もういいか
「まったく、重いな……」
「なんで俺たちがこんなことを。フレーナを担ぐなんて……」
神輿を担ぐ二人は、山を登りながら愚痴を吐いていた。
普段から下に見ているフレーナを担ぐなど屈辱的だ。
だが、今回ばかりは役目を遂行しなければならない。神への捧げものなのだから。
(最後までこんな悪口を聞かされるなんて……)
せめて黙々と運んでくれればいいものを。
彼らはフレーナの気持ちなど一切考えない。
沈鬱な気持ちのまま、彼女は神輿の中に座っていた。
山を登るにつれ、徐々に白い霧が立ち込めていく。
神秘的な空気が満ちて、鳥や獣の鳴き声もなくなって。
「どこまで運べばいいんだっけ?」
「うーん……わからない。息苦しくなってきたし、そろそろ終わりでもいいんじゃないか? 神様の居場所がどこだかわからないしな」
神輿の揺れが収まる。
うっすらと外の話を聞いていたフレーナは困惑する。
まさかこんな山の中腹の、何もない道で放置されるのだろうか。
さすがにいい加減が過ぎるだろう。
思わず口を挟んでしまう。
「あ、あの……ちゃんと神様のもとへ届けないと、意味がないと思うんだけど」
「知らねえよ。じゃあ、お前は神の場所を知ってんのか?」
「それは……」
そう言われると黙るしかない。
『二百年後に恵山に人間を捧げること』──これが伝わっている伝承だったが、どこに運べばいいかは指定されていない。
そもそも、この恵山は神聖なる地として人が立ち入る場所ではない。
地理を村人が知らないのも無理はなかった。
「ま、神なんだから自分から見つけに来るだろ。じゃあな」
「やっと村から疫病神のフレーナが消えてくれるよ……」
そう言うと、神輿を担いでいた二人は山を下りていってしまった。
フレーナは困って動くこともできず、神輿の中から呆然と二人の背を眺める。
「どうしよう……ちゃんと私が神様の下に届けられないと、ダメじゃないかな」
いっそ逃げてしまおうか。
そう考えたが、逃げるアテもない。
このまま苦しんで生きるくらいなら、神の供物になって死にたいと思っていたのだ。しかし、その望みすらも絶えかけている。
しんと静まり返った山の中腹。
白い霧が立ち込めて、寒くて息苦しい。
二人の声も聞こえなくなって、フレーナは完全な孤独となった。
「…………もう、いいか」
ここで眠ってしまおう。
凍死するか餓死するか。
どちらにせよ、神に食われて死ぬのと結果は変わらないのだから。
とうに死ぬ覚悟が決まっていた彼女は、神輿の中で身体を丸めて寝ころんだ。
瞳を閉じると、自分の息遣いだけが聞こえる。
こんなに静かに眠れるのはいつ以来だろうか。
思えば両親の処刑から、馬車馬のように働かされてきた。
最後くらいは怠惰に寝続けてしまおう。
かつてない安息にフレーナは微睡んだ。
***
まっくらな安らぎ。
過酷な労働の後、深い深い眠りに誘われて。
フレーナは徐々に凍え、飢えながら幸せに死につつあった。
「……い」
何か聞こえたような気もするが、彼女は深い眠りの中。
どれだけ寒くても、お腹が空いても。
簡単に目覚めることはない。
「…………おい」
おい──と呼ばれた気もするが、彼女は深い眠りの中。
どれだけ周りがうるさくても。
ちょっとやそっとのことでは起きはしない。
「死ぬぞ、お前」
──ガシッと。
腰のあたりに強い感触、ついで衝撃。
なんだか浮遊感を味わった気がして、ようやく彼女は目を覚ましつつあった。
「……あれ?」
うっすらと目を開けると、自分が浮いている。
少し上下しながら視界が揺れているのだ。
これは──誰かに担がれている?
「わぁあああっ!?」
「うおっ!?」
何事かとフレーナは身をよじり、拘束を解こうと足をばたつかせた。
フレーナを担いでいた人物は唐突な抵抗に驚き、思わず彼女を手放してしまう。
ぐるぐると視界が回って地面に落下。
肩のあたりを打ち付けて、フレーナは顔を顰める。
「いたた……」
たしか自分は神輿の中で眠っていたはずだが、どうして担がれているのか。
徐々に意識が鮮明になってきた。
フレーナはドレスについた土を払い、上を見上げた。
「いきなり暴れるなよ。けが、してないか?」
「……へ?」
見上げた視線の先には、知らない美丈夫が立っていた。