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ネノシマ04―狐のこと―  作者: 白河 夜舫
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第二章【やきそば】凪砂

◆第二章【やきそば】凪砂


 眠りの中で、朔馬と波浪がリビングからでていく気配がした。

 二人の足音が遠ざかっていく。

 おそらく茶室に向かったのだろう。

 妖怪たちの駆け込み寺となった我が家の茶室。最初の客に興味はある。しかしそれ以上に眠かった。

 この疲れは、先ほど抜刀したことが無関係ではないだろう。肢刀しとうを正しく使ったのは、今回が初めてである。鬼虚を斬った感触は微かにある。これで人の役に立てるなら、それもいい気がする。僕がネノシマの皇族の血を引いているとしても、自分にできることが急に増えるわけでもない。朔馬のように努力や経験を積み重ねた者でなければ、強さみたいなものは手に入らない。

 そんな当たり前のことを眠い頭で思い知る。


 意識がいつ途切れたのかわからない。二人がリビングに帰ってきたことで、僕は眠りから覚めた。

「茶室に、 誰かきたの?」

 僕は目を閉じたままいった。

「うん。でも、ついさっき帰ったよ」

 僕の問いに朔馬が答えた。

「いいな、俺も会いたかった」

 僕は上半身を起こした。

「そうなの? 起こせばよかったな」

「いや、ごめん。起こされるほどではないかも。どんな客がきたの?」

「キツネだった」

「野生のキツネ? 狸丸みたいな感じ?」

「そんな感じだったよ」

 キツネの相談は「見慣れぬ妖狐がいて困っている」ということだった。

「なんで困ってるんだ?」

「神社のお供えを独り占めするんだって。このままだと周辺のキツネはみんな元気がなくなるから、困るって」

「神社のお供えって、そんなにあるの?」

「物質的ななにかじゃなくて、キツネたちは神社で英気を養ってるとか、そんな感じじゃないかな。とりあえず明日は、稲荷社の前で待ち合わせすることになったよ」

「放課後? 俺もついていこうか?」

 自分が現場にいくことで、役に立てることがあるとは思っていない。だからといって、朔馬を一人にさせることを当たり前にはしたくなかった。

 それはおそらく波浪も同じ気持ちなのだろうと、僕は思い込んでいる。

「俺、明日も掃除当番だけどいい?」

 朔馬はいった。

「いいよ。待ってるよ」

「ハロは? どうする?」

「連絡くれたら、合流しようかな」


◆◆◆


「返信こないなぁ」

 朔馬はぽつりといった。

「寝てるって。絶対、昼寝してるよ」

 波浪には僕たちが学校をでた時点で、最寄り駅の到着時刻を連絡した。しかし返信がないまま、僕たちは駅に降り立った。

「自己責任だし、いってるよって連絡だけして、置いていこう」

 駅から自宅までそう遠くないが、あまりに暑いので極力歩きたくなかった。朔馬は一瞬だけ悩んだようだったが「わかった」と、すぐに思考を切り替えた。

 僕たちは日陰の少ない道を歩き始めた。

 十分も歩かないうちに「たぶんここだ」と朔馬は足を止めた。

「坂を上りきる前の稲荷社っていってたけど、ほこらだな。でもここだと思う」

「こんなところに祠があったんだな」

 その祠は通り沿いに存在していた。しかし隣にある電柱と、祠を囲うように生い茂るさかきが、その存在を希薄にさせていた。

 朔馬はなにかに気づいたように視線を上げた。祠の背後には、キツネひょっこりと顔をだしていた。

「あ、こんにちは」

 僕がいうと、キツネも軽く頭を下げて「こんにちは」と返した。

「昨日の、人間と、ちがう?」

 キツネは首を傾げた。

「うん。昨日の人とはちがうよ。でもこの人も見鬼なんだ」

 朔馬は小さな子どもにいうようにいった。人語をあやつるのが、狸丸ほど得意ではないのだろう。キツネは朔馬を見つめてうなずいた。

