1-8:ギデオン
王都の中心街、大通りに面した貴族の屋敷。
道路に面する幅で屋敷への税金が変わる都市において、庭園と鉄門を構える屋敷は目もくらむような贅沢だった。
美しい庭をのぞむ一室に、ギデオンの声が響く。
「リオンが、コボルトを一蹴した?」
ワインを置いて、ギデオンは睨む。
年のころは20歳ほど。容姿の整った青年だったが、切れ長の目が冷たい印象を、ゆがんだ口元が高慢な印象を与える。
入口にいた冒険者ギルドの幹部は、持ったままの書類を抱き寄せた。顔は真っ青である。
「はい、はいぃ……」
「ほかにあるか?」
「伝票によれば、昨日は魔石を納品したようです。確かにコボルトでしょう」
「……貸せ、下級民。魔石? あいつ、いつの間に魔物を倒せるようになったんだ」
一つ頭に浮かぶのは、裏路地でリオンを助けた少女だった。突然現れたことから高位の魔法使いと思ったが、調べではリオンとパーティーを組んだ冒険者はいないという。
何よりそんな使い手がリオンと一緒に初心者ダンジョンに入る理由もない。
稼ぎの理由ではないだろう。
いまだに痛む顎を思い出し、ギデオンは顔をしかめる。
「あのう……」
ギデオンに睨まれて、ギルドの幹部は書類を落としそうになる。
「ふん!」
「ひぃっ」
王都には古い貴族が多い。中でもギデオンのワールブルグ家は、王都をパイのように四等分して支配している四大貴族の一つ。
冒険者ギルドは各国にまたがる機関だったが、王都では貴族の駒に過ぎなかった。
「気に入らんっ」
毒づいて、ギデオンは酒杯を壁に投げつけた。
「外れスキルのクズは、主神が見捨てたクズ同然。僕の手を煩わせやがって……!」
リオンの父親は、王都では知らぬ者がいないといわれた冒険者だった。太陽の気配を持ち、鬱屈した王都の冒険者ギルドをまとめ上げ、騎士団に先駆けて大物を討伐したこともある。
それで、王都を仕切るギデオンらに目を付けられたとも知らずに。
「息子を奴隷に落とさねばならんのだが……」
ギデオンは席を立つと、机に寄る。
一枚の書状が出しっぱなしになっており、こう書かれていた。
「珍しいスキルを持った奴隷を高値で引き取る……か」
記された有力貴族のイニシャル、『V』を指でなぞる。
貴族は苛立ちを押さえ、考えた。
憎らしい平民家族を破滅させる方法。
「……ギルドと商店に、リオンの素材を買い叩くよう伝えろ」
「は? いや、しかし素材の売買は、冒険者の生命線で……」
「だからだ。いっそ、モノも売るな……いやむしろ、積極的に粗悪品をつかませた方がいいか? くく……」
冒険者とは、ダンジョンでアイテムを見つけ、それを売ることで生計を立てている。
いるだけでカネをくう病気の妹を抱え、仕事に不自由すれば、借金の返済はうんと遠ざかる。
「外れスキルとはいえ、珍しさに興味を持つ貴族がいた。そこにもう、お前はとっくに『売約済み』なんだよ、リオン」
借金を返せなくなった平民は、貴族の下で強制労働する義務がある。
事実上の奴隷だった。
『事実上』とつくのは、王族は奴隷を認めていないためだ。
――奴隷は神が許しておらぬ。なぜなら神が認めた職業であれば奴隷、あるいは奴隷使いというスキルがあるはず。しかし、そのようなスキルはない。
そんな理由からだ。民への人気取りであろうが、方針は方針である。
だが貴族は『債務による強制労働』という名目で、密かに平民を奴隷にしている。むしろ奴隷売買が貴族の専業となり、貴族がより富んだ。
借金での労働は、奴隷が逃げ出しにくいというメリットもある。逃げ出した場合は取り立てが家族に及ぶからだろう。
返済が滞った末、いけすかない冒険者、その息子が自ら奴隷を志願する――そんな想像もギデオンの自尊心を満足させた。泣きわめく家族の前で奴隷の首輪をはめるのは、楽しそうだ。
借金をきちんと返されては、かえって困ったことになる。
「くっく! 買い手は有力者だ……名前を売っておかない手はない」
禁じられている以上、売買が公になれば非難される。
けれども、近年で力を増した貴族は耳を貸さない。
特にうるさい王女がいたが、これに至っては見せしめとばかりに辺境神殿に追いやられる始末である。
「追い詰めて、奴隷に落として、売り渡してやる」
心が弱った一家は判断力も鈍るだろう。
「残された妹も、どこかへ売ってやってもいいな」
もちろんギデオンは知らない。
リオンの<目覚まし>が『封印解除』になったことも。
古代アイテムが超効率的な金策であることも。
「ひっひ!」
リオンの味方が『高位の魔法使い』どころではないことも。
なにもかも、知る由もない。
次回から、リオンの修行と金策が始まります。





