はじめての王都
少しの間、神殿に滞在していただけだった。
それなのにフレーナの体調はほぼ回復している。
冷え切った体温は十分に取り戻された。
「じゃあ、行くか。必要な物は大体スーディアに揃っているだろう」
王都スーディア。
大陸で最大規模とも謳われる大都市だ。
曰く、『世界の集約点』──すべての富が集まる地。
フレーナの故郷、シシロ村とは比較的近い場所にある。
「えっと……麓のシシロ村は通りますか?」
「いや、通らないから安心しろ。飛んでいく」
「とんでいく」
メアの言葉を反芻するフレーナ。
飛ぶということは、つまり空を飛行するということだろうか。
メアに羽が生えているようには見えないが。
とりあえず、ついて行けばわかるだろう。
神なのだから常識では測れない。
「王都は私も行ったことがないので……案内とかはできませんが」
「ああ。俺もかなり久々に人里に行く。不慣れな者同士、迷子にならないように気をつけよう」
村から出たことのないフレーナ。
彼女にとって今日という日はかなり刺激的だ。
神に出会い、そして王都に行く。
あのまま村で暮らしていたら、一生味わえない経験だ。
幸か不幸か、フレーナの日常は一変してしまった。
神殿を出ると、再びひんやりとした空気が肌に触れる。
そして白い霧が立ち込めた。
「俺に掴まれ。このままスーディアまで飛ぼうと思う」
そう言うと、メアはひょいとフレーナを担いだ。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「さっきは荷物みたいに肩に担いで悪かったな。今度は丁重に扱うよ」
「はい、ありがとうございます!
……ってそうじゃなくて。と、飛ぶんですか?」
「ああ。舌を噛まないよう、口は閉じておけよ。あと目が乾燥するから閉じておいた方がいい。あと顔は俺の方に向けておくと安全だ」
怒涛のようにフレーナの身を案じる命令が下り、すべて実行する。
口と目を閉じて、メアの方を向いて身を縮めた。
そしてぎゅっとメアの服を掴むフレーナ。
「準備できたようだな。行くぞ」
瞬間、暗闇の中で風音が響く。
目を閉じたフレーナに状況はわからないが、体を浮遊感が襲っている。
そして冷たい風が彼女の服をしきりに叩いていた。
(と、飛んでるー! どうなってるのか見てみたいけど、目を開けたら絶対マズいよね……)
正確に言えば、メアがどんな風に飛んでいるのかを見たい。
羽が生えているのか、純粋に跳躍して飛んでいるのか。
……などなど夢想しながらフレーナが目を閉じていると。
「着いた。下ろすぞ」
「え、早い!?」
まだ一分も経っていない気がする。
そんなに早いものだろうか?
シシロ村とスーディアを馬車で行き来しても、片道で六時間はかかるというのに。
フレーナが目を開けると、そこにはなだらかな草原が広がっている。
そして草原の果てに見えるのは……聳え立つ白亜の王城。
紛れもなく王都のシンボルであるスーディア城だ。
「ここから歩いて行く。さすがに王都に飛んで降り立つと、人々がびっくりするからな」
「そうですね。初めての王都、ワクワクします……!」
目を輝かせるフレーナを見て、メアはそっと微笑んだ。
***
ロクミナ王国、王都スーディア。
そこはフレーナの予想を遥かに上回る大都会だった。
往来にはあふれんばかりの人通り。
右を見ても左を見ても立ち並ぶ店の数々。
露店から漂う香ばしい匂いに、思わずお腹が鳴った。
「ひ、人に流されちゃいます……!」
「こっちだ。流されないよう、手を繋いでおこう」
メアがそっとフレーナを寄せて、手を重ねた。
迷子にならないないように配慮してくれるのはありがたいのだが、何だか子ども扱いされているようで気恥ずかしい。
「メア様、まずはどこへ向かうのですか?」
「あ、ちょっと待て。他人の前では、俺をメアと呼ばないでほしい。神は真名を知られてはいけないからな」
「では何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「うーん……なんか仇名をつけて呼んでくれればいいよ」
そう言われても、いきなり名前をつけるのは難しい。
とりあえず暫定的に……
「じゃあ、逆さにしてアメ様で……」
「あ、あめ……まあいいや。メアという名は俺とお前だけの秘密にしておいてくれ」
「はい、わかりました! アメ様!」
なんだか変な名前をつけられてしまったなと困惑しつつ、メアは王都の中を進んで行った。