 そして「こっちです」と祠の奥へ進んだ。僕たちは招かれるまま、森の中へ足を踏み入れた。

 森の奥へ進むにつれ、キツネの数は増えていった。

 しばらく歩いて辿り着いたのは、それなりに整備された神社の裏だった。

「すみません。今、正面から、入れないので、遠回りしました」

 案内役のキツネはこちらを向いた。

「いいよ。ここに妖狐が現れるんだな?」

「そうです」

 すると社殿の方から、顔を和紙で隠したキツネが現れた。

「はじめまして、ここの稲荷神です」

 稲荷神にならって、僕たちもそれぞれ挨拶をした。

「わざわざ、ありがとうございます」

 稲荷神は頭を下げた。

「夜に妖狐がでるってことだよな?」

 朔馬が妖怪や神さまに敬語を使わないことは、なんとなくわかってきた。

「そうです。昼間はおそらく、正面の狛狐を依代にしています」

 キツネたちは一同に、神社正面にある狛狐を指した。

「あそこに妖狐がいるから、正面から入れないってことか?」

 キツネたちは一同にうなずいた。

 僕たちが様子を見にいくと、見逃せない異変があった。

「狛狐がくわえてる巻き物、光ってるよな?」

 僕は確かめるように朔馬にいった。

「光ってるね」

 朔馬はそういうと、ためらうことなく狛狐の台座にのぼった。

「いいの?」

 朔馬は「大丈夫、大丈夫」と軽い感じで答えた。毛虫を平気で触る、幼い日の毅を彷彿とさせる姿であった。朔馬は普段おとなしい印象があるせいか、こういうことをされると無駄に驚いてしまう。

「妖狐がいる気配がするけど、少し変だな」

「なんでキツネじゃなく、巻き物なんだろう?」

「巻き物は知恵の象徴だったかな。なにか考えてるか、意味はないんじゃないかな」

「意味がない場合もあるのか」

「夜には起きるだろうし、今夜またここに来てみるよ」

 稲荷神たちの元へ戻ると、、朔馬は今夜再びここにくる旨を説明をした。

「そういえばこの辺は、鬼虚はでる?」

 朔馬は思い出したように聞いた。

「夜はでます。しかし妖狐がうろつくようになって、ほとんど消えました。妖狐が食ったのかも知れません」


 僕たちはキツネたちと手を振り合い、神社を正面からでていった。

「鬼虚って食べられるの? なんか、よくないものとかなんだろ?」

「鬼虚を食い物とする害妖がいようは多くいるよ」

「理玄のとこで斬った鬼虚も、放っておけば妖怪が食べたの?」

「どうかな。あれだけ集まってもそのままだったから、近くにそういう妖怪はいなかったんだと思う」

 それもそうである。

「鬼虚を食べる妖怪は、人間にとってはありがたいよな? 害獣と益獣みたいに、妖怪にも益妖えきようっていないの?」

「いるよ」

「いるんだ? どうやって見分けるの?」

「見分け方はないよ。害獣判断と同じで、人間側のさじ加減だよ」

「改めて罪深いな、人間……」

「大きくいえば、狸丸も益妖かな。いや、益獣かな?」

「日本ではタヌキは害獣じゃないかな。捕獲したり、殺したりするのは禁止されてるけど」

「飼うのはいいの? 理玄みたいに」

「どうだっただろう?」

 不確かなことを朔馬に教えたくなかったので、正確な情報を得るためにポケットを探った。すると画面には、連絡を知らせる通知がきていた。

「理玄から連絡がきてる。勝手に四人のグループ作ってるな」

「バイトの依頼?」

「うん。しかし本当に、理玄のところに依頼がくるんだな」

「俺たちが知らないだけで、困っている人はいるんだろうね」

「茶室にもこうして依頼がきたわけだしな。そういえば体力つけたいから、今夜から走ろうかなと思ってるんだ」

「朝じゃないんだ?」

「朝は起きれないから、あきらめた」

「どこ走るの? 浜辺?」

「うん、浜辺。理玄のことなんだけど、明日の夕方は空いてるか? って。今夜と連日になるけど大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 朔馬は即答した。彼にとって妖怪を相手にするのは日常なのだろう。

