた」

「でもその消耗の仕方だと、回復には時間がかかるだろ? 日中、巻き物に触れた時に妙な感覚があった。お前、鵺の毒を受けたんじゃないか?」

「だからこうして休んでいる。それくらいしかできぬ」

 妖狐は面倒くさそうに目を閉じて、眠る体勢になった。

 朔馬は私をふり返り、浅くうなずいた。もう危険はないと判断したらしい。

 私は呪陣をけして神社に踏み入れた。短期間に様々な人外と出会ったように思うが、それらの何を知るでもない。ただ鵺以上に危険な妖怪は日本にはいないことだけは、理解している。そのせいか大きな妖狐を前にしても、それほど恐怖は感じなかった。

 むしろ見ればみるほど、薄く透けた妖狐に触れてみたいと思った。しかし私が手を伸ばしたら朔馬は焦るだろうし、妖狐もさすがに怒るだろう。

「見鬼が二人か。なんの用なんだ?」

 妖狐は目を閉じたままいった。

 朔馬は、キツネに依頼されてここに来たことを素直に話した。

「そうか。迷惑をかけて悪いとは思うが、どうにもできない。理由は先ほどいった通りだ」

「ここ以外に、この辺に稲荷ってある?」

 朔馬は私にいった。

「この辺はわからないけど、雲岩寺のふもとには小さい稲荷があった気がする」

「あそこの稲荷はダメだ」

 妖狐はきっぱりといった。

「稲荷ならいいってわけでもないのか」

 相性とか、そういうこともあるのかもしれない。

「ここは正式な神使しんしも不在だからな。狛犬もなくて丁度いい」

「狛犬と神使がいない神社を見つけてきたら、移動してくれると思っていいのか?」

 妖狐は片目を薄く開け、朔馬をみつめた。

「お前がいうなら、従うしかないだろうな」

 妖狐は冷静に、自分と朔馬の力量をはかっていたらしい。

「ありがとう。早めに対処する。それと昼間の依代の場所なんだけど、あそこでないといけない理由はあるのか?」

「それほどない。鵺はお前が退治するのだろ?」

「うん、その通りだ。とりあえず、ここを依代にできないか?」

 朔馬はポケットから人型の和紙を出した。

「そんなこわれやすいものを依代にして、無事でいられる保障もないだろう」

「妖怪にとっては、石像よりも安全だよ。ここを依代にしてくれたら、一時的に社殿の中へ避難させるよ」

「そんなことができるなら、この稲荷から無理に移動しなくてもいいだろう?」

「さっきもいったように、ここのお供え物がないとこまる神とキツネたちがいるんだよ」

 妖狐はながく黙ったあと「いいだろう」といった。そして、するりと朔馬の持つ和紙へうつった。

 どうやって社殿の中へ避難させるのだろうと思ったが、朔馬は社殿正面の格子から、妖狐の入った和紙をねじ込んだ。

「たしかに社殿の中だけど、入れ方が想像とちがう」

「丈夫な紙だし、大丈夫だよ」

 そういうことをいいたいわけでもなかったが「じゃあいいか」という気になった。

「鵺は宇月山にいたっていってたな。宇月山って知ってる? 近い?」

「近いってほど近くはないかな。うちと雲岩寺の間くらい」

 私は宇月山のだいたいの位置を朔馬に説明した。

「これからいってみようかな」

「今から?」

「うん。鵺がいるかも知れないから、さすがに一人でいくよ」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ。妖狐みたいな妖怪がこれ以上増えたら申し訳ないし、鵺がその辺にいるなら、早く生け捕りにしたいんだ」

 今までは鵺を退治していたようであるが、今度は生け捕りにする必要があるらしい。私のしらないところで状況が変わったのだろう。

「でも妖狐のことは、どうしようかな。狛犬のいない神社を探してみるしかないか」

幡兎はたと神社は? あそこは狛兎だし、朔馬が頼めば、兎国神とこくのかみは検討してくれるんじゃない?」

 朔馬は考えもしなかったという顔で私をみた。

「そうか。聞いてみようかな」

「うん。ダメなら、また考えればいいよ」

 明日の放課後は、お供えをもって幡兎神社へいくことが決定した。

 家に着くと朔馬はロードバイクに乗り、颯爽と宇月山へ出掛けていった。少し前まで自転車に乗れなかったのが嘘のようである。


 翌朝、顔を合わせた朔馬はいつもと様子が違っていた。

 うっすらとキツネのような耳が生えている。

「なんかキツネっぽくなってるね?」

「妖狐の影響だよ。俺が妖狐の命を預かっているせいだと思う。想像以上に力のある妖狐だったのかもしれない。もしくは依代の扱いが雑だったから、怒ったのかな」

 依代の扱いが雑だった自覚はあるらしい。



◆◆◆


「で? 今はどうなの? 俺には分かんないんだけど」

 理玄は運転席で前方を見つめたままいった。

 格安で雇っているので、できるだけ送迎はしてやる。と理玄がいったのだった。

「妖狐を幡兎神社に移動したら、元に戻ったよ」

 兎国神は私たちのお願いを快く引き受けてくれたのだった。

「戻ってよかったよ」

 凪砂はしみじみいった。朔馬とは隣の席らしいので、気を揉んだのだろう。

「とにかく茶室の依頼は、無事に解決したってことでいいのか?」

「そうだね。でも妖狐の傷が癒えるまでは、できるだけ幡兎神社に顔を出すよ」

「依頼してきた妖怪からは、報酬もらうの?」

「もらわないよ」

「朔馬は、理玄からも報酬もらわないだろ」

 凪砂はいった。

「そうだったな、バイト代は双子だけか。幡兎神社の神さまって、どんな感じなの? というか、普通に神さまっているんだな」

「えっと、どんな感じ?」

 助手席に座る朔馬は、後部座席にいる私を振り返った。

「手のひらサイズの神さまです。姿は人間っぽいですけど、顔は隠してます」

(けん)辰坊(しんぼう)が小さくなった感じ?」

 凪砂はいった。

「ちょっと違う。服装は公家って感じ」

「たぶん建辰坊より永く生きてると思うよ」

「建辰坊ってなに? 神さま?」

 理玄はいった。

「西弥生神社にいる天狗だよ。土地神かな。俺に鳥居の鍵をくれたのも建辰坊だよ」

「なるほどな。しかしその妖狐って、すごい大きいんだろ? 手のひらサイズの神さまは、大丈夫なのか?」

「神さまに迷惑かけないって約束させたから大丈夫だよ。妖狐自身も、神さまに攻撃したら、ただでは済まないんじゃないかな」

「兎国神って、手のひらサイズの神さまだったんだな。ちょっと見てみたいな」

「今度、凪砂も一緒にいく?」

 朔馬はいった。

「いきたいけど、どうしようかな。二人の入れ替わりの原因は俺だから、迷惑をかけた感があって、多少気まずいんだよね」

「気にしてないと思うよ」

「待て。入れ替わりってなに?」

「朔馬とハロは、一日に三十分だけ入れ替わるんだよ。眠ってる時だけどね」

 正確には眠っている時ではなく、夜明け前である。

「は? なんで? そういうのって、ネノシマではよくあるの?」

「ないよ」

「その割には冷静だな」

 理玄は赤信号で車を止めた。

 帰宅時間と重なったせいか、いつもより多くの車が走っているように思えた。この時間に車に乗ることはめずらしいので、新しい世界をみているような感覚になる。

 自分の意志とは無関係に流れていく世界を見つめていると、ほんの少しだけ不安になる。

 私たちはどこへ向かっていくのか不安になる。












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