表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/33

私の役割

 村長の家を訪れたフレーナ。

 広い居間では、村長が座っていた。

 彼はフレーナの姿を見るや否や顔を顰める。


「フレーナ……服装が汚らしいな。それに匂いもきつい。そんな恰好で村長の家に上がるのは失礼だと思わんのか?」

「も、申し訳ありません……」


 新しい服を買う金も、風呂に入る贅沢もできないのだから仕方ない。

 村長もそれをわかった上で言及しているのだろう。


「まあいい。座るのは……椅子が汚れるからやめてくれ。立ったまま話を聞いてほしいのだが、お前に朗報がある」

「朗報、ですか?」


 嫌な予感がする。

 しきりにフレーナに嫌がらせをする村の住人が『朗報』と言うと、逆に『悲報』になってしまうのでは。


 恐る恐る村長の話の続きを聞く。


「ああ。実はな、お前を神への生贄に捧げることとなった」

「え……?」


 ──生贄。

 つまるところ、死を意味する。

 フレーナは唐突な死刑宣告に硬直した。


「お前もシシロ村の住人なら知っているだろう? 遥か昔、この地を守る神が『二百年後に人間を捧げよ』と仰られた。なんと光栄なことに、お前は神への供物に選ばれたのだ!」


 村長はしたり顔で手を広げる。

 まさに至上の喜びと言わんばかりに。


 フレーナも伝承は知っていた。

 二百年に一度、この村は神に生贄を捧げているという。

 まさか自分が選ばれるとは思っていなかったが。


「私が、供物……」

「そうだ。疫病を持ち込んだ夫婦の娘であるお前を、ここまで育ててやったのはシシロ村だろう? 育ててくれた村に恩返しできる上に、偉大なる神への供物にもなれるとは! お前の幸運が本当に羨ましいよ」


 拒否権などない。

 フレーナの扱いは奴隷同然で、村長の命令など断れるわけもなかった。


 本音を言えば、死にたくない。

 神への供物になることを光栄だと思えない。

 たぶん他の村人も同じで、汚れ役をフレーナが買っただけなのだろう。


 ──なんだ、いつものことじゃないか。

 フレーナはそう思った。

 苦しむのは、絶望するのは、自分の役割だから。


「……わかりました。神様の贄となることができて、大変光栄です」


 逃げ場などない。

 これで苦しい日々からも解放される。

 もう人生は終わりにして、両親のもとへ逝こう。


「おお、さすが物分かりが良いな! 明日には贄としてお前を恵山へ運ぶ。神に失礼がないよう、準備は入念にしておかねばな。今日は村の浴場の使用許可を出すし、食事や衣装も用意してやろう!」

「はい、ありがとうございます。何から何までお世話してくださって、本当に感謝しかありません」


 心にもない感謝がすらすらと出てくる。

 いつも表面上は頭を下げていて、今日だってそうだった。


 自分が死ぬとわかっても、フレーナは諦めていたのだ。

 沈鬱な心持で彼女は自宅に戻った。


 ***


「お父さん、お母さん……」


 冷え切った小屋の中に、フレーナの声が消え入る。

 膝を抱えて隅にうずくまっていた。


 明日には自分が生贄として捧げられる。

 急に告げられた理由は、フレーナが村から逃げられないようにするためだろう。

 だが、彼女には逃げる気など毛頭なかった。


「私、もうすぐ二人のところに行くね。今まで辛かったけど……冤罪でお父さんとお母さんが処刑されたって、証明できなかったよ。ごめんね」


 最後までフレーナ一家は疫病を持ち込んだ大罪人として罵られるのだろう。

 それだけが悔しかった。


 毎日毎日、生きた心地がしないまま。

 奴隷のように暮らしてきた日々。

 死ぬことでやっと解放されるのだ。


「えっと……この後、お風呂に入らないと。たぶん数年ぶりに入るよね。明日は用意してもらった生贄用のドレスを着て、ご飯を食べる。最後の最後で、やっと人間らしい一日が送れるんだ」


 神がどのような形をしているのか、どのように人を食うのか。

 それはわからないが……少なくとも村人たちよりは恐ろしくないだろう。

 フレーナはそう考えて、身を清める準備に取り掛かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