「バイト代は、やっぱり半分しよう」

「それはいいよ。俺は俺で、ちゃんとお給料もらってるから」

 朔馬はおそらく僕が想像する以上には、お金を持っているのだろう。それでも何の見返りもなく、彼の力を使っていいものなのかと考えてしまう。

 きっと僕が一番、朔馬の力を頼りにしている。だからこそ、そんなことを考える。


◆◆◆


「なんか、背中も痛いんだけど……」

「どんだけ走ったんだよ?」

 毅は呆れた声でいった。

「覚えてないけど。結構走ったと思う」

「家にいなかったのは、三十分くらいだったと思うよ」

 朔馬はいった。

「ネギの足だと、四キロくらいか? 最近走ってなかったわけ?」

「高校入ってからは、全然走ってなかった。朝は起きれないし」

「三ヶ月近く走ってなかったんじゃ、そうなるだろうよ」

 毅は真っ当なことをいった。そして「そんな暇なネギにクイズを出してやろう」と、単語帳に目を落としたままいった。

「どう見たら、俺が暇に見えるんだよ」

 僕も朔馬も小テストにそなえて、単語帳を見つめている。

「サクが日本で好きになった食べ物を当てるゲームな。チャンスは三回」

 僕を無視して、毅はゲームを開始した。

「朔馬の好きな食べ物? そういえば、聞いたことないな」

「あ、このゲームが終わるまでサクは話すの禁止な」

 朔馬は毅をみてうなずいた。

「好きな食べ物か……」

 僕は真剣に思考しはじめた。

「ちなみに俺は、さっきの体育の時間きいた」

 毅と朔馬は出席番号の都合で、常に同じグループである。審判役をやる間は二人で楽しげに話しているが、毅から余計なことを吹きこまれていないか地味に心配している。

「食パンとか?」

「ちがう。日本で好きになったものっていってんだろ。なんでパンなんだよ」

 ネノシマにはパンがないと思い込んでいるが、学校では朔馬は帰国子女という設定なので毅の反応は当然である。

「いや、よく食べてる気がしたから」

「伊咲家で食パン出される機会が多いだけだろ」

 その通りである。

「あと二回な」

「つまりパン系ではないんだな? 料理名?」

「料理名だな」

「毅もソレ好き?」

「嫌いではないな。すごい好きでもないけど」

「月見うどんではないわけだ」

「ヒントをもらわずに、ヒントを奪い取っていくスタンスだな」

「一応当てたいからな。たぶん、うちの食卓にでたものだろ」

「大した自信だな。おばさんはそれほど、料理は得意じゃないだろ」

「その言葉、絶対お母さんに伝えるからな!」

「おい、やめろ」

「じゃあ、カレー?」

「失敗しない料理名あげてきたな。ハズレ」

「あと一回か」

「でも案外あたりそうだな」

「あたりそう? じゃあカレーに近い、失敗しない料理って感じか」

「それも大概、失礼だな。おばさんに伝えるからな!」

「おい、やめろ」

「でもその読みは正しいとは、いっておこう」

「失敗しない料理か。あ、やきそば?」

「お、正解。もしかして朔馬からやきそばのリクエストされてた?」

「朔馬はそういうことしないし、さすがに頻繁に出されたら嫌いになるだろ」

 朔馬は曖昧な感じでうなずいた。

「夏休みって、やきそば率上がるよな。うちだけ?」

「いや、うちもだけど」

「そういや朔馬は夏休みどっかいくの?」

 毅の問いに朔馬は首を振った。

「あ、悪い。もう話していいよ。ゲーム終了」

 朔馬は「どこにもいかないよ」と答えた。

「どこもいかないか。補講もあるしな」

 教師が教室に入ってくると、生徒たちは一斉に話をやめて黒板を見つめた。

 同じものを見ていても、見えている世界はちがっていることがある。今、この瞬間、僕はそれを強く感じている。

 隣にいる朔馬は、今朝からゆっくりとキツネの姿に近づいている。キツネのような耳は、時間が経つごとにはっきり見えるようになっている。午後になると、尻尾も透けて見えはじめた。

 昨夜、朔馬にになにがあったのかを詳しく知らないからこそ、彼になにが起きているのか不安で仕方がなかった。











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