ヒトの子キラリ(完結話)
―――また、天鵞絨色の世界で、水の塊が光を帯びて生まれました。
そして、その光は流れ星となり、再び地球に迷いなく降り立とうとしていました。
その日の夜、ひとりの幼い少女が、海岸のきつい北風に吹かれながら、とぼとぼ歩みを進めていました。
悲しみを通り越して、もう何の感覚もなく、何の感情も湧き上がってこないその少女は、何日も行く当てなく歩き続け、今もこうして夜の海岸沿いを進んでいるのでした。
「よいこ…よいこ…よいこぉはぁ…ねんね……し…。」
すると、少女はふと、背中の妹のために口ずさんでいた子守唄を止めました。
流れ星…。
一瞬、そう見えた光が強い光を帯びて、少女の目の前に降り立ったからでした。
まぶしさに、思わず両目をつぶり、再び目を開けた少女の視界に入ったのは、綺麗な顔立ちの男の子でした。
男の子は、少女の背中に回るとおぶわれているぐったりした赤子をだきかかえて地面にゆっくりと寝かせました。
そして、再び、少女と向かいあった男の子は、少女の頭に片手をふわりと乗せて、何回か優しく撫でました。
その後、男の子は赤子の傍らに少女を座らせると自らも少女の正面に座りました。
男の子は、少女の片手を取り、にっこり笑いかけると、両手で彼女の手を覆いました。
「あったかい…。」
少女は、久しぶりに人の手の温もりを感じました。
すると、もう枯れ果てたと思っていた彼女の目から、大粒の涙が次々と溢れ出しました。
しばらく涙を流して泣き止むと、少女はそばについていてくれる男の子にゆっくり笑顔を返しました。
「ありがとう…。あなた…お名前は?」
か細く掠れた声で少女がたずねても男の子は、笑顔をみせるばかりで、答えてはくれません。
その代わり、男の子は、包んでいた両手から少女の片手に白湯を出してやりました。
少女は、それに気づくと、目を張りました。そして、こぼさないようにゆっくりその白湯を口に運びました。
ごくっと、のどを鳴らして一口で飲み干すと、少女は、催促するように男の子に両手で作ったお椀を差し出しました。
男の子は、少女が満足するまで何回でも白湯を出してやりました。
「あなたは、魔法使いなの?」
しばらくして、少女ののどがうるおうと、つぎは少し力のこもった声で聞きました。
しかし、男の子から返事はありません。
それから、二人は向き合って座ったまま夜を過ごしました。
相変わらず、男の子はしゃべることをせず、ただ笑顔で少女の話を聞いていました。
少女の住む村が戦火に巻き込まれて、彼女の両親もその爆撃音と共に消えてしまったこと。
そして、彼女たちの家も村も、跡形なく消えてしまったこと。
唯一、心の支えだった妹を…死なせてしまったこと。
「ひとりだと、喉も乾かないし、お腹も減らないんだね…。」
少女は、そう話すと今度は楽しかった村のお祭りの話や妹が生まれた時の話なども次々と男の子に話して聞かせました。
ずっと話しっぱなしの少女は、なんだかすごく疲れて、すごく眠たくなりました。
ふと、目の前の男の子を見ると、男の子はまだ笑顔で少女を見ていました。ただ、なぜか男の子の影が暗く見えにくくなっているようにも感じました。
しかし、男の子の姿を確認して、安心した少女は、パタリと力なくその場によこたわり、男の子に伝えたい事を言いました。
「ねえ、キラリ…。私と…いっ…いっ…しょに……生きて…か…かぞ…く……に…な…な……って…………。」
キラリとよばれた男の子は、少女のとなりに自らも横になり、少女の呼吸が少しずつ消えて行くのを見守りました。
そして、キラリは元の水の姿に戻り、冷たくなって行く少女の体の上から暖かい雨粒となって降り注ぎ、そのまま消えてなくなりました。
そして、その夜を境に、キラリは二度と水の子として生まれてくることはありませんでした。
―――それから、どのくらいの年月がたったのでしょう。
「ふぅんぎゃー、ふんぎゃー。」
ある女性の元に新しい命の産声があがったところでした。
その女性は、生まれたての我が子を抱くと、
「あなたにはどうしてか、キラリという名前がぴったりな気がするのだけど。」
と我が子に話しかけました。
「はじめまして、わたしのキラリ。私の家族になってくれてありがとう。」
そして、女性は幸せそうに微笑むとキラリの額に口付けをしました。
今夜、夜空を見上げてみて下さい。
そして、あなたがもし、流れ星を見たならば、
もしかして、水の子が誰かに寄り添うために地球へ降り立ち、ヒトの子になる準備をしているところかもしれませんね。
最後まで読んでくださりありがとうございました。